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第二十九話 三者三葉

 ───締まらない終わり方ねー。


 呆然と立ち尽くすケイトと、折れた木刀を見て素直に負けを認めるアレクセイ、あと私物の木刀を折られて不機嫌なライアー。三者三様の何とも言えない空間になっているわね。


 勝者となったのはケイトだけど、状況だけを見ると明らかに勝者はアレクセイなのよね。特殊なルールのお陰でケイトが勝った⋯⋯いえ、アレクセイが負けたというのが正しいかしら?

 こんな勝ち方をケイトは望んでいなかったわよね。それは師匠であるライアーも同じだと思うわ。せっかくアレクセイ対策で色々と教えたのにそれを活かす前に決着がついてしまった。

 私が教えと技術もお披露目される事はなかったわね。


 この場で唯一いつもと変わらないのはアレクセイね。折れた木刀を見ながら『力加減が難しいな』と一人反省している様子。こればかりは経験不足ね。

 貴方が普段使っている聖剣とタダの木刀では強度が違い過ぎるわ。木刀ではなく、鉄か鋼の剣なら折れなかったと思うけど⋯⋯。使う武器が持ち主の身体能力に耐えられないなんて事は英雄にはよくある事よ。アレクセイも例に漏れず、勇者としての身体能力に武器がついていけなかった。


 覚醒してまだ日が経っていないから、身体能力は上がっても体の動かし方がまだまだね。技術も発展途中よ。けど、とてつもないスピードで成長しているわ。ケイトと違ってアレクセイはそれこそ放置していても問題ないレベルだわ。


 それと、ケイトはアレクセイがいけ好かない奴って言っていたから勇者として覚醒して、心情が変化したのかと思ったけどただ言葉が足りないだけよ。

 心の中では雄弁なのだけど、如何せんアレクセイは言葉を省略して話す欠点があるわ。そのせいで悪い印象を与えてしまっている。

 今後の事を考えるとその部分は矯正しておかないと間違いなくトラブルの原因になるわ。


 私が矯正してもいいのだけど⋯⋯いえ、やめておきましょう。面白い事に今ここで、ケイトとアレクセイの二人の間に『縁』が出来た。

 勇者の実力をその身で味わいアレクセイの事を認めたケイトと、手加減していたとはいえ自分の攻撃を完璧に捌いてみせたケイトに、心の中で感嘆の声を上げるアレクセイ。

 だから貴方はソレを言葉に出しなさい!あぁ!もう⋯⋯。

 その言葉がケイトに届いていたなら貴方たちの関係性はまた変わった形になったと思うわ。けど、コレでいいのかも知れないわね。


 ケイトはアレクセイを超えるべき壁として認識した。恥ずかしいのか自分では認めようとしないけど、アレクセイの事をライバルだと思っているわ。

 対してアレクセイはケイトに可能性を感じているようだった。彼なら僕と共に成長し魔王と戦う事が出来るかも知れないと。

 今のケイトを見てそんな事を思い浮かべるのは可笑しな話なのだけど、勇者として直感がアレクセイを突き動かしたのね。


『この勝負は君の勝ちだよケイト』

『っ!違う!俺の負けだ!こんなルールに助けられた勝利なんて俺は望んでいない』

『それでも僕は君の勝利を讃えよう。手合わせ出来て光栄だよケイト』


 このタイミングでの賞賛の声は嫌味にしか聞こえなくない? 案の定、ケイトのこめかみに青筋が浮かんでいる。二人が言い争いを始める前にライアーに指示を出して仲介させる。

 さりげなくアレクセイに折れた木刀の代金を請求しているあたり、いい性格をしているわ。


 その後の流れを見ていると上手くライアーが二人の間に入ったお陰で、揉め事は起こらず話は進んだわね。

 ケイトの実力を認めたアレクセイが、大聖堂までの同行を許可した事で、『勇者』アレクセイと『聖女』ソフィアの二人にケイトが巻き込まれる事がコレで確定したわ。

 見ていて面白いのは対抗心剥き出しのケイトと違い、アレクセイは共に戦う未来の仲間として親しくしたいと思っている事ね。アレクセイのイメージでは互いに肩を組み笑い合える関係のようだけど、今のままでは夢のまた夢よ。

 ちゃんと思ってることを口にしなさい。


「予定とは違うけど、シナリオ通りと言えばシナリオ通りね」


 私の描いたシナリオではもう少しケイトが善戦していたのだけど、アレクセイが想定よりも強かったわね。私も認識を改めておきましょう。


 正直に言ってケイトではアレクセイに勝てないのは分かっていた。勇者と凡人ケイトでは文字通り格が違うわ。天地がひっくり返っても勝てない。

 けど、技術を教え対策する事で仮に戦いに負けてもアレクセイにケイトを認めさせる事は出来ると踏んでいたわ。アレクセイの性格を加味すればケイトの実力を認めれば同行を許可するのは分かっていたから。結果は予定通りだけど、個神的にはもう少しケイトの踏ん張りが見たかったわね。次に期待ね。


「さてと、私も次の準備をしないといけないわね」


 勇者アレクセイ聖女ソフィア共にケイトは大聖堂へと向かう事になった。辺境の村から勇者誕生の国───ノースグロアの王都へと活動の場を移す事になるわ。

 新たな土地で新たな出会いと新たな脅威が待ち構えている。そういうイベントが貴方は大好きでしょ、ケイト?

 だから私の方でしっかりと準備をしておいてあげるわ。


 道中はアレクセイもいるし、『癒しの力』を持つソフィアもいる。あと、しれっと同行する事になったライアーもいるから目を離していても問題はない筈。

 今のうちにSシルビアたちと連携を取ってイベントの準備をしましょう!次は確実にケイトが勝てて活躍出来るように調整しないとね!

 バリスに負けてアレクセイに負けてと、いい所無しだからケイトが自信を無くさないように出来レースのイベントを起こす事にしたわ。どういうイベントにするかはSシルビアたちと情報を共有してから決めましょう。

 さー、楽しくなってきたわね!












 ───盛り上がってきたところに水をかけられた気分だわ。分かりやすくテンションが下がったのを実感したわ。何が起きてるのよ、これ?


「さぁ、信徒の皆様!女神像に向けて共に祈りを捧げましょう!」


 場所はノースグロアで間違いはないわね。以前見た時にはなかった立派な建物が一つ出来上がっていたわ。これが大聖堂と言う訳ね。

 なるほど⋯⋯大聖堂建設には王族が絡んでいたのね。だからこれ程早く大聖堂が建てられ たと⋯⋯、大部分はSシルビア達の能力のお陰だけど。それはまぁいいわね。

 予算を惜しみなく使って建てられた大聖堂は神の目から見ても美しい造形をしている。まるで小さなお城ね。


 内部も細かいところまで拘って造られているのが分かるわ。個神的にはシンボルとして建てられた女神像を撤去したいところなんだけど、信徒の中にはこの女神像を心の拠り所にしている者もいるみたいだから、置いておきましょう。

 それにしても間が悪いやね。ちょうど信徒たちと共に祈りを捧げる所だったわ。直ぐに終わるのなら気にしないのだけど、この祈りが長い上にSシルビアの思考を読むと祈りが終わったら演説を行うみたい。

 流石に邪魔したら可哀想だからこの場はいったん放置して、情報を集めましょう。


 ───アレクセイが聖剣を抜き、勇者として覚醒してから国が大きく変わったのね。

 元々ノースグロアでは神聖女神教が勢力を拡大していたけど、アレクセイの登場と勇者による魔物脅威の排除が信徒を爆増させた。

 王様まで勇者の輝きに焼かれたのか、信徒の一人になってしまった。王族が神聖女神教に染まれば当然国も色を変える。国民の過半数が信徒になった事で混乱を抑える役割も果たしたから、ちゃんと意味はあったのよね。

 勇者誕生の国として他国にも威信を示す為に大聖堂の建設を決定。すると世界各地からその話を聞きつけた信徒が集まり大規模工事へと発展した。


 だからといって本来ならこんな短期間でこれ程立派な聖堂は建たないわ。Sシルビアたちが魔法を使ったのね。

 この世界の定命の者の多くは元々魔法と無縁の存在だったから、世界が変わった後も定命の者の多くは魔法は使えない。魔力は持っていても扱う為の知識がない。

 けど、私が世界変革の為に創ったBシリーズの子たちは違う。


 生まれた時から膨大な魔力を持ち知識もまた所有している彼女たちは魔法というこの世界の住人が持たない力を使う事が出来る。

 そういう風に私が創ったもの。Sシルビアたちは神から与えられた祝福だと公言しているようね。

 定命の者からすれば人智を超えた力として映る。神に選ばれた指導者であるSシルビアたちの力を目の当たりにして神の存在が絶対のモノとなり、信徒を増やす結果となった。

 無計画ではなくちゃんと考えて行っているあたり、やっぱり彼女たちは優秀ね。


 『魔法この力は指導者である私たちだけに許された力ではない。いずれ神の祝福に気付き使える者も出てくるだろう』と、Bシリーズの子たち以外にも魔法が使える事を明言したのはナイスね。

 今後の予定を考えて発言しているのが分かるわ。


 とはいってもこの世界の定命の者には魔法は過ぎた力よ。少しずつ世界に馴染みませて、慎重に広めていかないと。


「魔法ね⋯⋯丁度いいのがいたわね」


 彼女に協力して貰えば魔法の浸透もスムーズに行えるかも知れない。この世界に三人しかいない英雄の魂の持ち主。


 ───『鉄の魔女』ベルモット・トランセンド。


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