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第三十話 三人の英雄

 魂の反応からベルモットがいるのは大陸北東部に位置する国『スノーイース』ね。ベルモットの様子をそのまま見に行くのもいいけど、彼女がいる場所は既に分かっているし、先に大陸の情勢を確認しておきましょう。


 ケイトが住んでいる国、大陸南西に位置する『ローデンブルク』は特に変化はないわね。王子の魂が少し成長したくらいかしら? 神聖女神教の影響も他国に比べればやはり少ないわね。王子が神聖視されている分、女神に対する信仰が薄いのね。

 心配なのは王子であるノートンが亡くなった時。まだ先ではあるけど定められた死が彼を待っているん。王子が倒れた時、国もまた揺れる気がするわ。


 大陸北西に位置する国『サウスアキナ』。こちらは神聖女神教の勢力が増した影響をモロに受けているわね。国民の多くが信徒になってしまっている。

 国王を始めてする国の有力者たちはまだ、信徒ではないけど時間の問題だと思うわ。この国にはAアルファがいるし、王の側近として強い影響力を持っている。

 その事を危惧する臣下もいるみたいね。そう遠くない未来で、ちょっとした騒動は起きそうね。


 ノースグロアは先程見たからいいわね。大陸南東部に位置する国『イースマリア』だけど⋯⋯あら?彼はここにいたのね。


 この世界フラスコには三人の英雄の魂の持ち主がいるわ。一人はケイトが住む村にいるシャウトバード。名前はロドフィン。


 生前の名前はバンリッヒだったかしら?『拳王』バンリッヒ。国を襲ったドラゴンを単独で倒した事から始まり、武者修行の一環として世界各地に赴いては人々の脅威となっていた魔物を倒して回った。

 彼にとってはあくまでも修行。それでも助けて貰った人々からすれば彼は救世主として映る。無名だったバンリッヒはいつしか『拳王』と称され英雄として世界中に名が知れ渡った。

 それが彼にとっての悲劇の始まり。


 バンリッヒの生まれ故郷の国が英雄として称えられる彼の力に目を付けた。バンリッヒを利用しようと考えた訳ね。

 彼が独り身ならどうとでもなったのだけど、バンリッヒにとってかけがけのない家族が国にいたのよ。バンリッヒを思いのままに操りたい国は彼の家族を人質に取った。彼は家族を護る為に国の命令に従い他国を攻め、多くの人を殺してしまったわ。

 英雄であった筈の彼は歴史に名を残す殺戮者として、化け物として敵に撃たれ死亡した。中々に悲惨の最後だったわ。


 バンリッヒ本人の意思ではなかったと考慮しても、あまりに多くの人を殺しすぎた。そのせいで彼はフラスコこの世界では人として生まれる事が出来なかった。

 でもまぁ、彼は今世を満喫しているみたいだから、最後を知る者として安心したわ。獣としての方が人のしがらみ囚われる事がないから気楽なのかもね。バンリッヒとしてではなく、ロドフィンとしてケイトを助けてあげてね。


 で、もう一人。『イースマリア』に住んでいる英雄。彼は英雄なのだけどイマイチパッとしないのよね。彼が成し遂げた事は英雄と呼ぶに相応しいのだけど、性格や容姿⋯⋯果ては生き方が平凡すぎるせいね。


 ───『均衡』のアヴェリッチ。


 彼は珍しい事に前世と今世の名前が一緒なの。これは物凄い低確率よ。英雄というのはこういった運も持ち合わせているのかしら?

 話を戻しましょう。彼は前世でも、今世でも何処にでもいる農民の一人として生活している。農作業が大好きみたいね。育てた作物の出来に一喜一憂しているわ。誰がどう見ても普通の農民。私も魂を見ずに外見だけで判断すれば分からないと思う。それくらい平凡なの。


 彼は平凡な日常を守る為に世界を救った英雄。在り来りな物語ではあるけど、魔王が現れて世界を滅ぼそうとした。魔王討伐の為に勇者パーティーが結成され、アヴェリッチもその一員⋯⋯ではなかったわ。アヴェリッチはただの農民で、勇者パーティーとして戦った訳ではないの。

 他の農民同様に魔王やモンスターの脅威に怯えながら生活していたわ。けど、ある時アヴェリッチが大切に育てていた作物をモンスターに踏み荒らされた。作物に対する愛情が異常に深いアヴェリッチはブチ切れ、作物を踏み荒らしたモンスターを瞬殺、それでも怒りが治まらない彼は単身で魔王城へと出向き怒りのままに魔王を討伐。


 勇者でも何でもないただの農民が魔王を倒すというその世界を管理する神ですら予想していなかった展開に、世界は戸惑いはしたけど脅威が消えた事を素直に喜びアヴェリッチを英雄として称えた。作物を踏み荒らされた怒りで魔王を倒したのは凄いわね。勇気とは別の怒りという管理の難しい原動力が彼を動かし、多くの試練を乗り越えさせ魂を大きく成長させた。

 神は勇者を成長させる為に魔王を生み出したそうだけど、神の誤算で別の英雄が誕生したのね。


 ちなみにアヴェリッチの死因は勇者による逆恨み。魔王討伐の役目をアヴェリッチに奪われただの農民と比較される事を許せなかった王族出身の勇者が、兵を仕向けて殺したそうよ。

 英雄の最後はどれもロクでもない事ばかりね。


 先に話した通り、今世でもアヴェリッチは農民として生活しているわ。彼が住んでいる国『スノーイース』はモンスターの襲撃回数がノースグロアの次に多かったわ。それでも被害が少なかったのはこの国が大陸最大の軍事国家だったからよ。騎士の数が他国の三倍、他国に攻め込む為?って考えたけど逆ね。攻め込まれるのが怖いから騎士を募って戦力を増強しているみたい。王族がかなり臆病みたいね。他国が『スノーイース』を攻める動機がないから、まずは有り得ないのだけど⋯⋯。加えてアヴェリッチもいるからこの国が堕ちる事はまず有り得ないわね。


 調べると最近になって武装強化に更に力を入れているわね。タイミングから逆算すると神聖女神教が台頭し出した頃⋯⋯と、考えると勢力を拡大する神聖女神教に対抗するためと考えるのが自然かしら?

 そんな訳でこの国には信徒の数は非常に少ない。王族が仮想敵として神聖女神教を見ているせいね。こことも一悶着ありそうよ。舞台装置として活用も検討しましょう。


 最後にベルモットがいる国『イースマリア』。

 この国は『スノーイース』と逆で他国に攻められないと踏んで、軍資金を減らす為に騎士の数を減らしていたわね。

 その事が災いしてモンスターに対応しきれず多くの犠牲者を出している。シスが殺す相手を選んでいるから、怪我人は多いけど死者は少ないわ。死者が少ないというだけで怪我人が多いというのには国としては放置出来ない事案よ。

 速やかに動いて対処しないといけないのだけど、王が乗り気ではないのか中々事が進まないみたいね。平民にお金を使う意味があるのか?なんて臣下に問いかけるくらいには暗愚ね。


 そんな訳で国民の不満が募った結果として、クーデーターが起きたわ。最初は小さな火種だったみたいだけど、燻っていた火が大きくなったみたいね。数が次第に増えていき、最終的にはクーデーター側に国の半数が加担した。

 戦力が拮抗した事で泥沼の戦いになっており、未だに戦いは終わっていない。人間同士で争っている最中にモンスターをけしかけるのは良くないと、シスが判断したのかモンスターを遠ざけているわね。

 判断として間違ってはいない。今の状況でモンスターを投入すれぱ大混乱になるのは間違いないわ。


 で、肝心の三人目の英雄『鉄の魔女』ベルモット・トランセンドよ。

 彼女は世界が変わる前から魔法が使えた唯一の存在。生前から魔法の探求に熱心だった事もあり、生まれ変わった後も魔法を研究をしているみたいね。英雄たちの記憶も他の定命の者と同じように封印はしているのだけど、何故か覚えている者が多いのよね。

 現にロドフィンは武を極める為の鍛錬を、アヴェリッチは平凡な日常を、ベルモットは魔法の探求を、それぞれが前世から行っていた事をしている。アヴェリッチはちょっと微妙ね。でも、心を読むと前世の記憶があるのは分かるから間違いはないと思うわ。

 ジジイ曰く英雄の魂は他の定命の者と違って魂の輝きが強いから完全に封印する事が出来ないそうよ。どれだけ強固な封印を施しても一つ前の世界───前世の記憶くらいは覚えているらしいわ。


 で、ベルモットは前世と同じように魔法を研究をしているわ。この世界にはない技術だから当然のように不審がられる。頭が可笑しい女、なんてレッテルまで貼られたみたいね

 元々人間との付き合いが面倒だった事もあり、人里を離れて森の奥深くに小屋を建て、日夜魔法の研究をしている。絵本かなんかで出てきそうな不気味な小屋で、ローブを深く被ったこれまた不気味な女性が怪しい実験をしている光景は見られたら一発でアウトな気がするわ。

 国を上げての魔女狩りが始まらないかしら?少し心配ね。あ、でも今はクーデーターが起きている真っ最中だから気にする余裕はないわ。

 やっぱり接触するなら今ね。


 管理モードで操作をしてベルモットの小屋の中へと視点を切り替える。大きな釜にキノコやら葉を入れて掻き回している小さな人影見える。魔法の研究かしら? ⋯⋯違うわ、ただのお昼ご飯ね。見掛けによらず大食感みたい。


『ベルモット、私の声が聞こえるかしら?』


 彼女とはこの世界に送り出す前にも会話をしている。生前の記憶を覚えているなら私の事も覚えている筈よ。その考えは間違っていなかったみたいで、調理の手を止めて声の出処を探してキョロキョロしている。


「ミラベル様!ベルモットは貴女様の声が聞こえております。その美しいお声をもっとお聞かせください。そしてベルモットに愛を囁いてください!」


 ───めんどくさい娘ね。

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