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第三十一話 ベルモット

 これまで多くの定命の者を世界へと送り込んできたわ。悪人の魂もいれば善人の魂もいる。凡庸な魂をあれば、煌びやかな輝きを放つ英雄の魂もあった。凡庸だからと軽視した事はない。英雄の魂だからと特別視した事もない。あくまでも事務的に定命の者と接してきた。


 ケイトと出会うまでは定命の者と深く関わった事はなかったと記憶しているの。だから、この娘が私に対して好感度が高いのは何故かしら?

 私が管理する世界出身の英雄ではあるわね。けど、私が関わったのは彼女の死後、この世界に彼女を送り出す時だけ。

 その時のやり取りもありきたりなものだった筈⋯⋯、一目惚れ? 恋に、愛に性別は関係ない? 関係ないとは思うけど、神と定命の者では越えられない壁があるわよ。


 それこそ住んでいる世界が違うもの。そんな事を伝えたところで諦めるタイプでは無さそうね。少し心を読んだけど、文字の羅列がひたすら並ぶような心情は見ていて疲れるわ。

 仕事で見る書類よりも文字数が多い気がするもの。彼女が私に対して好意を持ってくれている、それをプラスとして判断して話を進めましょう。


『久しぶりね、ベルモット』

「はい!ミラベル様とお言葉を交えるのは12775日ぶりでございます!ベルモットはこの日をずっと待ち侘びておりました!」


 重たいわー。よくもまぁ、事細かに覚えているわね。フラスコの一年は360日だから、単純計算で35年くらいね。

 この世界に送り出したのが最後の会話だと計算が合わないわね。他にベルモットに干渉した事なんてあったかしら? 疑問に思って、読みたくはないベルモットの心を読んでみる。


 分かったわ!この子私に会いたい想いが強過ぎて一度イマジナリーミラベルを生み出して会話をした気になっているわ!そうよね!35年どころの話ではないわよね!だって私がこの子をフラスコに送り込んだのは90年も前だもの!


 それにしても老けてないわね?御歳94歳、人間ならそろそろ限界を迎えても可笑しくないというのに、未だに外見はケイトたちと遜色ないくらいに若い。

 魔法で姿を変えている? 違うわ⋯⋯この子、わたしに近付く為に人間を辞めようとしている。手始めに老いを止めたのね。不老ではないけど、限りなく老いの経過を遅くしている。

 この老い方はエルフやドワーフといった長命種に近いわね。フラスコにはいないけど、彼女の前世の世界には異種族としてエルフやドワーフがいたから、彼の生態を参考にしたのかしら?


 何はともあれ人間が魔法を探求した末に老いを克服するのは私としても予想外だったわ。でも、この魔法は広めて貰ったら困るわね。

 不老不死ではないけど、不老が人類に及ぼす影響は決して小さくない。私が管理する世界だけでなく、色んな世界に影響が出るわ。


 念の為を思ってベルモットについて書かれた書類を読んで少し目眩がした。しばらく見てなかったから気付かなかったけど、ベルモットの死期が大きくズレている。本来なら彼女は後5年もしない内に亡くなる筈だったのに、書類に書かれた寿命を見れば後800年は生きる事になっている。有り得ないくらい寿命が伸びているわ。

 本来の死因である老衰を魔法で克服した弊害ね。


 不幸中の幸いはベルモットが次に送られる世界が、私が管理する世界である点。気付くのは遅れたけど、それほど大きな影響にはならない筈。たった一人の寿命が大きく伸びたくらいならまだ修正は効くわ。

 ベルモットの性格と目標を考えれば、不用意にこの魔法を広めないとは思うけど釘は刺しておきましょう。


 まずは老いを克服した事を褒める。釘を刺すにしろ、頭ごなしに否定やお願いで入るのは良くないわ。その後、世界の情勢を説明してその老いを遅らせる魔法を広めないで欲しいとお願いすると二つ返事で合意してくれたわ。

 この魔法はあくまでも私に近付く為のもの。他の定命の者がベルモットと同じ領域に踏み込んだら、困ると言っていた。


 ───『ミラベル様はベルモットのモノです!』 って言ってたけど、私は私のモノよ。それだけは履き違えないで。神が自分のモノって傲慢が過ぎるわよ。


 この娘はこの娘で脳内お花畑だから会話をするのが辛いわね。こんなのでも英雄として名を馳せているのだから不思議よね。え?愛の力は偉大? それは良かったわね。


『ベルモットにお願いがあって今日は来たの』

「ミラベル様がベルモットにお願いですか!ベルモットは何でも聞きますよ!ミラベル様の忠実なる犬!それはこのベルモットです。足を舐めろと言うならペロペロ舐めます!舐めさせてください」


 気持ち悪いわねー。


 心を読んでいたせいで精神的ダメージを受けるのは久しぶりね。脳内に私の足をペロペロ舐めている姿を浮かべないで欲しいわ。実際にやられているような感じがして、ゾワッとした。

 心を読んだ方が楽ではあるのだけど、ベルモットの場合はやめた方が良さそうね。


『ベルモットも既に知っていると思うのだけど、世界が変わったわ。魔王が世界の裏側から出現し、モンスターが世界に溢れかえった。平和だった世の中が今、混迷の中にいる』

「ミラベル様がその気になれば直ぐに解消出来ると思いますが、それをしないという事は⋯⋯世界はこれからも変わらないという事ですよね?」

『話が早くて助かるわ。私はこの世界に対して干渉する気はないの。このままでも何も問題はないからね⋯⋯けど、保険はかけておきたいのよ』

「だからベルモットの元に来たのですね!つまり、ベルモットに魔法を広めろと!ミラベル様はそう仰りたいのですね!」


 察しが良すぎるくらいね。私の心を読んだのかと疑ってしまうレベルよ。でも、念の為お互いに認識の間違いがないように説明はしておきましょう。何故、魔法を広める必要があるのか。何故、その役目をベルモットに任せるのか。

 察しの良いベルモットは少し説明するだけで直ぐに理解してくれたわ。優秀な子は楽でいいわね。


 ───この世界に魔法を広める理由。それはとても単純なモノよ。シスのような巨体を持つモンスターは実は複数体いる。

 流石にシスのような強さではないけど、大きいというのはそれだけで脅威ね。大きくてもせいぜい2メートルから5メートルの武器を振り回して、300メートルを超えるモンスターを倒す?

 不可能ね。聖剣を持つアレクセイが、どうにか実現出来る⋯⋯そのレベルの話よ。


 この世界の定命の者に倒せるレベルにまでモンスターの質を落とす事は可能よ。けど、このままだと私が考える物語の結末とも言える、魔王討伐のビジョンが今のままでは浮かばない。

 順調にケイトが成長して英雄の仲間入りをしたとしても、体格差が百倍以上ある敵をどうやって倒すのか? その正当性を持たせる為に魔法という技術を浸透させる。


 そうした方が後々、楽というのが大きいわね。今のフラスコの定命の者では倒せないという理由で、創ったけど動かせていないモンスターは山のようにいるの。

 そのモンスターたちを腐られて、眠らせておくのは勿体ないわ。創るのにだって『マナ』を使っているんだもの。最後まで有効活用しなくちゃ。


『魔法を広めるのはゆっくりで構わないわ。今はまだ世界が混乱しているわ。今、魔法の技術が世界に広がればより混迷を深める事になる』

「既に女神教の連中が使っているけど、広告塔としては弱いって事ですね!そこで、この『鉄の魔女』であるベルモットの出番という事ですね!」


 Sシルビアたちに広めさせても良かったのだけど、彼女たちがこれ以上影響力を持つのは出来れば避けたい。

 だから魔法を世界に教えて、広める役目はベルモットに任せるわ。まずは広告塔として魔法の存在を世に周知させる事から。剣だけでは倒せないモンスターも出現させる事で、魔法の利便性を強調するのも忘れない。そうなれば、モンスターに対抗する手段として世界中が魔法を求める。


 この時、私がしないといけない事はしっかりと釘を刺す事。魔法という力は正直に言って定命の者には過ぎた力よ。強大な力は全能感を与え暴走する者が増えるのは容易に想像できる。

 この世界の女神の言葉として魔法の危険性を説いておきましょう。


 いえ、⋯⋯釘を刺すより、制約を与えた方が早いかしら? 定命の者たちは愚かな者も多いから、釘を刺しても聞かない可能性があるわ。あらかじめ過ちを起こさないように、コチラ側で制約を与えておきましょう。

 手間は増えるけど、未来さきを考えれば悪くはない筈。そうしましょう。


 余計な手間が増えたわ。けど、魔法を広める事にしたのは、ひとえにケイトの為。彼が望む理想の英雄像に近付ける為に、魔法を解禁する事にした。

 ゴブリンやミノタウロスといった人型のモンスターを倒すだけでは面白くないわよね。英雄に憧れるなら、空を飛ぶ巨大なドラゴンを倒してみたいと想うもの!その為の術を与えましょう。


『近い将来、ケイトって若者が貴女の元に訪れるわ。私のお願いは世に魔法の存在を広める事と、彼に魔法を教えて欲しいという事の二つ』

「そのケイトって若者をミラベル様は特別視しているのですか?」

『そうね、彼を英雄として育てているとだけ言っておきましょうかしら』

「───は?」


 空気が冷えるのが分かったわ。ベルモットの雰囲気が暗くおぞましいモノへと変わっていく。流石に失言した事は分かった。

 私に対して好意を示しているベルモットにケイトの事を話すのは失敗だったかしら?流石に予想外だわ。


「ベルモットはミラベル様に手取り足取り教わってないのにそのケイトって奴はミラベル様から教わっている?英雄として育てられている?特別視されている? 名前も聞いた事もないようなボンクラが、ミラベル様の寵愛を受けている?ベルモットじゃなくて?

宇宙の法則が乱れている!こんなの可笑しい!なんで?なんで?なんで!??ミラベル様は完璧な御方、間違いないて有り得ない。

なら可笑しいのはそのケイトって奴?⋯⋯潰す?」


 ごめんなさいケイト。予定外のイベントが起きそうよ。

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