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第十一章 勘違い 2

 天音は死神を優しく抱きしめ、背中をさする。

 壊れたように言葉を繰り返していた死神は、徐々に言葉がなくなる。

 まだ嗚咽は聞こえるが、自分を責め立てるような呟きはなくなっていた。


 俺は胸が苦しくなって目を背けた。

 とても見ていられなくなったのだ。


 死神の行動や想いを、全て踏みにじるような未来の可能性。

 それを聞かされた死神の気持ちも痛いほど分かるし、それを示唆するしかなかった天音の気持ちも理解できる。

 よりにもよって、俺たち三人の期待する未来に進むためには、死神が絶望する未来を選択するしかない。


 死神だって俺の無事を祈ってくれている。

 だから天音が話した未来が理想的なことなのは分かっているはずだ。

 だけど、それでも死神は絶望してしまった。


 自分の行動が俺を殺すことになってしまう。

 自分の勘違いで俺を、最愛の人を殺すことになってしまう。

 そんな理想の未来の可能性に、彼女の心は耐えられなかった。


 こうして泣き続けている彼女の表情を、俺は直視できなかった。

 なぜならこれは俺が撒いた種だから。

 俺がもっと上手く立ち回り、それこそ孤独にならなければこんなことにはなっていない。


 俺がしっかりしていれば、天音は死なずに済んでいた。

 死神になんてならなくて済んでいた。


 これから挽回するといっても、それで今ここで泣いている死神の想いが無かったことになるわけではない。

 仮に未来が変わるにせよ、天音を生かす未来を選択でき、ここで泣いている死神が存在しない事になったとしても、いまここで俺のために奮闘した一人の可憐な死神は無かったことにはならない。


「俺の方こそ悪いな」


 俺は二人に謝る。


 俺の言葉を聞いて、二人は俺を見る。

 天音は驚いた顔を、死神は泣き顔を俺に向ける。


「しっかりすべきだったんだ。俺が自分をコントロールできてさえいれば、こんなことにはならなかった。大好きな天音を死なせてしまう未来なんて来なかったはずなんだ。俺と違って他人とも上手くやれる天音は、俺に関わってさえいなければ世界の呪いに囚われることも無かったのに……」


 俺は自分の罪を告白する。

 ずっと俺の中に渦巻いていた正体。

 罪の存在。


 俺が天音を巻き込んでしまった。

 その想いだけはずっと心の底から離れない。

 俺には微笑んでもらう価値なんてなかったのだ。


 音楽の才能に溺れ、他人を見下し、被害者意識全開で周りを振り回してきた小心者。

 それが俺の正体。

 天才ピアニスト菅原真希人という少年の実態。


 そんな俺だからこそ、天音を巻き込んで間接的に殺してしまい、世界の呪いに囚われ、死神に転生させてまで天音を巻き込んでしまった。

 いまの悲劇を生んだ。

 この状況を作りだした。


「真希人、何を言って……」


 天音は困惑する。

 今まで俺が心の内を本当の意味で打ち明けたことなど無かったから……。


「でも実際そうだろう? いまの状況を直接作りだしてしまったのは死神かもしれない。だけどその原因は俺だ。全ての始まりは俺の振る舞いにあった。俺が真っ当に生きることができていたら、こんなことには……」


 俺は言葉が詰まる。

 涙腺が熱くなり、視界がにじむ。

 頬に伝う滴は涙か?


「だから誰も悪くない。俺を必死に救おうとして行動してくれた死神も、そんな彼女の行動を無駄だったと言うことになってしまった天音も、何も誰も悪くない。全ての問題は俺にあったんだから!」


 今まで俺は責任から逃げてきただけだ。

 全てを環境や周りのせいにして、俺は自分から心を開く努力をしてこなかった。

 才能に溺れ、周囲を勝手に醜悪なものと判断し切り捨て、そうして進んだ未来の成れの果てがこれだ。


「真希人……」


「だからこれからだ。これから挽回する! 俺は天音を救って自分を救って、死神の、彼女の行動が報われるように、彼女の願いを実現させるために行動する!」


 俺は力強く宣言した。

 決意表明とも言うべきか。

 俺たちが生き抜くために、理想の未来を描くために、俺たちは考えて行動しなければならない。


 ほんのちょっとした運命の悪戯だったろう。

 世界からしたらそうだろう。

 ただ一組の男女が死んでしまうだけのことだろう。

 だけど視点を変えれば、そんな簡単な話ではない。


 そこにはいくつもの想いが交差し、いくつもの願いが込められていたんだ。


 俺たちは”才能”という曖昧なものに踊らされてしまった。

 ”才能”という甘い果実にうつつを抜かして生きてきた。

 こうなるのは必然だった。


 だからここからは挽回だ。

 才能を失った俺が、甘い果実を捨てて人間らしく生きるための挑戦だ。

 俺は不幸ではない。

 むしろ恵まれている。

 死神にまで生存を望まれる人間などいやしない。


 俺は自分の未来の一部を知っている状態で、理想の未来を選択できる。

 これを不幸などと言ったら、全世界の人間に呪われてしまうだろう。


 幸福や不幸とは偶然やって来るものではないと思う。

 それらはその人間の生き方によってもたらされるものであり、生き方によって選び選択していくものだ。


 一つの事実にしたって、見る人によって不幸か幸福かのジャッジは変わる。

 そんな曖昧なものに一喜一憂するなんていうのは時間の無駄なのだ。

 全ては行動次第で変わる。


 俺は今回の一件で、それを強く実感した。


 世界を思い通りに動かせるだなんていうのは傲慢だが、天音を含めたたった二人の命運ぐらいはコントロールして見せる!


 目指すは理想の未来へ!


 俺は心の中でそう決意し、二人を抱きしめる。

 暖かい天音と冷たい死神。

 対照的な二人だが、仄かに香る桜の匂いは同じもの。

 ヤマザクラ……あなたに微笑む。

 二人が俺に向ける表情はいつも同じだった。

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