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サンドイッチマン

 ひとは時としてとんでもない事件に巻き込まれることがある。

 しかしこの人物、砂山欣一すなやまきんいちの場合は自分から事件に飛び込んだようなものであった。


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「ブツを先に渡してもらおうか」

 頬に傷のある男がドスの効いた声で迫った。夜中の11時、裏路地の薄明りの中である。

「いや、カネが先だ」

 目つきの悪い、太った口髭の男が答えた。

 両者とも、背後に10人ぐらいの子分が控えていて、いつでも動けるように臨戦態勢を組んでいる。

「よしわかった」太った方の男が表通りで突っ立っているサンドイッチマンを指さした。「ここはひとつ、取引に関係のない第三者に仲介してもらおうじゃねえか」

 傷のあるダンディーな男が部下の一人にアゴで指示をした。「おい、あいつを引っ張って来い」

 それが不幸の始まりなのであった。


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「だんな、いい娘がそろってますよ」

 2枚の看板を前後に吊るして歩く宣伝マンを“サンドイッチマン”という。今ではあまり見かけることがなくなったが、夜の繁華街ではいまでも健在なのである。

 欣一は前面にキャバレー、背中にパチンコ屋の宣伝を背負っていた。

「欣ちゃん、休憩の時間だよお」

 ホステスのジュディが、店の扉から顔だけだした。彼女は源氏名がジュディというだけで、どこからどうみても典型的な日本人の女の顔である。

「ありがとうよ」

 金髪のジュディに軽く手を振ると、欣一は店の裏手から休憩室に入る。

「欣ちゃんもその歳で大変ねえ」

 薄暗い部屋では厚化粧のリンダがひとりでタバコを吸っていた。彼女もホステスのひとりである。

「そんなことありません。臨時雇いとはいえ、楽しく仕事をさせてもらっていますから」

 欣一はテーブルから、夜食のBLT(ベーコン・レタス・トマト)サンドイッチを手に取る。

「受けるう!サンドイッチマンがサンドイッチを食べるんだ」

 そう言ってリンダは手をたたきながら真っ赤に塗られたルージュたっぷりの唇をイカリングのごとく大きく広げて笑いだすのだった。

「さて、もうひと働きするかな」

 欣一はサンドイッチをほおばりながら腰を伸ばすと、夜の街に出て行った。やけに重そうな看板を背負って・・・・・・


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「いいかサンドイッチマン。おれ達の中間に立って、ブツと金を受け取るんだ。そして金がちゃんと入っているか中身を確認して合図しろ」と、頬に傷のある男が欣一に言った。

「おいサンドイッチマン。白い粉がちゃんと揃っているかもよく見ろよ」と、太った男がすごむ。

 欣一は肩をすくめて、両側の子分らしい男から紙袋とボストンバッグを受け取って頭をかいた。

「いやあ、まいったなぁ」欣一は2つの荷物の中身をそれぞれゴソゴソと確認すると両手を大きくあげて叫んだ。「これはもらった!」

 それを合図にビルの屋上から強烈なサーチライトが点灯し、どこに隠れていたのか警察隊が裏路地の両端を一斉に取り囲んだ。

「なんて野郎だ。撃ち殺しちまえ!」

 悪人たちは銃やマシンガンを抜き、両側の警察隊と、間にはさまれたサンドイッチマンに向かって一斉射撃を開始した。一番危険なのは、両側から悪漢の狙撃を受ける欣一だった。

 ところが、欣一はまるで亀の甲羅のように前後に吊るしていた看板のあいだにすぽっと隠れてしまった。そしてマシンガンの弾丸はその板を貫通するどころか、火花を散らして跳ね返ったのだ。看板はべニヤ板ではなく、鋼鉄の板で作ってあったのである。


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「弁護人、なにか言うことはありますか?」

 裁判官は弁護士に向かって真摯しんしな眼差しを送る。キラリと銀縁のメガネを光らせて弁護士が応対した。

「裁判官。被告人たちはあくまでも自分たちは主犯ではなく、サンドイッチマンに扮した極悪人が首謀者だと言っております。結局のところ金も麻薬もその男に奪われたのだと」

「検察官。それについてはどうですか」

 髪をオールバックに撫でつけた鋭い視線の検察官が起立する。

「証人を入れます」

 扉を開けて欣ちゃんが動物園のアナグマのようにのそのそと現れる。傍聴人席がざわつく。

「証人の氏名と年齢、それと職業をのべてください」裁判官が促す。

 欣ちゃんは証人席にもたれ掛かると、ボソボソと申し訳なさそうにしゃべりだした。

「砂田欣一。60歳。警視総監をしています」

「砂田警視総監!」裁判官は驚いて眼鏡を取り落としそうになる。「あなた、現場でなにをやられていたのですか?」

「いやそれが、ちょっと現場の味が忘れられなくて・・・・・・」


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「それでしばらく謹慎になっちゃったんだ」

 ジュディが笑いながら水割りを作る。ウエイブの掛かったブロンドの髪が揺れている。

「いや面目ない」

 今日欣ちゃんは、お客としてお店に挨拶とウソをついていたお詫びをしに来たのである。

「まったく、ただのサンドイッチマンのおじさんかと思っていたら。なによ」

 リンダが反対側から欣ちゃんに詰め寄る。

「今日は欣ちゃん。ジュディと挟んで食べちゃおうかな」

「おいおい、やめてくれ」

「欣ちゃんとかけて」ジュディが欣ちゃんの首に手を回しながら甘い言葉をかける。「兄と妹がエッチしちゃったと説く」

「その心は」リンダが嬉しそうにつなげる。

「謹慎総監です」

「おまえらタイホするぞ」

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