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第2部 天才探偵と『赤き巨人』の秘宝

プロローグ グレート・ブリテンの秘宝

 パリス・パーリ帝国城内、玉座の間にて。


 皇帝のみが座ることが許されたその絢爛豪華な椅子にふんぞり返り、部下を叱責する小太りの初老の男性が居た。


 彼の名前はクロマーク・コモノスキー。


 帝国の宰相にして現在、消えた皇帝……いや消した皇帝の代わりに帝国の全てを握った男だ。


 その男が今、口汚くツバを飛ばしながら報告に来た部下に向かって罵詈雑言を吐いていた。




「リバース・ロンドン王国の侵略に失敗しただと!? ふざけているのか、愚か者め!?」

「い、いえ! 決してそのような事は!?」

「たかたが魔法を使うことしか能がない女だけの国に何を苦戦しておる!」

「そ、それが斥候の報告では、我ら1万の帝国兵はリバース・ロンドン王国の魔法使いではなく謎のスライムに襲われて全滅したと……」

「謎のスライムぅ~? なんだソレは?」

「わ、分かりません。ただ森に侵入してきた者は問答無用で爆破する恐ろしいスライムだという事だけ……」




 オドオドッ!? と身体を震えさせる部下に、クロマークは声を荒げた。




「もうよい! 第二陣だ。すぐに新たな兵を徴収し、再びリバース・ロンドン王国に侵攻せよ!」

「そ、それは止めた方がよろしいかと……」

「なぁぁぁにぃぃぃぃっ? ワシに指図する気か!?」

「め、滅相もありません!?」




 額を擦り切らんばかりに床に擦りつけながら、部下は慌てて口を開いた。




「で、ですが宰相様? 今現在もあの森には謎のスライムが徘徊しております。あのスライムを何とかしなければ王国侵攻は不可能でございます」

「それは現場で何とかしろ! いいから兵を集めて再侵攻だ!」

「そ、それはっ!?」

「えぇい、ワシの言う事を聞け! ワシは皇帝代理ぞ!?」

「……かしこまりました。兵を徴収し、再び王国へ侵攻します」




 トボトボと玉座の間を後にする部下。


 そんな部下の後ろ姿を「ふんっ!」と傲慢ごうまん極まりない態度で見送りながら、クロマークは不愉快そうに鼻を鳴らした。




「まったく、どいつもコイツも役立たずにも程がある」

「――いやぁ、使えない部下が多いと大変ですね、クロマーク皇帝陛下?」

「むっ?」




 クロマークが激情に身を任せて近くのモノに当たろうとした矢先、飄々とした男の声が玉座の間に響き渡った。


 数秒遅れて、クロマークの前に真っ赤に燃える赤い髪をした中肉中背の青年が現れた。




「おっとぉ! 今はまだ皇帝『代理』でしたね。失礼しました」

「構わん。いづれ皇帝になる。それよりも何の用だ――アルシエル?」




 クロマークは胡乱うろんな瞳で【ヘビ族】の長――アルシエル・ウエストウッドを睨んだ。


 アルシエルは胡散臭い笑みを顔に張り付けたまま、人懐っこい声音で、




「そう睨まないでくださいよ? 僕と陛下の仲ではないですかぁ~?」

「ふんっ! ……まぁキサマには先代皇帝を排除とリバース・ロンドン王国を守る結界の解除を手伝って貰ったからな。多少の無礼は許してやる」

「流石陛下っ! 身体とアソコもデカければ懐もデカい!」




 そのふざけた物言いにクロマークは眉根をしかめた。


 正直このひょうきん者のことは好きではなかったが、意外な事にこの男、仕事がデキるのだ。


 自分の部下の数倍はイイ働きをするので、無礼な物言いは目を瞑っている、


 が、流石にそろそろ目障りになってきた。


 先代皇帝も亡き今、もう生かしておく理由もない。




(やはり処刑するか?)




 クロマークの思考がバイオレンスに吹っ切れようとした刹那。


 そのタイミングを見計らったかのように、アルシエルは懐から『ナニカ』を取り出した。


 それは金色の輝く黄金の玉であった。




「そんな懐の深い陛下に、僕からプレゼントです♪」

「なんだ、この光り輝く宝玉は?」

「これは世界を滅ぼしかねない程の魔力を秘めた金の玉です」

「金の玉?」




 はいっ! とアルシエルは笑顔で頷くと、見ているコチラがゾクリッ!? とする程のいやらしい瞳で楽し気に口を開いた。




「この金の玉があれば、リバース・ロンドン王国の国民をさらわなくても、帝国の地下にある【例のアレ】が動くかもしれませんよ?」

「なにっ!? 誠か!?」

「まこと、まことぉ~♪」




 ガタッ! と食い気味で腰を浮かすクロマークに、アルシエルは笑顔で何度も頷く。




「そ、その玉があれば超古代文明【グレート・ブリテン】の秘宝が動かせると申すのだな!?」

「はい、おそらく♪ ……試してみます?」

「もちろんだ!」




 そう言ってクロマークは玉座にあるスイッチを押した。


 途端に『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ!』と玉座の裏の床がズレ、地下へと繋がる階段が姿を現した。


 クロマークはその脂ぎった身体を動かして、いそいそとアルシエルのもとまで近づき、その金色に輝く金の玉を手に取ろうとして、



 ――スカッ!



 アルシエルが金の玉を隠してしまった。




「何のつもりだ?」

「いえ、実はこの金の玉を渡すにあたって皇帝陛下にお願いしたい事がありまして」

「……ワシと交渉する気か?」

「交渉なんて、そんな! これはただの『お願い』です」




 飄々とした笑顔を浮かべるアルシエルを、クロマークは鋭く睨みつけた。


 耳が痛いほどの静寂が2人の間を走り抜ける。


 やがて観念したのか、それとも諦めたのか、もしくはそのどちらともだったのか、クロマークは小さく溜め息を溢して「分かった」とその薄汚い唇を動かした。




「言ってみろ、その『お願い』とやらを」

「ありがとうございます、陛下!」




 軽薄そうな笑顔でアルシエルは言った。




「実はもうすぐこの帝国にお忍びで2人の男女がやってきます。陛下にはその男女を捕まえて欲しいのです」

「2人の男女?」

「はい。1人は黒髪ロン毛のいかにもスケベそうな顔をした青年、名前を金城玉緒と申します」

「キンジョー・タマオ? ふむ、変わった名前だな。して? 女の方の名前は何と言う?」

「女性の方は陛下もご存じのリバース・ロンドン王国の女王代理、アリア・ウエストウッドです。ただ彼女――」

「何っ!? あ、アリア殿が帝国にやって来るのか!?」

「……はい、そのようです」




 チッ……話しを遮るんじゃねぇよ、デブ。


 アルシエルは内心舌打ちを溢しつつ、笑顔で頷いた。


 そんなアルシエルの内情などもちろん知らないクロマークは、興奮で目が血走っていた。


 そう実はこの男、2年前からアリアにご執心なのである。


 あの清流の如く透き通る白い肌。


 月の光を反射して淡く輝く銀色の髪。


 男を誘惑してやまない蠱惑的な肉体。


 そして見る者すべてを虜にする絶世の美貌。


 まさしくこの世に舞い降りた女神そのもの!


 いつの日か絶対に自分の妃にしてやろうと固く心に誓っていた。


 そんな恋焦がれた女が、もうすぐワシの国にやってくるだと!?




「い、いつだ!? アリア殿はいつ我が国にやってくる!?」

「そこまではまだ……ただ近い将来必ず、とだけ」

「そ、そうか! そうか、そうか!」




 ぐぇっへっへっへ! と気色の悪い笑みを頬に湛えながら、クロマークはスケベに顔を歪ませた。


 そんな皇帝代理にアルシエルは釘を刺すように、




「陛下。僕との【約束】……お忘れではありませんよね?」

「ッ!? も、もちろんだとも! 忘れるハズがなかろうもん!」




 一瞬だけ殺気を漲らせるアルシエルに、クロマークは慌てて首を縦に振った。


 アルシエルとの【約束】……それはヘビ族が帝国に協力する代わりに、アリア・ウエストウッドの身柄を渡して貰う約束。


 だからこそヘビ族は帝国に手を貸し、王国に侵攻した。


 アルシエルは身体中に漲らせていた殺気を引っ込めるなり、いつもの飄々とした笑顔でクロマークに声をかけた。




「ならいいです。陛下が【約束】を守ってくださる限り、我々は陛下の味方です」

「や、約束の! 分かっておる! 分かっておるぞ、もちろん!」




 そう、もちろん分かっておるし――もちろん守るつもりなんぞ微塵もない。


 クロマークは最初からアルシエルとの約束を守る気などなかった。


 カエル族の女は全部自分のモノにする。


 それはアリアとて例外ではない。


 必ずあの最高の女を自分のモノにする。


 その為ならば悪魔とでも相乗りしてやる。


 クロマークの覚悟はとうの昔に固まっていた。




「王として約束はキチンと守る。二言は無い」

「その言葉が聞けて安心しました」




 そう言って笑顔を浮かべるアルシエルにクロマークは内心爆笑していた。


 チョロいな~、この男♪


 これからも利用できるだけ利用して、価値がなくなったらポイ捨てさせて貰うね?


 と心の中でヘビ族をバカにしながら、至極真面目な顔で「うむ」とクロマークは頷いた。




「ではさっそく、アリア殿たちに懸賞金をかけよう! 無傷で捕まえた者は金一封だ!」




 大臣よ、どこに居るか~っ! と今にもスキップしそうな上機嫌でアルシエルの横を通り抜け、玉座の間を後にするクロマーク。


 皇帝代理が居なくなり、1人玉座の間に残されたアルシエルは「プッ!」と小さく吹き出した。




「バカはこれだから動かしやすい。本当にあのバカを国のトップにして良かった♪」




 あのデブが【約束】を守る気がないのはアルシエルも気づいていた。


 気づいた上で利用させて貰うことにしたのだ。




 ――ヘビ一族の悲願の為に。




「さてさて、これから楽しくなるぞ♪」




 アルシエルは上機嫌に頬を歪ませながら、空間に溶け込むようにその場から消えて行った。

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