「いやぁ! 無事にタマちゃんのヴォルフ・シュテイン君が戻って来て、本当に良かったね?」
「リリアナちゃん? だから人のキノコに勝手に名前をつけるの、やめてくんない?」
「……食事中に下品な話は止めてください、勇者様。怒りますよ?」
「えっ、これ俺が悪いの?」
【悪夢の精力剤事件】から3時間後の午前10時にて。
俺はちょっと遅めの朝食をいただくべく、ウエストウッド姉妹と学院の中庭で優雅にアップルパイを咀嚼していた。
「まったく、朝から酷い目に遭いましたよ……」
そう言って音も立てずに紅茶を口に含んでいくアリアさん。
その姿はまさに超一流の絵画の1枚のようで……本当に美人はナニをやっても絵になるな?
なんて事もない所作の1つ1つが美しい……この人、ほんとに同じ人間か?
思わずアリアさんの姿に見惚れていると、何故かジロリッ! と鋭い視線で睨まれた。ひぇっ!?
「何より腹立たしいのは、ワタクシの許可なく勝手にお父様の……先王の部屋に入ったことです」
「いや、入ったのはリリアナちゃん――いえ何でもありません。ごめんなさい……」
アリアさんの『言い訳するな!』という無言の圧力に、素直に頭を下げる俺。
こ、怖ぇぇぇ……!?
美人に睨まれると怖さ100倍だよぉ……。
生まれたてのメスブタのようにガクガクブルブルッ!? と身体を震わせる俺を見て満足したのか、アリアさんは「分かればいいんです」とようやく頬を
「リリアナも。お願いされたからと言って、ほいほい協力するんじゃありません。いいですか? 勇者様は基本的にロクな事は考えていない性格破綻者なんですから、勇者様にお願いされたら、まずはお姉ちゃんに相談すること! いいですね?」
「酷い言われようじゃん、俺……」
「はぁ~い……。ごめんなさい、お姉ちゃん……」
しょんぼりと肩を落とすリリアナちゃん。
そんな反省している妹を見て、何とも言えない苦笑を浮かべるアリアさん。
その瞳は母性的というか、ダメな娘を見守る母親のようで……うん。
なんかいいな、こういう女性……。
「??? 勇者様? なんですか、そんなにジロジロ見てきて?」
「べ、別に!? ただこのアップルパイ美味しいなって思っていただけですけど!?」
「何でそんなに焦っているんですか?」
意味が分からない? とばかりに小首を傾げるアリアさんから逃げるように視線を切る。
なんというか、この胸の高鳴りを知られるのが恥ずかしかったのだ。
俺はいまだに不思議そうにコチラを見てくるアリアさんの視線に気づかないフリをしつつ、アップルパイを口の中に放り込んだ。
そんな俺達の微妙な空気を察してか、リリアナちゃんが話題を変えるように「あっ!」と声をあげた。
「そう言えば、タマちゃんのタマちゃんを捕まえたら異世界の凄いプレゼントが貰えるって女子生徒たちの間で話題になっていたけど、何をくれるつもりだったの?」
「あぁ、それね。別に珍しいモノでも何でもないんだけどさ……ほいコレ」
そう言って俺はスーツのポケットに入れていたピンク色のスマホを取り出して彼女に見せた。
途端にリリアナちゃんの瞳が初めて風俗へ足を運ぶ男子大学生のようにキラキラ輝きだした。
「うわぁっ! ナニソレ!? ボール?」
「もしかして【スマホ】ですか……?」
「正解。流石はアリアさん、よくご存じで」
「スマホ? なにそれ!? 何でお姉ちゃんは知ってるの!?」
「それはえ~と……えへっ♪」
妹の興味津々の笑顔を何とか笑顔でやり過ごそうとするアリアさん。
どうやら何故自分がスマホを知っているのか妹には知られたくないらしい。
が、俺は知ってる。
アリアさんが日本で購入しているスケベ☆ブックの中に、スマホが題材のエロ同人があることを、俺は知っているのだ!
おそらく実物を見るのは初めてだろうが、知識としては知っていたに違いない。
なんて思っていると、アリアさんから『助けて!?』という救難信号のアイコンタクトが俺に飛んできた。
しょうがないなぁ、と軽く肩を竦めながら、俺は簡単にスマホを操作してカメラモードへと切り替えた。
そのままスマホを構え、リリアナちゃんの方へと向け、
「は~い、リリアナちゃ~ん。こっち向いてぇ~? いくよぉ~?」
「んにゃん?」
どこへ? という彼女の言葉を無視して、俺はスマホのシャッターを切った。
「男も女も地区Bの数は~?」
「にぃ~っ!」
――パシャッ!
「うわっ、光った!? ナニしたの!?」
「もっとマシな掛け声はなかったのですか……?」
何故かドン引きしているアリアさんを横目に、俺はリリアナちゃんに向けてスマホの画面を差し出した。
そこには笑顔でピースを浮かべるノリのいい金髪美少女が映っていた。
「これボク!? すっご!? 何でこんな小さな箱にボクが写ってるの!?」
「これはあらゆる人物や風景を切り取る事が出来る異世界魔法【写真】というモノさ」
「シャシンッ! すっごぉぉぉ~~いっ!」
「またテキトーな事を言って……」
呆れた声を出すアリアさんとは対照的に、女体を前にした男子高校生のように目を輝かせるリリアナちゃん。
興奮でぷっくりと膨れた鼻の穴から「むふ~っ!」と空気を吐き出しながら「貸して! 貸して!」と俺の持っていたスマホをねだる彼女。
可愛い。
妹がいたらこんな感じなのだろうか?
「あいよ。ソレは仕事用のヤツだからリリアナちゃんにあげるよ。どうせもう、この世界じゃ使わないだろうし」
「えっ、いいの!?」
「いいよ。俺、もう1台持ってるし」
そう言って手に持っていたピンク色のスマホをリリアナちゃんに手渡した。
リリアナちゃんは「やったぁぁぁ~~っ!」と狂喜乱舞しながら、夢中で俺の渡したスマホを弄り回し始める。
そんな妹の姿を見て、アリアさんが「勇者様」と眉根をしかめた。
「あまりリリアナを甘やかさないでくださいね? 身体は大人でも中身はまだ子供なんですから」
「は、はい! わかりました!」
まるで教育ママのような瞳でアリアさんから睨まれた。ひぇっ!?
面白くなさそうに「ハァ……」と溜め息を溢すお姫様を前に、俺は話題と空気を変えようと、あえて明るい調子で口を開いた。
「ところでさ? 話しは変わるんだけどさ? 俺達、いつ旅に出るの?」
「あっ! ソレはボクも知りたかった!」
スマホを弄っていたリリアナちゃんが唐突にガバッ! と顔をあげた。
そのままズイッ! と実姉の方へ身体ごと顔を寄せると、
――パシャッ!
と無駄に1枚アリアさんの顔写真をスマホに収めた。
……何気にもうスマホを使いこなしつつあるな、この娘?
適応能力高すぎだろ?
T●KIOのメンバーかよ?
「タマちゃんとお姉ちゃんは、いつ出立するの? 明日? 明後日? 一週間後?」
「ど、どうしたんですかリリアナ? 急にそんな事を聞いてきて?」
「実はね? 学院の皆と相談してね。お姉ちゃん達が旅に出る前には学院の皆で壮行会を開こう! って話になってるんだ」
「壮行会って……そんな大袈裟な」
肩を竦めながら、苦笑をこぼすアリアさん。
そんな姉に向かってリリアナちゃんは「大袈裟じゃないよ!」と口を開いた。
「2人とも、ネオ・ジパングまで行くんだよね? だったら往復でも軽く1年は離れ離れになるんだよ? 2人を盛大に送り出さないと、ボク達が寂しさのあまり死んじゃいそうになるんだよ!」
「別に今生の別れでもあるまいし……」
大袈裟ですよ、と頬を膨らませる妹に微笑むアリアさん。
そう、俺は失われた下半身の大秘宝を求めて。アリアさんは俺との【使い魔契約】を破棄するためにネオ・ジパングへと旅立つのだ。
正直、俺の気持ち的には今すぐにでも出立したい所なのだが……アリアさんはどう考えているのだろうか?
とアップルパイを咀嚼しつつ、横目でチラッ! と彼女の様子を窺ってみた。
アリアさんは優しい笑みを頬に湛えながら、
「旅立つにしても色々と準備が必要ですからね。今は旅に必要な荷物を集めている最中なので、出立は早くても1カ月後といった所ですかね」
「――それは困るなぁ」
「「「ッ!?」」」
それは突然やって来た。
これまたいつの間にやって来ていたのか、気配も何もなく俺の真横に立って、アリアさんが用意したアップルパイを手掴みでモグモグ食べる赤髪の青年が居た。
俺達はこの男を知っている。
数日前、隣国のパリス・パーリ帝国を引き連れて王国へ侵攻してきた黒幕にして、カエル族の天敵であるヘビ族の長。
その名も――
「「アルシエル・ウエストウッド……ッ!?」」
「おっ? オレ様の名前を憶えてくれてたの? 嬉ぴ~♪」
ありがとね♪ と相変わらず軽薄な態度と口調でアップルパイを咀嚼する赤髪。
こうして俺達の平穏に突然『終わり』がやってきたのであった。