パリス・パーリ帝国城の門番前にて。
時刻は午後23時すこし前。
その日もいつもと変わらない夜になるハズだった。
「おーい、ハンス~? 交代だぁ~」
「あっ、先輩。おはようございます」
ハンスと呼ばれた若い衛兵は、欠伸を噛み殺しながら見張りの交代へとやって来た先輩衛兵に頭を下げた。
「眠そうですね、先輩?」
「当たり前だろ? この1カ月、ほぼ徹夜で警備させられ続けているんだからな」
「クロマーク宰相が皇帝代理になってから、半分以上の衛兵が辞めちゃいましたもんね?」
「あぁ、おかげで人員不足のせいで休みナシだ、チクショウめ」
そう言って先輩と呼ばれた衛兵は道端にツバを吐き捨てた。
先代皇帝マリー・アントニオ女王陛下が謎の失踪を果たして1カ月強。
クロマーク宰相が皇帝代理になってからというもの、帝国内の治安は日々悪化の一途を辿っていた。
というのもクロマークが王の権力を私欲にばかり使い、帝国の経済が停滞しているからだ。
当初は優秀な大臣などが王の愚行を止めようとしたが、全員クロマークの側近である謎の赤髪の魔法使いに処刑された。
その結果、大臣たちは怯えてしまいクロマークを止める事をしなくなった。
おかげでクロマークはさらに増長し、歴代皇帝たちが長年かけて貯めて来た国庫を物凄い勢いで消費し始める始末。
そんなクロマーク皇帝代理に見切りをつけたのか、次々と辞めていく衛兵たち。
本来であればハンスも衛兵を止めて田舎に帰ろうと思っていたのだが、クロマークの側近であるあの赤髪の魔法使いに『クロマーク皇帝代理の意思に逆らうと死ぬ』呪いをかけられてしまい、辞めるに辞められなくなってしまった。
現在帝国内で衛兵をしている者達は全員あの赤髪の魔法使いに呪いを貰っているため、ハンスと同じく辞めたくても辞められない状況に陥っていた。
だから、どれだけ悪条件の職場であっても命を賭して職務に全うしなければならない。
そう、本人の意思に関係なく。
「あぁ~、仕事やめてぇ~……」
「みーとぅー」
「でも辞めたら死ぬしなぁ……」
「死にたくはありませんよね……」
「おう……独身のまま死にたくねぇよなぁ」
ハンスと先輩は2人して顔を見合わせ……盛大に溜め息を溢した。
「おい、聞いたかハンス? あの
「マジすか?」
「マジマジ。んで、売っぱらった金で国中の美女を買って毎日宴会騒ぎだってさ」
「自分たちが寝る間も惜しんで働いているというのに……いいご身分ですね?」
「しかもな? 財務課の奴らがボヤいていたんだけどさ? このままだと、あと半年もしない内に帝国内の国庫が空になるんだってよ」
「最悪だよ、あのバカイザー……」
マジでこの国に巣食う
ハンスは今日も変わらず自分たちを優しく照らしてくれるお月さまを見上げながら、小さく呟いた。
「この国は一体どこへ向かうんですかね?」
「分からん」
「ハァ……誰かあのバカイザーを止めてくれませんかねぇ?」
「――分かった。止めてやろう」
「「へっ?」」
闇夜を切り裂くように、その凛とした声音が2人の耳朶を叩いた。
その声は不思議な引力でもあるのか、気がつくとハンス達は吸い込まれるように声の主の方へと視線を向けた。
ハンスたちの意識の先、そこには――数千人の武装した帝国民たちが居た。
「い、いつの間に!?」
「せ、先輩アレ!? あの先頭に子供はっ!?」
「ッ!? ま、まさかっ!? ウソだろ!?」
ハンスと先輩は2人揃って目を見開いた。
武装した帝国民たちの先頭に、明らかに場違いな小さな女の子が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
その少女、いや幼女は不思議な魅力があり、何故か目を離せない。
だが、問題はそこではない。
そう問題は……その幼女が自分たちの知っている先代皇帝陛下に瓜二つだという事。
いや……違う。
そうじゃない。
頭が、細胞が、魂が叫んでいる。
この方こそが本来の自分たちの主である、と。
そうパリス・パーリ帝国第50第皇帝――マリー・アントニオ様であると!
「安心せよ、妾が来た!」
そう言ってニヒルに笑うマリー・アントニオ女王陛下。
マリーは自分の背後に控える3000人の愛すべき臣民たちに、声を張り上げ宣言した。
「さぁ、国盗りの時間じゃぁぁぁぁぁぁっ!」
かくして【伝説の一夜】はこうして荒々しく始まった。