目を覚ますと、何故か地面が目の前にあった。
「……なんで俺、地面で寝てるんだ?
寝違えたのか、妙に痛む身体に鞭を打ちながらゆっくりと起き上がる。
どこだ、ここ? と思い辺りをキョロキョロ見渡して……思わずギョッ!? と目を見開いてしまう。
俺の視線の先、そこには俺と同じく地面に横たわるように倒れるアリア・ウエストウッド姫の姿があった。
「アリアさんッ!?」
思わず彼女の名前を叫びながら慌てて近づこうとして、
――ゾクッ!?
首筋に日本刀を押し当てられたかのような圧迫感が俺を襲った。
瞬間、弾かれたように背後へ振り返ると……奴はそこに居た。
「青い……巨人ッ!」
俺の背後、そこには俺達への興味が失せたのか、天井を見上げるグレート・ブリテンの秘宝【巨人兵】の姿があった。
瞬間、俺の脳裏に意識が飛ぶ前の記憶が蘇り始める。
そうだ、思い出した!
あの巨人の目がピカッ! と光ったら、急に辺りが真っ白になってソレで!?
「そうだ、アリシアちゃんは!? アリシアちゃんは何処に!?」
軋む身体を無理やり動かし、アリシアちゃんの姿を探す。
が、彼女の姿はどこにも見当たらなくて……
「そんな……アリシアちゃん。死んじゃったの……」
「ひ、人を勝手に殺すな、バカ……」
そんな生意気そうな声音と共に、俺のすぐ傍にあった土の山がモゾモゾと動きだした。
心なしから土の中から大きなお尻が見え隠れしている気がする。
俺は『もしや!?』と思いつつ、急いで土の山を掘り返した。
すると、中からピンク色の髪を砂利でドロドロにした愛らしいメスガキが姿を現した。
「ゲホゲホっ!? あぁ~、死ぬかと思ったぁ……」
「アリシアちゃんっ! 良かった、無事で!」
「これが無事に見えるのか、アホ勇者――って、おいバカ!? 抱き着こうとすんな! セクハラで訴えるぞ!?」
俺の顔面をグイグイッ! と足で押し退けながら、鬱陶しそうに眉根を寄せる彼女。
その実に分からせがいのある生意気な言動、間違いない! アリシアちゃんだ!
「つぅかアタシよりもカエル族の姫を心配しろよ。アイツ、テメェとアタシを庇ったせいでロクに受け身も出来ず吹っ飛んだハズだからさ」
「そうだ! アリアさん、大丈夫か!?」
もつれそうになる足を必死に動かしてアリアさんの元まで駆け寄る。
そのまま彼女を抱きかかえて、
「……よかった。意識を失っているだけみたいだ……」
ほっと安堵の吐息を溢した。
頭を少し切ったのか、若干額から血が出てはいたが呼吸はしっかりしている。
この分ならもう少ししたら目を覚ますだろう。
「となると、目下最大の問題は
何をするでもなく、ヌボーッ! と天井を見上げる青い巨人を一瞥しながら、心の中で小さく舌打ちを溢した。
先ほどの一撃からでも分かるように、とんでもない生物兵器である。
そりゃ世界を滅びしかねない力とか言われますわ。
なんだよ、アレ?
なんであんな兵器を作ったんだよ?
バカなんじゃねぇの?
と湯水のごとく溢れ出て来る罵倒を飲み込み、頭を切り替える。
とりあえず作戦は失敗した。
まずは体勢を立て直す必要がある。
「アリアさんも回収したし、一旦地上へ逃げよう。この場に留まるのは危険すぎる」
「確かに、あのデカブツが次に何するかわかったもんじゃないしね」
「アリシアちゃん、アルシエルが使った転移魔法みたいなの使える? それで地上までビューンッ! って行きたいんだけど?」
「MU☆RIッ! 転移魔法は超高等魔法でお兄ちゃんの専売特許だもの。アタシじゃ使えない。仮に使えたとしても、あのデカブツの攻撃を防ぐのに魔力を全部使ったから、当分の間は魔法使えない」
そこのカエル族の姫も、もう魔力がないわよ。
と、ここに来てさらに知りたくない情報が湯水のように溢れ出てくる。
チクショウ、致し方ない。
こうなればアリアさんを担いでもう1度あのエレベーターまで移動だ!
幸いにも、あの巨人は地下で目が覚めた。
ここに残しておけば帝国へ悪さをする事もないだろう。
奴が地下でマゴマゴしている内に、次の作戦を立てればいい。
そう楽観視していた俺の思考は、
『
――ピピピピピッ! ドォォォォ――ンッ!
巨人兵が発したビームによってアッサリと打ち砕かれた。
「ちょっ、ナニソレーっ!?」
巨人兵の目から極太の光のビームが出たかと思うと、天井をぶち抜いて、地上どころかお月さままで丸見えの状態になった。
待て待て待て待て!?
ここは地下500メートルのアンダーグラウンドだぞ!?
それが何でビーム1発で消し飛ぶんだよ!?
どんな火力してんだ、コイツ!?
「ヤバイぞ、勇者!? あのデカブツ、外へ行く気だ!」
「お、落ち着けよアリシアちゃん? いくら天井に大穴が空いたとしても、どうやってあの穴から地上に出るんだよ? いくらあの巨体でジャンプしても届きそうにないよ、アレ? 不可能だよ、お空でも飛ばない限り不可能だよ」
そう言って俺が鼻で笑ったその瞬間、巨人兵の頭上に光の粒子が集まり始めた。
粒子はやがて天使の輪のような形に変形すると、ゆっくりと巨人の身体が宙に浮き始めて――ッ!?
「いや飛べるんかい、お前ぇぇぇぇぇぇっ!?」
「ヤバイ、ヤバい!? アイツを引き留めないと帝国が火の海になるぞ!? どうすんだよ勇者!?」
ガクガクと俺の身体を激しく揺さぶるアリシアちゃん。
どうするって、そんなの俺が知りたいわ!
テメェ、玉緒さんが何でも知っていると思うなよ!?
玉緒さんだってな、泣きたい時があるんだよ!
どうしようもない夜があるんだよっ! ファ●ク!
「いや、落ち着け俺! こういう時こそ冷静に分析しろ!」
地上へと向かってゆっくり上昇する巨人兵を尻目に、俺は1人思考の海へと意識を加速させた。
グレート・ブリテンの秘宝【巨人兵】、かつて世界を滅ぼしかけた大量殺戮兵器。
その大量殺戮兵器を昔のカエル族の男達は止めた。
問題は『どうやって?』……ではない。
「そうだ。俺がカエル族の男達なら、そもそもそんな世界を滅ぼしかけた兵器をそのまんまにするワケがない」
「勇者? ナニを1人でブツブツ言ってんだ? 状況分かってんのか、おまえ!?」
現実逃避すんな!? と背中をバシバシ叩いてくるアリシアちゃんを無視して、俺はさらに思考の海へと深く潜った。
「俺なら巨人兵の卵を1つ残らず全部潰す。でも昔のカエル族はソレをしなかった。それは何故か? ……潰せなかったからか?」
カエル族の力を持ってしても、巨人兵の卵は潰せないんだとしたら?
完全変態を遂げた巨人兵しか倒すことが出来ないのだと仮定すれば?
と、そこで俺はこの神殿に来たときに見た壁画を思い出した。
「……赤い巨人だっ!」
「はっ? いや青い巨人だけど、アイツ?」
「そうじゃなくてっ! アリシアちゃん、覚えてない? この神殿の壁画に青い巨人と赤い巨人が描かれていたのを!?」
「あっ? ……あぁ~、言われてみればそんな壁画もあったっけ」
それがナニよ? と首を捻るアリシアちゃん。
クソっ!? なんて鈍いメスガキなんだ!?
アリアさんなら今の説明で分かってくれるのに!
俺は内心少しだけイライラしながらも、紳士らしく落ち着いて彼女に説明した。
「あの壁画には青い巨人と赤い巨人が戦っている光景が描かれていた。つまりっ! あの壁画の赤い巨人は青い巨人への抑止力、ないしはソレに準ずる力を持った『ナニカ』のハズ!」
「お、おぅ? だ、だから?」
「分からない!? その赤い巨人はおそらく昔のカエル族の男達が作ったモノなんだよ!」
「だからソレがなにさ!?」
時間が無いんだから単刀直入に言え! と声を荒げるアリシアちゃん。
あぁ、もうニブチンだなぁ!
「つまりっ! あの青い巨人がこの神殿に居たように、赤い巨人もこの神殿に居る可能性が高いってこと!」
「ッ! そ、そうか! その赤い巨人を復活させることが出来れば!?」
「この最悪な状況を打破することが出来るかもしれない!」
そう言って俺は瓦礫の山と化したボロボロの神殿に視線を向けた。
青い巨人の光の一撃により、もはや廃墟と変わりない姿と化した神殿を前にアリシアちゃんが「えっ?」と声をあげた。
「この瓦礫の山から探すの? 赤い巨人を? マジで?」
「やるしかねぇ! 男だったら覚悟を決めろ!」
「アタシは女だっ! チクショウ、やってやんよ!? アタシやってやんよ!」
うぉぉぉぉぉぉぉっ! とヤケクソ気味に瓦礫の山へとダイブするアリシアちゃん。
彼女の『考えるよりもまず行動ッ!』の精神、嫌いじゃない。
「よっしゃ、俺も負けてらんねぇ! タマオ、イッキまぁぁぁぁす!」
「……うぅん? あれ? ここは?」
「あ、アリアさんっ!? よかった、目を覚ましたんだね!」
「勇者様……?」
『確立を越えろ、奇跡を起こせ!』をキャッチコピーにアリシアちゃんと同じく瓦礫の海へとダイブしようとしていた俺の身体がピタリッ! と止まる。
見ると地面に横たえていたアリアさんが、薄く目を開け俺の方をボンヤリと見つめていた。
アリアさんはしばし目尻をとろん♪ とさせ俺を見つめていたかと思うと、急にカッ! と目を見開いて、勢いよく身体を起こした。
「巨人は!? あの青い巨人はどこへっ!?」
「わわっ!? だ、ダメだよアリアさん!? そんな急に動いちゃ……おっ?」
アリアさんが地面に片手をついた、その瞬間。
――ガコンッ!
と押し込まれるような形で地面の床が凹んだ。
刹那、今度は『ゴゴゴゴゴッ!』と俺達のすぐ傍の地面が割れ、中から『ナニカ』が浮き上がってきた。
「お、おいおい!? 今度はなんだ!?」
「カエル族の姫ッ! キサマ、何をした!?」
「し、知りませんよっ! 急に地面が凹んで……何ですか、コレ!?」
混乱する俺達を他所に、割れた地面から細長い棒状のモノが姿を現した。
大きさは大体15センチほどの小型のペン状の形をしたソレは、ショーケースのようなモノに大切に保管される形で鎮座していた。
俺はコレを知っている。
暗い夜道と人生を明るく照らしてくれる頼れる人類の英知。
「ペンライトだ……」
「ぺんら、えっ? なに?」
「ペンライト。勇者様の世界にあった、コチラで言うランタンのようなモノです」
俺達は突然現れた謎のペンライトをしげしげと観察していると、突然アリアさんが「あっ!」と声をあげた。
途端にアリシアちゃんの小っちゃな肩がビクンッ!? と大きく跳ねた。可愛い♪
「ちょっ!? 急に大きな声を出すなしっ!? いや、ビビったワケじゃないけどさ!?」
「チョメチョメしたい……じゃない、どうしたのアリアさん?」
「ここっ! ここに文字がっ!」
そう言ってアリアさんはショーケースの一部を指さした。
そこには確かに何か書いているようだが、俺にはミミズがのたくったような文字にしか見えない。
ナニコレ? 象形文字?
「これは……カエル文字!?」
「カエル文字? ナニそれ?」
「カエル族のクソったれ共に伝わる伝統的な文字のことだし。……アタシは勉強してないから読めないけど」
「へぇ~、そんなのがあるんだ。んで、結局なんて書いてあるのソレ?」
「ちょっと待ってください、え~と?」
アリアさんはシゲシゲとショーケースに書かれたカエル文字を凝視し、ハッ!? とした顔になった。
えっ、なになに?
ナニその顔?
なんて書いてあったの?
「『最後の巨人兵を殲滅すること叶わず。奴が復活するその日まで、この【赤き力】をココに共に封印する。どうか未来のカエル族の男児が、この力を正しく使ってくれる事を信じる』――だそうですっ!」
「【赤き力】って、まさか!?」
「赤い巨人ッ!?」
思わずバッ! とアリシアちゃんと顔を見合わせる。
どうやらお互い考えている事は同じらしい。
「赤い巨人?」と小首を傾げるアリアさんを尻目に、俺達は急いでショーケースをぶち壊しにかかった。
「ちょっ!? ナニをしているんですか2人共!? ソレはカエル族の貴重な文化遺産ですよ!?」
「いや、今そんな事を言ってる場合じゃねぇから!」
「ごめん、アリアさん! 説明なら後でっ!」
俺が瓦礫の破片でショーケースをぶっ壊すと、すかさずアリシアちゃんが中に入っていたペンライトを無造作に掴んだ。
「どう使うの、コレ!?」
「スイッチ!? スイッチない!?」
「スイッチ? あっ、コレか!」
そう言ってアリシアちゃんは「来い、赤い巨人」と叫んでペンライトのスイッチを押した!
――カチッ!
…………シーン。
「……あれ?」
「何も起きませんね?」
「嘘でしょ!? ぶっ壊れてんの、コレ!?」
アリシアちゃんは何度もペンライトのスイッチをカチカチ押すが……ペンライトはうんともすんとも言わない。
赤い巨人は……現れない。
「マジかよ……ここまできて……」
「大昔の遺物ですからね……こればっかりは」
「ふざけんな!? うぉぉぉぉぉっ!? 来い、赤い巨人っ! ……なんで来ねぇんだよ!?」
チクショウォォォォォッ!? とアリシアちゃんがその場で地団駄を踏んだ。
それとほぼ同時に。
――チュドーンッ!
と遥か頭上で爆発音が聞こえてきた。
「ヤバイッ!? 青い巨人が地上に到着した!」
「えっ!? あの巨人、地上へ行ったんですか!? この地下から!? あの巨体で!? どうやって!?」
「そんな事より、この場所もそろそろヤバイぞ!? 一旦地上へ逃げた方がよくないか!?」
そう言ってアリシアちゃんは俺達の意見も聞かずに、例のエレベーターの方まで全力で移動しようとして、再び頭上で大きな爆発音が鳴り響いた。
地下に居る俺達の身体を揺らす程の衝撃に「ぷぎゃっ!?」と足を搦めて盛大にコケるアリシアちゃん。
ドジっ娘でメスガキだなんて、彼女は一体どれだけ属性を詰め込めば気が済むのだろうか?
なんて事を考えている場合じゃねぇな!
「大丈夫、アリシアちゃん!?」
「何をしているんですか、ブー?」
「うぅ……ブーって言うな」
痛い……と若干涙目のアリシアちゃん。可愛い。
キスしてやろうかな、コイツ?
そんな紳士らしいことを思いつつ、彼女の手から離れた例のペンライトを地面から拾い上げる。
「クソ、結局コイツは何だったんだよ?」
なんて知的でクールな俺らしくもなく悪態を吐きながら、何んとなしにペンライトのスイッチを押した。
――その瞬間、俺を中心に真っ赤な光の柱が姿を現した。
「キャッ!? ……えっ? えっ!? ゆ、勇者様っ!?」
「おい、なんだ勇者ソレ!? 光ってるぞ!?」
「ナニコレ!? 分かんない!? 怖いっ!?」
謎のバリアーのように近くに居たアリアさんとアリシアちゃんを押し
意味不明な謎の光に俺がビビり散らしていると、アリアさんが「あっ!」と声をあげた。
こ、今度はナニッ!?
「ゆ、勇者様ッ!? か、身体がっ!? 身体がっ!?」
「光ってる! 勇者、身体光ってる!?」
「えっ、うそ!? うわっ、マジだ!?」
アリシアちゃんの言う通り、赤い光の柱に包まれた俺の身体が淡く発光し始めた。
その光はだんだんと強くなっていき――
「な、なんだ!? か、身体が……俺の身体がぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」
「ゆ、勇者様ぁぁぁぁぁ――ッ!?」
「ゆ、勇者の身体が……大きくっ!?」
2人の悲鳴と共に、俺の意識は真っ白に包まれた。