「逃げろぉぉぉ――ッ! 皆の者、逃げるんじゃぁぁぁぁぁ――ッ!」
マリー・アントニオ元女王陛下の怒声が帝国に響き渡る。
彼女の声に背中を押されるように、近くにいた兵士たちは我先にと明後日の方向へ逃げ出していた。
【帝国奪還おとり大作戦】が開始され50分後のパリス・パーリ城門前にて。
マリーは混乱の極致に立たされていた。
理由はアレだ。
城の真横に突然出来た大穴から現れた、あの青い巨人だ。
巨人は姿を現すや否や、目から熱線を放出し、帝国の街並みどころか遠くの山すらも消し飛ばしてみせた。
その圧倒的火力とサイズに、誰しもが自分の『死』を感じた。
もはや作戦どころの騒ぎではない。
マリーは喉から血が出んばかりにがなりながら、遠くの兵士、果ては帝国臣民たちに号令を飛ばし続けた。
「もはや敵も味方も関係ないっ! 負傷している者は肩を借りてでも逃げろ! 急いでこの場から離脱するのじゃぁぁぁぁぁっ!」
「陛下っ! 陛下ぁっ!」
「ごほごほっ! そ、ソフィアッ! 状況はどうなっておる!?」
彼女の懐刀にして帝国騎士団【皇帝直属】部隊のソフィア・ソッキーンが慌てた様子で頭を下げる。
「ハッ! 陛下の命令通り【皇帝直属】部隊全員、帝国民の避難誘導にあたらせました。しかし、元々少数精鋭の部隊なので圧倒的に手が足りておらず……」
「それでも構わん。1人でも多くの臣民たちを批難させるのじゃっ!」
ハハッ! とソフィアは頭を下げながら、帝国の街並みを破壊していく青い巨人を一瞥した。
「アレは一体なんなのでしょうか……?」
「おそらく、アレがグレート・ブリテンの秘宝である【巨人兵】じゃろう」
「アレが……巨人兵ッ!」
ソフィアはマジマジと青い巨人を見つめた。
アレがグレート・ブリテンの秘宝【巨人兵】……『陸』だろうが『海』だろうが『空』だろうが戦う場所を選ばない、究極の破壊兵器。
目覚めたら最後、人類が滅ぶまで暴れ続ける最恐最悪の生物兵器。
それが目覚めたという事は……ッ!?
「アリア様たちは失敗したのでしょうか!?」
「おそらくな。あのデカブツが地下から姿を現したということは、もうあの3人は生きてはおらぬじゃろう」
「そんな……」
「ショックを受け取る場合じゃないぞ、ソフィア。あの3人が居ない以上、アレを食い止めるのは妾達の役目じゃ」
そう言ってマリーが巨人兵をキッ! と睨んだ。
刹那、
――ぐるんっ! ぎょろっ!
巨人兵が何かに反応するかのように振り返った。
その瞳はまっすぐマリーを見つめていて、思わず『ひっ!?』と悲鳴が漏れそうになった。
それでも皇族の意地で悲鳴を何とか噛み砕くも、そんな彼女の虚勢を嘲笑うかのように、
――ピピピピピッ!
と巨人兵の瞳に光の粒子が集まり始める。
「ッ!? 逃げろ、ソフィアッ!」
声を張り上げるが、もう遅い。
巨人兵の瞳は熱線を発射する体勢に突入していた。
その瞳に映る自分達を前に、マリーは『あっ、死んだ』と己の死を覚悟した。
その瞬間、
――ドォォォ――ンッ!
という地鳴りと共に、大穴から真っ赤な光の柱が姿を現した。
「へ、陛下ッ!?」
「こ、今度はなんじゃ!?」
マリーを守るように彼女の身体を抱きしめるソフィア。
そんな彼女の腕に包まれながら、マリーは天高く伸びる赤い光の柱を凝視した。
……光の柱の中に『ナニカ』が居た。
「陛下? どうかしたのですか、陛下?」
「……赤い巨人」
「へっ?」
「赤い巨人じゃ……」
呆然と呟くマリーに導かれるように、慌ててソフィアも光の柱へと視線を寄越した。
そこには彼女の言う通り、赤い巨人が居た。
「あ、アレは……?」
まさか、もう一体の【巨人兵】かっ!?
「そ、そんな……」
ソフィアの顔色が絶望に染まる。
もう駄目だ……1体でも手に負えないのに、もう1体だなんて……。
せめて陛下のお命だけでも守らなければ。
赤い巨人は帝国の大地に降り立つと、生きる事を諦めたソフィアの真横まで歩を進めた。
赤い巨人はゆっくりとソフィアとマリーの方へと手を伸ばした。
『あぁ……死んだ』とソフィアが覚悟を決め、瞳を閉じる。
……が。
「……???」
一向に予想していた衝撃がやってこない。
それどころか「陛下ッ! ソフィアさん!」とアリアの幻聴まで聞こえてくる始末だ。
あぁ……もしかしたら自分はもう死んでいるのかもしれないな。
痛みも感じずに死ねたのかラッキーだったかもしれない。
「アリア、アリシアッ! 生きておったのか!」
「はい、なんとか」
「し、死ぬかと思ったし……」
「…………」
アリアどころかアリシアの幻聴まで聞こえてくるとは、もしかしたらここは天国ではなく地獄なのかもしれない。
「ソフィアさんもご無事で何よりです」
「つぅか何で目ぇ閉じてんの? この非常時に寝てんの、このお色気オバケ?」
「……もしかして幻聴じゃない?」
ソフィアはおそるおそる目を見開くと、そこには泥で汚れてはいるが自分の知っているアリアとアリシアの姿があった。
足を見ても、ちゃんと生えている。
生きている、2人共生きている!?
瞬間、ソフィアは驚いたように声を張り上げた。
「アリア様、アリシア様ッ!? 生きていたんですね!?」
「間一髪でしたけどね」
「勝手に殺すな」
再開を喜ぶ3人を横目に、マリーが『ちょっと待て?』と口を挟んだ。
「勇者殿は? 勇者殿はどこへ?」
「ッ! そ、そうですよ! 勇者くんは!? 勇者くんは無事なんですか!?」
「お、落ち着いてください2人共。大丈夫ですから」
「勇者ならアソコに居るじゃん」
そう言ってアリシアは、青い巨人の居る方へ歩き出した赤い巨人を指さした。
マリーとソフィアはキョロキョロと辺りを見渡し、頭の上に「?」を浮かべた。
「居らんぞ?」
「どこを指差しているんですか、アリシア様?」
「いや、居るじゃん。超目立ってるじゃん、勇者」
そう言って呆れた声をあげながら、青い巨人と対面する赤い巨人を指さすアリシア。
ますます意味が分からず首を傾げるマリーとソフィア。
「もしや、あの赤い巨人の近くに居るのか?」
「だとしたら危険ですよ!? はやく救助に向かわないとっ!」
「いや、ムリムリ。今から怪獣大戦争を始めようって所に突っ込めるか。それにアタシらが近くに居た方が逆に勇者の邪魔になるでしょ?」
「だからその勇者がどこに居るのかと聞いておるんじゃ!」
痺れを切らしたマリー元皇帝陛下がアリシアの襟首を握りしめる。
「なんだぁ!? ヤル気かロリっ子ぉ!?」と
「勇者様はずっとワタクシ達の前に居ますよ」
「はぁっ? アリアよ、お主までナニを言っておる? 我々の前には赤い巨人しか居らぬではないか」
「ですから、その赤い巨人が勇者様です」
……言われている意味を理解するのに、数秒の時間を要した。
1秒、2秒と時間が経過し、アリアの言っている意味をようやく脳が処理し終えるとマリーとソフィアは、
「「ええええぇぇぇぇぇぇ~~~~~ッッッッ!?!?」」
全く同じリアクションでその場で腰を抜かした。
「勇者殿っ!? あれ、勇者殿か!?」
「~~~~~ッッ!?!?」
マリーは何度もアリアと赤い巨人を交互に見返し、ソフィアに至っては『なんで勇者くんが巨人になっているんですか!?』と尋ねたいのに驚きすぎて口をパクパクさせるばかりである。
人間、驚きと混乱がピークに達すると声が出なくなるらしい。
まぁ、気持ちは分からなくもない。
なんせ目の前で玉緒が巨人化する姿を目撃したアリアとアリシアだって、いまだに信じられていないのだから。
「気持ちは分かります。すっごい分かります」
「でもマジであの巨人が勇者だから。アタシら、目の前で見てたし」
「一体ナニがどうなって……」
おるんじゃ? とマリーが声をあげるよりも早く、大気が激しく震えた。
瞬間、間髪入れずにドギャッ!? と肉を叩く爆音が帝国全土に響き渡った。
マリーたちは弾かれたように轟音のした方向へ……赤き巨人たちの居る方向へ視線を移した。
マリーたちの視線の先、そこには――お互いの頬に拳を叩きこむ赤と青の巨人の姿があった。