目が覚めると見知らぬ天井だった。
「知らない天井だ……」
清潔そうなベッドで横になりながら1人エヴァ●ゲリオンごっこを興じつつ、いつも通り身体を起こそうとして、
――ビキィッ!?
「あがっ!? あががががががががっ!?」
全身に走る鮮烈な痛みに一瞬で目が覚めた。
「い、痛いっ!? 身体が痛いっ!? まるで全身が性感たイデデデデデデデデッ!?」
その全身の毛穴という毛穴に小さな張りを無理やり突っ込んだような痛みに、らしくもなく声を荒げてしまう。
そのまま息も絶え絶えの状態でボフンッ! とベッドに身を預ける。
「し、死ぬかと思った……比喩でなくマジで」
「んん……? 五月蠅いですね? ちょっと静かに……あっ!」
「おっ?」
すぐ真横から、ここ数週間で聞き慣れた女性の声が耳朶を震わせた。
俺は身体に痛みが走らないように細心の注意を払いながら、首だけ何とかベッドの脇へ向ける。
そこには、丸椅子に座り器用に船を漕いでいた美女の姿があった。
その美しい銀色の髪をした美女は、俺の姿を目視するなり大きく目を見開いて、
「ゆ、勇者様っ! 目が覚めたんですね!?」
「アリアさん。おはにょ~っ♪」
「な、何が『おはにょ~っ♪』ですか! もうっ! 心配したんですよ!?」
そう言って目尻に涙の珠を浮かべたアリアさんが、慌てた様子でガバッ! と俺の手を握ってくる。
その顔は酷く安堵に満ちていて……おや?
「どうしたの、そのメス顔は? ……はっは~ん? さては俺に惚れたな?」
「よかった! 頭以外は無事みたいですね!」
何気に失礼な事を口にするロイヤル☆ムッツリ。
まったく、この全身に走る痛みがなければ今頃、その戯言をほざく可愛らしい唇を俺の唇で塞いでいる所だぞ?
「おいおい、これが無事に見えんのかよ? もう全身バキバキのビキビキだぞ? ビキビキチ●ポよりもバキバキだぞ――ひぎぃっ!?」
「あぁっ!? 無理に動かない方がいいですよ勇者様! お医者様の話だと、今の勇者様は全身の筋肉という筋肉が肉離れ寸前の極めて危険な状態らしいですので」
ビクンビクンッ!? と絶頂直後の生娘のように身体を震わせる俺、アリアさんが末恐ろしい事を口にし始めた。
「おそらく巨人化した際の影響で酷く衰弱していたのと、過労死1歩手前まで疲労が蓄積していたせいで回復力が著しく落ちているらしいです。しばらくの間は絶対安静にしろと、マリー皇帝陛下にも言われました」
「えっ? 冗談抜きでHP1の状態だったの、俺?」
アリアさんの顔は冗談を言っている感じではなく……えっ?
マジで俺、棺桶に半分片足を突っ込んでたの?
逆によく生きていたな、俺?
すげぇじゃん♪
と心の中で自分を褒めてあげていると、アリアさんが「でも本当によかったぁ~」とようやく笑みを見せてくれた。
「もうかれこれ1週間は眠り続けたままだったので、もうこのまま目覚めないんじゃないかと思って心配しましたよぉ~」
「そんなオーバーな……えっ? 1週間? 今、1週間って言った?」
聞き間違いかな?
今、アリアさんの愛らしいお口から信じられない言葉が飛び出た気がするんだけど?
何故かバックン!? バックン!? と高鳴る我が心臓。
心なしか、額に冷たい汗が流れる。
そんな俺の状態など目に入っていないのか、アリアさんは満面の笑顔で「はいっ!」と頷いてみせた。
「勇者様、1週間も寝たきりだったので皆心配していたんですよ?」
「ちょっと待って!? じゃあアレかい? 俺があの青い巨人と格闘して、もう1週間は経過しているってこと!?」
「だからそう言っているではありませんか?」
「ナニそれ!? 玉緒、聞いてな――ひぎぃっ!?」
「あぁっ!? だから無理して動いちゃダメですってば?」
思わず反射的に身体が跳ね起き、激痛でそのままベッドへと墜落した。
うぅ……痛い……。
「まったく、何をしているんですか?」と肩を
窓から溢れるポカポカとした陽光が、痛む身体に心地いい……。
「勇者様が眠っている間に、帝国の復興も大分進みましたよ。いやはや、流石は大陸一の軍事力を持つパリス・パーリ帝国。巨人に破壊された街並みも、ほぼほぼ元通りに修復されていますよ。凄いです。我が国では考えられない復興速度です」
「ごめん、身体が動かないから窓の外が見えない。どんな感じなの?」
「そうですね。勇者様にも分かり易く言うのであれば、玄関を開けたら2秒でチョメチョメし始めたエロ漫画界の若妻がごときハイスピードだと言えば、分かって貰えるでしょうか?」
「ヤベェ。何言ってんのか1ミリも理解できないけど、超見てぇ」
いつものように他愛もない会話をしているハズなのに、妙に心地が良い。
気を抜くとまた眠ってしまいそうだ。
「そう言えば、マリーーちゃん皇帝陛下とソフィアさんは何処へ行ったの?」
「陛下は【玉座の間】にて滞っていた国政を猛スピードで前進させていますよ。ソフィアさんは陛下の護衛を一時外れて、街の復興に出払っています。……それから言いにくいのですが、ブーがそのぅ……」
「あぁ、アリシアちゃんなら大丈夫。目の前で転移していく姿を目撃したし、おそらく無事だよ。まぁアニキの方は無事かどうかは知らんがね」
「そうですね……」
アリアさんは俺にバレないようにコソッと安堵の吐息を溢した。
どうやらアリシアちゃんが急に居なくなって心配していたらしい。
何やかんや言いながらも、やっぱり彼女の事を気に行ったんだぁ。
なんて1人ほっこり♪ していると、アリアさんが「勇者様」とシリアス全開の声音で口を開いた。
「それで一体、あの後なにがあったのですか?」
「あの後?」
「はい。勇者様が巨人兵を倒したと思われた矢先、また巨人兵が復活した件のことです」
「あぁ、アレぁ。そうだな。大事な話だし、アリアさんにも聞いて貰おうか」
そう言って俺は、アルシエルに1日1回だけ使えるチート魔法を奪われた事をアリアさんに説明した。
最初は驚きに声を荒げていた彼女だったが、俺の説明を全部聞き終えると「なるほど……」と1人小さく首肯していた。
「つまり、ヘビ族の目的は最初から巨人兵の心臓に使われているその【簒奪の宝玉】だったワケですね?」
「そっ。それで俺の中の力は全部アルシエルに持って行かれたワケ。だから今の俺は顔と性格がイケメンなだけの普通のお兄さんさ」
「なんて事を……勇者様から魔法の力を取り上げたら、もう甲斐性なしのセクハラ野郎でしかないのに。ヘビ族の長、アルシエル……なんて惨いマネをっ!」
「ハッハッハッ! はっ倒すぞ、この
俺でなければ心が壊れている所だ。
「あっ! あとアイツ、気になる事も言ってたっけ」
「気になることを?」
「おう。なんか俺のチート魔法を奪う際に『初代王の血を引いている』うんたらかんたらみたいな事を言ってた。意味わかる、アリアさん?」
「……いえ、ごめんなさい。ちょっと思い当たる節がありませんね」
「そっか。そりゃ残念」
ほんの一瞬だけアリアさんの声が詰まる。
が、すぐさまいつも通りの笑みを顔に貼り付け、
「そうだ、勇者様! お腹空いていませんか?」
「はぁ~? そんなの……メチャクチャ空いていますけど何か?」
「なんで喧嘩腰なんですか? じゃあちょっと待っていてください! 厨房で簡単な食事を作って貰ってきますので!」
そう言ってアリアさんは椅子から腰を上げると、懐からオレイカルコスの腕輪を取り出して左手首に装着した。
そのままパタパタとお転婆スタイルで医務室を後にするロイヤル☆ムッツリ。
まるで俺の追及から逃げるように厨房へと向かう彼女の後ろ姿を眺めながら、俺は小さく溜め息をこぼした。
「まっ、言いたくないならそれでもいいんだけどさ」
レディーの胸の内を無理やり暴く趣味はないので、これ以上は何も言わない事にした。
人間だれしも人には言えない秘密が100や200はあるもんだ。……多いな?
「さて、アリアさんが戻ってくるまでもう少し惰眠を貪ろうかな?」
1週間も寝たというのに、まだ頭の隅では睡魔がヒョコヒョコと顔を出していた。
ここは一発、完全回復のためにもう少し横になるべきだな。
そう自分を納得させ、ご飯が出来るまでの間、フカフカのお布団とイチャイチャ♪ しようとして、
――ガラッ!
「勇者殿っ! よかった、目を覚ましたというのは本当のようじゃな!」
「あっ、マリーちゃん皇帝陛下」
勢いよく医務室の扉が開くと、中から金ピカの刺繍が施されたいかにも王族といった出で立ちをした合法幼女ことマリーちゃん皇帝陛下が姿を現した。
マリーちゃん皇帝陛下はご主人様の仕事の帰りを待つ子犬のように架空のシッポをパタパタッ! させながら、物凄い勢いで俺が横になっているベッドへと接近してくる。
「一時はどうなるかと思ったが、よくぞ我が国を救ってくれた! 全国民を代表して謝礼をさせてく――あっ!?」
「ちょっ、危ない!?」
ふんすっ! と鼻息を荒げながら早足に俺の方へと駆けていた幼女陛下の足が絡まる。
そのまま地面と熱烈キッスするべく、盛大にコケて――イケない!?
このままではマリーちゃん皇帝陛下のファースト☆キスが母なる大地となってしまう!?
いやそれはそれで実にロマンティックだが、確実に渾名が『マザーふぁっかー』で確定してしまう!?
うら若き乙女にそんな十字架を背負わせるワケにはいかない!
俺は痛む身体に鞭を打ち、ベッドから飛び降りた。
そのまま転げる幼女陛下を抱きかかえるように、そっと手を伸ばし、
――ビキィッ!
「ぴぎぃっ!?」
「ふにゃぁぁぁぁぁっ!?」
――どっしーん!
気が付くと、俺達はもつれ合うように地面に転がっていた。
その瞬間。
――ガラッ!
と三度医務室の扉が開いた。
視線を寄越すと、そこには俺の朝食と思われる
「ど、どうしたんですか!? 今、すごい音がしましたけ……ど……あっ?」
瞬間、アリアさんは持って来ていた朝餉を床に落とした。
彼女の視線の先、そこには「うぅ……痛いのじゃ……」と涙目を浮かべるマリーちゃん皇帝陛下と、そんな幼女のお手々を恋人繋ぎで絡みながら股間の上で受け止めるナイスガイの姿があった。
もはや彼女がどんな素晴らしい景色を目撃したかは、言うまでもないだろう。
「むっ? しかしそんなに痛くないぞ? ……おぉっ、勇者殿! そうか、勇者殿のおかげであったか」
そう言って穢れなき笑顔を浮かべるマリーちゃん皇帝陛下。
さぁ、みんな想像してごらん?
この国の最高責任者である皇帝陛下が、俺の股間の上で恋人繋ぎで純粋無垢な笑顔を浮かべる光景を。
もう完全に傍から見れば『あれ、入ってるよね?』という有様であり……うん。
もしかしなくても俺(社会的に)死んだか?
「ま、待ってくれアリアさん! こ、これは誤解なんだ!?」
「ご、5回!? ワタクシが少し目を離した隙に5回もシタんですか!? ぜ、絶倫!?」
「う~ん、コミュニケーションって難しぃ~ッ♪」
何故か瞳をキラキラさせ、頬を朱色に染めるアリアさん。
その顔はスケベでいっぱいになっているのが簡単に見て取れて、クソ!?
このロイヤル☆ビッチめ!
「ぬっ? おぉ、アリアも来ておったか! ……どうした? そんな所で頬を赤らめてモジモジして?」
「その……陛下?
「うむ。よいぞ」
許す、と俺の股間の上で小さく首肯するマリーちゃん皇帝陛下。
そんな幼女皇帝陛下にアリアさんは満面の笑みでこう言った。
「ゴムはキチンとした方がよろしいかと愚考いたします」
「本格的愚考!?」
「ごむ? アリアよ、お前はナニを言って……」
とそこまで言ってマリーちゃん皇帝陛下は何かに気づいたように「ハッ!?」とした表情を浮かべた。
そのまま流れるように俺の股間と自分のお股の結合部へと視線をよこし……みるみると顔を真っ赤にさせていく。
ヤッベ☆
気づかれた、ヤッベ☆
「ひ、ひ、ひ――っ!?」
「やれやれ。まいったね、どうも?」
瞬間「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」と子猫の悲鳴のような雄叫びが、パリス・パーリ城を震わせた。
途端に廊下の方で『どうした!? 今、陛下の悲鳴が聞こえたぞ!?』『医務室からだ、急げ!』と衛兵たちの怒声が鼓膜を叩く。
い、いけない!?
このままだと俺の犯罪のない輝かしい経歴に傷がついてしまう!?
「ヤッベ!? 退いてください陛下! 急いでっ! ハリーアップ!」
「…………」
「陛下? ウソッ!? 気を失ってる!? マジで!?」
俺の股間に騎乗したまま意識を飛ばすマリーちゃん皇帝陛下。
俺が何とか股間の上に乗っているマリーちゃん皇帝陛下を退かそうと身をよじると、何故かアリアさんが興奮したように叫んだ。
「こ、腰を振り始めた!? わ、ワタクシが見ている事に興奮して? こ、このケダモノ! ケダモノ勇者っ!」
「してねぇよ!? というか何でちょっと嬉しそうなんだよ!?」
これからロリっ子陛下と俺が創聖合体するとでも思ったのか、アリアさんは止めるどころか鼻から血を一筋流しながら、食い入るように俺のマリーちゃん皇帝陛下の結合部を凝視し始める。
その姿は初めて大人のDVDを鑑賞する男子中学生のソレで……クソっ!?
このロイヤル☆ムッツリめ!?
俺が王様ならスタイリッシュ不敬罪で打ち首にしている所だ!
「えぇい、興奮してないでコッチ来い!」
「やめて……ワタクシに乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに! エロ同人みたいにっ!」
「しねーよ! いいからさっさと来い! コッチ来てマリーちゃん皇帝陛下を退かせてくれ! お願い! 100円あげるから!?」
「ひぃっ!? そ、そのふやけた手でナニをする気ですか!?」
「ふやけてねぇし何もしねぇよ! 強いて言うのであれば目の前のクソったれな現実から目を覆うくらいだよ!」
ドスケベ☆スイッチがONになってしまったのか、脳内ピンク色のお花畑状態のアリアさんが暴走状態に突入してしまう。
こうなってしまうと俺の言葉は全てドスケベ語に変換されてしまうので、しばらくの間は彼女との会話は不可能になってしまう。
たまにアリアさんを見て思うんだけどさ、本当に我々は同じ次元に生きている生き物なのだろうか?
もはやチンパンジーの方がまともに意思疎通できる気がする……。
そんな事を考えていると、アクセル・ベタ踏み状態のアリアさんの喜声を切り裂くように廊下から衛兵たちの怒声が医務室へと響き渡った。
『隊長、突入準備完了致しました!』
『よし、いくぞっ! 帝国の未来は我々の肩に掛かっていると思え!』
『『『了解!』』』
医務室の外では武装したと思われる衛兵たちが今にも扉を蹴破って突入せんばかりに気炎をあげていて……なるほどな。
「どうやら今日も長い1日になりそうだ」
俺が神に祈りを捧げるように天を仰いだ、その瞬間。
――バゴンッ!
と勢いよく医務室の扉が開かれる。
そして雪崩れ込むように獲物を武装した衛兵たちが部屋へ押し入ってくる。
そこから先は、もう語るまでもないだろう。
……その日、俺の寝床が医務室から牢屋へと変わった。