パリス・パーリ帝国領内、臨海都市【コントン】
カリブー海に密接したこの都市は、他国との貿易が盛んに行われており、大陸でも帝国でも1,2を争うほどの賑わいを見せていた。
そんな臨海都市コントンの裏路地を、息を切らして必死に走り抜ける少女の姿があった。
ダボッ! としたオーバーオールを着込み、短く切りそろえた真っ赤な髪を隠すように帽子を
「居たぞ、お前ら! アソコだ!」
「逃がすな、追え! 船長に殺されたくなければ何としても捕まえるんだ!」
「待てや小娘ぇぇぇぇぇぇっ!」
男たちの……海賊たちの怒声が少女の、ミヒャエルの肌を叩く。
ミヒャエルは今にも崩れ落ちそうになる足を叱責しながら、首に下げた琥珀色のネックレスを握りしめた。
「誰か待つか! 父さんの形見は誰にも渡さない!」
半ば怒鳴るようにそう叫びながら、ミヒャエルは1人確信していた。
やっぱり父さんの言う通り、この形見のネックレスがアトランティスの鍵なんだ!
あの海賊たちの間で幻と言われた伝説の
辿り着けばこの世の全てを手に入れることが出来ると言われている、黄金の都。
巨万の富も、圧倒的な力も全てが手に入る。
まさに海賊の夢を具現化したような都市。
「夢物語じゃない。やっぱりアトランティスは本当にあったんだ!」
父さんは嘘吐きじゃなかった!
嘘つきじゃなかったんだ!
ミヒャエルの胸に喜びの感情が沸き起こる。
が、すぐさまソレは不安の荒波に押し流されてしまった。
「そうだ、父さんは言っていた。アトランティスは夢の都じゃないって」
小さい頃から耳にタコが出来るほど聞かされた父の言葉がミヒャエルの脳内で再生される。
アトランティスを蘇らせてはならない。
アレは夢の詰まった黄金の国ではない。
アトランティスが蘇れば、この世界は一瞬で人の住めない星になるだろう。
だからこそ、父さん達の一族はアトランティスがこの世に蘇らないように、この封印の石を代々守り続けているんだよ――と。
そう言って見せてくれた琥珀色のネックレスは、今や自分の首にかかっている。
父さんはもう居ない。
つまり、この世界を守れるのはもう自分しかいないのだ。
「この世界は終わらせない! 父さんの意思は、一族の誇りはアタシが守る!」
ミヒャエルは海賊たちを振り切るべく、人通りの多い表通りへと飛び出した。
その瞬間、
「もう元気だしてくださいよ、勇者様ぁ~? いつまでクヨクヨしているんですか?」
「アリアさんには分からないだろうね。世界に1本しかないジョイスティック、いやアナログスティックをお釈迦にされた男の気持ちなんてなぁ!」
「不貞腐れないでくださいよ? いいじゃないですか、どうせ使い道なんて無かったんですから」
「なにをぉぉぉぉっ!? って、うぉ!?」
「ひゃっ!?」
――ドンッ!
ミヒャエルは観光客らしき男とぶつかった。
コテンッ! とその場で尻もちをつくミヒャエル。
そんな少女を心配するように、男の隣に居た銀髪の美女がミヒャエルに声をかけた。
「大丈夫ですか、僕!? もうっ! 勇者様が前を見て歩かないから!」
「えっ、俺のせい? もとは言えば、この坊主が……あっ、何でもないです」
男は『アリア』と呼ばれた美女に睨まれ、シュン……と肩を落とした。
この息の合ったやり取り、この町に観光にきた夫婦だろうか?
とミヒャエルがそんな事を考えていると、スッ! と『勇者様』と呼ばれていた男が自分に手を差し伸べてきた。
「すまんかった坊主。俺のポコチンがアイス喰っちまった。次ァ5段を買うといい」
「あっ、いえ。あ、アイス?」
「アイスなんて持っていませんでしたよ勇者様。って、コラ! なにお金を渡そうとしているんですか!? それはマリー皇帝陛下から貰った大事な旅費ですよ!」
懐からお金を取り出し、ミヒャエルに握らせようとする勇者。
そんな勇者の奇行を必死に止める銀髪美女のアリア。
「ごめん、アリアさん。男の子は股間のテントと同じで見栄を張りたがる生き物なんだ」
「意味が分かりませんよ! いいからお金を仕舞いなさい……ちょっ!? すごい力だ!?」
腕にしがみつくアリアをものともせず、勇者はミヒャエルにお金を握らせようと踏ん張る。
負けじとアリアも踏ん張る。
何ともよく分からない攻防がミヒャエルの前で繰り広げられていた。
「あ、あの? け、喧嘩はやめて――」
ください、と続くハズだったミヒャエルの台詞は、
「あっ、居たぞ! 小娘だ!」
「ッ!」
自分を追いかけて来た海賊たちの声にアッサリとかき消された。
ヤバイ、時間を喰い過ぎた!?
「あの!? 本当に申し訳ありませんでした!」
「あっ、ちょっ!? 坊主!?」
ミヒャエルは謝罪の言葉もそこそこに、人並みの中へと消えて行った。
……勇者とぶつかった衝撃で、琥珀色のネックレスを落とした事も気づかずに。
「待て小娘ぇぇぇぇぇっ!」と叫びながらミヒャエルを再び追いかける海賊たち。
そんな海賊たちを尻目に、勇者こと金城玉緒とリバース・ロンドン王国女王代理のアリア・ウエストウッドは小首を傾げた。
「なんだったんだ、今の?」
「さぁ? 勇者様が怖くて逃げだしたんでしょうか?」
「いやいや、アリアさんよ? 俺のどこが怖いって言うんだよ?」
「見ず知らずの男にいきなりお金を渡されるなんて、恐怖以外の何物でもないと思うのですが……」
正論だった。
もうぐぅの音も出ないほどの正論だった。
「ワタクシがあの子の立場だったら100%受け取りませんよ」
「た、例え100%だったとしても残りの20%を俺は信じる!」
「残りはありませんよ?」
100%だって言っているでしょうが、とアリアの呆れた瞳から逃げるように玉緒が視線を地面へ移すと、足元に綺麗な宝石が落ちていた。
「おっ? なんぞ、コレ?」
「どうかしましたか、勇者様?」
「いや、足元に宝石が落ちてるなと思って」
「宝石ぃ~?」
「うん、宝石」
ほらっ! とそう口にしながら、玉緒は足元に落ちていた琥珀色のネックレスを拾い上げた。
その不純物がまるで混ざっていない綺麗な琥珀色のネックレスを前に、流石のアリアも「おぉ~」と感嘆の吐息を溢した。
「綺麗な琥珀色のネックレスですね。ここまで綺麗な宝石、ワタクシ見たことがありませんよ」
「俺も、俺も。石ころにはそんなに興味は無いんだけど、何故かコレには惹かれるなぁ」
なんでだろう? と小首を傾げながら、玉緒とアリアはしげしげとその琥珀色のネックレスを観察した。
そのネックレスが次の波乱の幕開けを告げる開演ブザーになるとも知らないで。