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第8話 他人の金で旅行するのは楽しいか、勇者よ?(楽しいですよ!)

「――なるほどのぅ。それで勇者殿は荒ぶっておられたのか。通りで昨晩、地下牢が五月蠅うるさかったワケじゃ」

「も、申し訳ありませんでした陛下」




 俺の如意棒が元気を失くした原因が判明した、翌朝の【玉座の間】にて。


 例の絢爛豪華けんらんごうかな椅子に腰を下ろしていたマリーちゃん皇帝陛下に、アリアさんは昨晩の件を報告していた。


 それはそれとしてマリーちゃん皇帝陛下の真横で静かに事の成り行きを見守っていたソフィアさんが、さっきからチラチラと俺の方を見てくる。


 どうしたのだろうか?


 俺のイケてる顔面に見惚れているのだろうか?




「あのアリア様? 僭越せんえつながら質問してもよろしいでしょうか?」

「どうかしましたか、ソフィアさん?」

「いえ、そのぅ……今日の勇者くんは一体どうしたんですか? 珍しく大人しいというか……」

「確かに。今日の勇者殿は酷く落ち着いておるな。いつもは発情期の猿よりも騒がしいのに」

「昨晩あまりにも五月蠅くて眠れなかったので、【沈黙】の魔法を掛けているんですよ。あと3時間もしたら普通に話せるようになるので、気にしないでください。それに勇者様がいない方が話がスムーズに進みますからね。当分はこのままでお願いします」

「「あぁ~、確かに」」




 至極納得したという声音に納得できない。


 彼女たちは一体俺をなんだと思っているのだろうか?


 まったく、アリアさんに【沈黙】の魔法を掛けられていなければ今頃、その戯言ばかり口にする可愛らしい唇を俺の唇で塞いでいる所だ。




「ではマリー陛下。本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「うむ、許す」

「ありがとうございます」




 俺がいかにして彼女たちの唇を奪うか脳内シミュレートしている傍らで、アリアさんが昨晩クールにトチ狂う俺に話してくれていた内容をマリーちゃん皇帝陛下に口にしていた。




「先の戦いで負傷した勇者様の身体も、無事に全快しました。なのでワタクシ達は本来の目的を遂行するべく、この帝国を去ろうと思います」

「むぅ……そうか。妾としてはもう少し居てくれても構わぬのだが……」

「お心遣い感謝します。しかし、そうも言っていられない事情が出来ましたので」




 うやうやしく頭を下げるアリアさん。


 そんな彼女を一抹いちまつの寂しさを目尻にたたえながら見つめるマリーちゃん皇帝陛下。


 仲良くなった同年代の女の子が居なくなるのが寂しいのだろう。


 言動は尊大だが中身は乙女だからなぁ、この子。


 俺達が居なくなって泣かないか、ちょっと心配だ。




「どうしても先に行くというのか?」

「はい」

「そうか……」




 若干涙目になりながらも、自分の気持ちを噛み殺すように小さく頷くマリーちゃん皇帝陛下。


 その表情はいつものハツラツとしたモノではなく……気がつくと俺はアリアさんが着ている服の裾を引っ張っていた。




「んっ? 勇者様?」

「…………」

「……あぁ、なるほど」




 分かりました、と苦笑を浮かべながら再びマリーちゃん皇帝陛下と向き直るアリアさん。




「陛下、勇者様からも一言あるそうなのですが、よろしいでしょうか?」

「むっ? 構わぬ、話せ」




 アリアさんはその豊かなパイパイを上下させながら、俺の気持ちを代弁するべく、その果実のような唇を震わせた。




「全てが終わったら、また帝国に遊びにくるから盛大にもてなして欲しい――だそうです」

「そ、そうかっ! い、いや別に妾としてはどうでもいいが、帝国を救った勇者殿の頼みじゃ。仕方がないから盛大に出迎えてやろう! まったく、勇者殿は困った奴じゃな!」




 パァッ! と顔を華やかせながら嬉しそうにそうまくし立てるマリーちゃん皇帝陛下。


 うんうん、やっぱり女の子は笑顔が一番似合うよね!




「アリア様、無礼を承知でお聞きしますが、次の目的地はもうお決まりで?」

「はい。ここから南東にある島国『ネオ・ジパング』を目指します」

「なるほど。ネオ・ジパングまでの道のりは如何いかがなさるおつもりで?」

「一応陸路を考えております」

「陸路だと半年はかかりますよ? 2人旅だとは言え、流石にそれでは勇者くんはともかく、アリア様がちますまい」




 ソフィアさんはそう口にすると、マリーちゃん皇帝陛下に進言するように1歩前へと踏み出した。




「陛下、アリア様たちに『アレ』をお渡ししてもよろしいでしょうか?」

「アレ? ……おぉっ、アレか! 構わぬ、よきにはからえ!」

「ありがとうございます。 衛兵っ! 私の机の上から『アレ』を持って来なさい」

「ハッ! ただちにっ!」




 入口の横に控えていた衛兵の1人が急いで外へと飛び出した。


 アレ?


 アレってなんぞや?




(お金でもくれるのかなぁ? どう思う、アリアさん?)

(既に軍資金は勇者様が帝国を救った件で陛下から貰っております。流石にこれ以上お金は渡さないでしょう)




 というか逆に荷物になって邪魔です、とアイコンタクトを飛ばしてくるロイヤル☆ムッツリ。


 そんな事をしている間に、お外へ行っていた衛兵が戻って来た。


 衛兵は俺達の前まで移動すると、手に持っていた2枚のチケットをそれぞれ俺とアリアさんに手渡す。


 うん?


 なんぞ、コレ?




「なんか文字が書いてある。読める、アリアさん?」

「え~と、帝国語で『海上ワールドツアー』と書いてありますね」

「わーるどとぅあ~?」




 どういう意味? と視線でアリアさんに尋ねるも、アリアさんも分からないのか首をフルフルと横に振っていた。


 この紙切れを渡して、ソフィアさんは一体ナニがしたいのだろうか?


 ゴミだから片付けといてって事なのかな?


 えっ? 俺たち、ゴミを渡されたの?


 困惑する俺とアリアさんに、ソフィアさんはどこか自慢げに口を開いた。




「それは2日後、帝国領内の臨海部にある貿易都市【コントン】で開かれる『世界1周旅行』のチケットです」

「「世界1周旅行?」」

「はい。主催者はもちろん陛下です」

「頑張ったのじゃ!」




 むふーっ! とドヤ顔でVサインを浮かべるマリーちゃん皇帝陛下。


 可愛い。


 分からせたい。




「前々から進めておった企画でな? 豪華な食事とフカフカの寝床付きで、世界を観て周り見識を広めよう! という娯楽旅行じゃ。クロマーク元宰相のせいでだいぶ延期してしまったが、このたび無事に出航が決まったのじゃ!」

「旅の行き先は文字通り『世界1周』です。帝国から出発し、【オメガ・インド】【ユニヴァース・チャイナ】【アルファ・タイワン】へと周っていきます」

「そして、その行き先の1つにお前たちが目指す【ネオ・ジパング】がある」




 にやっ! とマリーちゃん皇帝陛下が不敵に微笑む。


 その瞬間、街中で女子大生のパンチラに遭遇した時のような衝撃が俺を襲った。


 つまり、こういう事か!?


 美味しい食事を取りながら、フカフカのベッドで横になっているだけで目的地へと辿り着けるってワケか!?


 ナニそれ、最高かよ?




「予定では3カ月で【ネオ・ジパング】に到着する手筈てはずじゃ」

「陸路の半分っ!? マジで!? やったーっ! ありがとうマリーちゃん皇帝陛下、愛してる!」

「お、おぅ……。そ、そうか……うむ」




 何故か照れたように俺から目を逸らしながら、人差し指で頬をポリポリとかく幼女皇帝陛下。


 なんで照れてんだ、このロリっ


 あと何でアリアさんは『あ~あ、やっちゃった。このロリコンめ』みたいな湿った目で俺を見てくるの?


 不愉快なんだけど? 魔法以上の不愉快なんだけど? ハレ晴レフユカイなんだけど?




「ハァ……勇者様の件はまぁ置いておくとして、いいんですか? こんな素敵なモノをプレゼントして貰って」

「ナニ、構わぬ。本当は妾とソフィアが使うハズのチケットであったが、帝国は今、この惨状じゃ。傷ついて帝国を放ってバカンスなど行けるハズもない」

「陛下が行かないのであれば、言わずもがな私も行きません。そんなワケでチケットが2枚余ってしまうのですよ」

「どうせタンスの肥やしになるのなら、必要な人間に渡った方がチケットも喜ぶじゃろうて」




 ガッハッハッハッハッ! とロリらしくなく豪快に笑う幼女皇帝陛下。


 う、器がデカい!?


 男として負けた気分だ。……相手は幼女(18歳)だけど。




「え~と……」




 チラッとアリアさんが困ったように俺の顔をうかがう。


 別にくれるというのなら、大人しく貰っておいていいと思う。


 何より他人の金で豪華な飯が食えるのはデカい。


 逃すにはあまりにも惜しい。




(貰っておこうよ。他人の金で喰う飯は美味いし、何より楽して目的地に着けるのなら本望だ)

(言い方ですよ……。でもまぁ、そうですね)




 俺のアイコンタクトに小さく頷きながら、アリアさんは花が綻んだような笑みを溢した。




「ありがとうございます、陛下。このチケットは大事に使わせていただきます」

「うむ!」




 アリアさんの返答に満足したのか、マリーちゃん皇帝陛下の顔にも笑顔の大輪が咲く。


 こうして俺達は豪華客船での『世界1周ツアー』へと参加することになったのであった。


 ……この選択が、のちにとんでもない悲劇の幕開けになるとも知らないで。

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