幼女皇帝陛下と人妻(独身)騎士に別れを告げ丸一日。
長いこと馬車に揺られて約24時間。
俺とアリアさんは『世界1周ツアー』開催地である臨海都市【コントン】へと降り立っていた。
「ここがあの男のハウスねっ!」
「違います。臨海都市【コントン】です。ヘビ族の男は関係ありません」
「関係ねぇワケねぇよ! ソフィアさんの話だと、あのクソ野郎はこの町に潜伏しているらしいじゃねぇか!」
「あくまで噂ですけどね。あっ、運転手さん。ここまで運転ありがとうございました」
「いえいえ。それでは良い旅を」
ここまで送ってくれた馬車の運転手さんに2人仲良く頭を下げ、街中を歩き出す。
目的地はもちろん豪華客船のある港だが、それよりも俺にはやるべき事があった。
「出航までまだ時間がある。それまで町中を散策して、あのクソ野郎を見つけ出そうぜ! 見つけ出して八つ裂きにしようぜ!?」
「ダメですよ、勇者様。そんな買い物に行く感覚で殺人を
「なんでさ!? 一緒にヤツの
「ダメです。陛下の話だと入場のチェックインに時間が掛かるみたいですから、散策は出来ません。諦めてください」
「マジかよ……ようやくヤツの顔面をマッシュポテトと見分けがつかなくなるレベルでボコボコに出来ると思ったのに……」
ヤツの返り血で真っ赤にドレスコートしてから颯爽☆入場しようと思っていたのに……。
しょぼんちゅ……と盛大に肩を落とす俺を見て、アリアさんは『しょうがないなぁ』とでも言いたげに口を開いた。
「もう元気だしてくださいよ、勇者様ぁ~? いつまでクヨクヨしているんですか?」
「アリアさんには分からないだろうね。世界に1本しかないジョイスティック、いやアナログスティックをお釈迦にされた男の気持ちなんてなぁ!」
「不貞腐れないでくださいよ? いいじゃないですか、どうせ使い道なんて無かったんですから」
「なにをぉぉぉぉっ!? って、うぉ!?」
「ひゃっ!?」
――ドンッ!
突然。
突然である。
おそらく路地裏と繋がっているであろう細い道から、
よほど必死に走っていたのだろう。
俺にぶつかった少年は受け身を取ることも出来ず、背後へ転がるように尻もちをついた。
おかげで
あと5年したら絶世の美少年になりそうな少年だった。
「大丈夫ですか、僕!? もうっ! 勇者様が前を見て歩かないから!」
「えっ、俺のせい? もとは言えば、この坊主が……あっ、何でもないです」
ジロリッ! とアリアさんに睨まれて『しゅん……』と身を縮めるナイスガイ俺。
まぁでも確かに、アリアさんの言うことも一理ある。
脳内でアルシエルのクソ野郎を血祭りにあげるのに集中し過ぎて、前を見ていなかった俺にも責任はあるかもしれない。
仕方ない。
どぅれ、この少年に大人の男のカッコよさを教えてやるかな。
「すまんかった坊主。俺のポコチンがアイス喰っちまった。次ァ5段を買うといい」
「あっ、いえ。あ、アイス?」
「アイスなんて持っていませんでしたよ勇者様。って、コラ! なにお金を渡そうとしているんですか!? それはマリー皇帝陛下から貰った大事な旅費ですよ!」
俺はニヒルな笑みを浮かべながらキョトンとした顔を浮かべる少年にお金を握らせようとする……のだが、
――ガシッ!
とソレをアリアさんが腕に抱き着いてまで必死に食い止めてくる。
「ごめん、アリアさん。男の子は股間のテントと同じで見栄を張りたがる生き物なんだ」
「意味が分かりませんよ! いいからお金を仕舞いなさい……ちょっ!? すごい力だ!?」
全力でカッコつけたい俺を阻止するべく、持てる力の全てを使って俺のハードボイルドタイムを邪魔してくるアリアさん。
えぇい、離してくれ!
男はみんなスモーカー大佐に憧れる生き物なんだよっ!
「あ、あの? け、喧嘩はやめて――」
「あっ、居たぞ! 小娘だ!」
「ッ!」
俺とアリアさんの静かなる攻防をオロオロと見守っていたオーバーオールの少年の身体がビクッ!? と跳ねる。
そのまま弾かれるように背後へ振り返ると、そこには薄汚い格好をした男達がコチラに向けて全力疾走している光景が目に入った。
何アレ? と俺が眉根をしかめていると、
「あの!? 本当に申し訳ありませんでした!」
「あっ、ちょっ!? 坊主!?」
少年はペコリと頭を下げると、そのまま放たれた弓矢のごとく人並みの中へと消えて行った。
呆然と少年を見送る俺とアリアさん。
そんな俺達の横を「待て小娘ぇぇぇぇぇっ!」と叫びながら風の如く駆け抜けて行く男達。
「なんだったんだ、今の?」
「さぁ? 勇者様が怖くて逃げだしたんでしょうか?」
「いやいや、アリアさんよ? 俺のどこが怖いって言うんだよ?」
「見ず知らずの男にいきなりお金を渡されるなんて、恐怖以外の何物でもないと思うのですが……」
正論だった。
もうぐぅの音も出ないほどの正論だった。
「ワタクシがあの子の立場だったら100%受け取りませんよ」
「た、例え100%だったとしても残りの20%を俺は信じる!」
「残りはありませんよ?」
100%だって言っているでしょうが、とアリアさんの呆れた瞳から逃げるように視線を地面へ移すと、
――キラッ!
と俺の足元で『ナニカ』が光った。
「おっ? なんぞ、コレ?」
「どうかしましたか、勇者様?」
「いや、足元に宝石が落ちてるなと思って」
「宝石ぃ~?」
「うん、宝石」
俺は大きな琥珀色の宝石が目に眩しいネックレスを拾い上げながら「ほら」とアリアさんにソレを差し出した。
途端にアリアさんが「おぉ~」と感嘆の声を漏らす。
「綺麗な琥珀色のネックレスですね。ここまで綺麗な宝石、ワタクシ見たことがありませんよ」
「俺も、俺も。石ころにはそんなに興味は無いんだけど、何故かコレには惹かれるなぁ」
はて? なんでだろう?
小首を傾げつつ、俺は拾った琥珀色のネックレスをポケットに仕舞いこんだ。
「まぁいいや。どっかで売り払えば旅の軍資金になるだろう」
「ネコババとはお行儀が悪いですよ、勇者様?」
「違う、違う。これはネコババじゃない、有効活用だ」
そうニンマリ♪ 笑みを深めながら、俺はポケットの中の琥珀色のネックレスを指先で撫でた。
……気のせいか、琥珀色のネックレスがほんのり熱を持っているように感じたのは、きっと俺の錯覚に違いない。