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第11話 行くぞ、新大陸!(……あれ? 拾ったネックレスが光って……?)

 アレはそう、俺が小学3年生の国語の授業の時だった。


 確か『ちぃちゃんのかげおくり』を習っていた時のことだったと思う。


 内容は主人公の『ちぃちゃん』が身体の弱いお父さんを家族全員で戦争へと送り出すが、その後の空襲で一人ぼっちになった『ちいちゃん』の苦しみを描くと共に、家族の絆を鮮やかに描いた作品だった。




「では、この3連休の宿題は作文にします。テーマは『ちいちゃん』の『お父さん』にちなんで【大切な人】です」




 授業終わりに先生はそう言った。


 その時点で先生には何の落ち度もなかった。


 問題はその日の日直が大神おおかみ士狼しろうくんであった事だ。


 当時の彼は頭のデキが良くないクセに変に真面目であり、思考がよくミッシングリンクしてしまう困った男の子だった。


 おおよそ常人では考えられない勘違いを連発する彼は、今回もテーマが【大切な人】にも関わらず先生の言った内容を曲解して『自分の両親の馴れ初めを調べて書いて来い!』と言われたのだと認識してしまったのだ。


 そして日直はその日の帰りの会で出された宿題を皆の前で再確認する仕事があるワケで、大神くんは満面の笑みでクラスメイト全員に、




「算数ドリル5ページと6ページを全部。国語は作文で、タイトルは【両親が結婚した理由】ですっ!」




 と言い放った。


 もはやソレは連休明けの国語の時間が生き地獄と化す前フリ以外の何モノでもなかった。


 何が悲しくて両親の馴れ初めを調べてこなければならないのか。


 普通に考えればありえない宿題だ。


 しかし当時の俺達は純粋無垢を擬人化したような3年生だった事もあり、何の疑いもなく両親の馴れ初めを調べることにした。


 が、ここで問題になってくるのは我が両親である。


 身内の汚点をさらすようで恥ずかしいのだが、我が母上は俺が物心をつく前に外で男を作って蒸発。パパンは物心ついてすぐに借金を作って夜逃げしたため、2人とも馴れ初めを聞くことが出来ないのだ。


 俺は申し訳ないとは思いつつも、正直に『母と父が結婚した理由 ――金城玉緒。 僕には母と父が居ないので分かりません』という世界で一番短い作文を書いて、連休明けの学校へと登校した。


 そしてまぁ案の定といいますか……国語の時間は生き地獄と化した。


 廊下側から順番で壇上に上がって皆の前で読み上げるのだが、水谷くんの「お父さんは本当は別の人が好きだったけど、ボクが出来たせいでお母さんと結婚せざるを得なかったそうです」という胃袋がもたれるようなヘビーパンチが開幕ブザーとなって祭りが始まった。


「当時付き合っていた幼馴染みの女性を友人に寝取られて、仕方なくお母さんと結婚した」といったエロ漫画時空で生きる山川くんや、「当時お母さんの担任だったお父さんが、単位を盾にお母さんに迫って……」と日本の格差社会を鮮やかに浮き彫りにした杉本さん達が先陣を切っていく。


 続いて俺の「母と父が結婚した理由 ――金城玉緒。 僕には母と父が居ないので分かりません」という世界で一番短い作文が披露され、教室内が何とも言えない微妙な空気に包まれた。


 そんな家庭内暗部のカミングアウト大会の中で、一筋の光の如く学校一の天才少年、猿野元気くんが登場した。


 俺が作ってしまったよどんだ空気を払拭するかのように、当時働いていた研究室で職場恋愛して結婚したという毒にも薬にもならない作文が高らかに読まれていく。


 おかげで次の林くんの特段おかしくないが別に面白くもない作文の存在定義を打ち崩してしまったが、場の空気は牧歌的で温かいモノへと切り替わっていた。


 そして満を持してアイツが壇上に上がった。


 そう、この地獄を作った張本人――大神士狼くんだっ!


 大神くんはちょっとした短編小説くらいありそうな分量の作文用紙を持って壇上に上がると、力の限り感情を込めて両親の恋愛模様を朗読した。


 大神くんのご両親が数多の困難を乗り越えて愛を育んだこと。


 周りの反対を押し切って大神くんを産んだこと。


 そして今、最高に幸せであることを堂々と胸を張って朗読し続けた。


 大神くんが全てを読み終えると、五月雨のごとく拍手の雨が彼の身体を包み込んだ。


 見渡すと、多くのクラスメイトたちが涙で顔をドロドロにしながら拍手を続けていた。


 気持ちは分かる。俺も同じ顔で拍手をしていた。


 誰もが『この作文はハナマル満点だ!』と確信した。


 そんな中、1人だけ拍手をしなかったヤツが居た。


 大神くんと仲がいい猿野くんだ。


 猿野くんは拍手が鳴りやむと同時に、ボゾッと小さくこう呟いた。




「今話題の恋愛ドラマとビックリするくらい内容がソックリなんやが……」と。




 瞬間、クラス中の時が止まった。


 もう意味が分からなかった。


【宮崎県産】完熟きんかんたまたまエクセレントの箱から【岡山県産】きびだんごが出て来るくらい意味が分からなかった。


 それでも全員頑張ってヤツの発した言葉を理解しようと努めた。


 理解しようとして……そのあまりにもおぞましい真実に誰もが口をつぐんだ。


 もう何て言ったらいいのか分からなかった。


 数秒の沈黙。


 そして時が動き始めると、全員が怒声をあげながら大神くんに殴りかかった。


 こうして地獄の第二幕が幕を開けた。




「んでまぁ『その日』を境に何故か俺に給食のプリンを渡す風習が出来たりして、授業は無事に終わったワケだ」

「クッソどうでもいい話でしたね?」




 ボーッ! と豪華客船の汽笛の音が俺達にあてがわれた部屋の中へと木霊する。


 時刻が午後10時少し過ぎの海上にて。


 俺とアリアさんが『世界1周ツアー』の豪華客船に揺られながら、ネオ・ジパングへと進んでいた。




「んだよ。アリアさんが『暇だから何か面白い話をしてください』って言ったから喋ったのに」

「こんなにクソつまらない話を聞かされたのは生まれて初めてですよ。逆に最後まで聞いてしまった自分が許せないレベルです」




 ボフンッ! と用意されたフカフカのベッドに横たわりながら文句を口にするアリアさん。


 部屋に備え付けられた小型のお風呂から出たばかりで頬が若干火照っていて、妙にエロかった。




「おいおい? 一国のプリンセス様がそんなはしたない格好をしていてもよろしいので?」

「別にいいでしょう? 勇者様の前ではワタクシはリバース・ロンドン王国の女王代理でも、カエル族のお姫様でもない。ただのアリア・ウエストウッドですから」




 茶目っ気たっぷりにニヒッ♪ と笑いながら、ノビ~ッ! と猫のようにベッドの上で身体を伸ばすアリアさん。


 出会った頃は威厳ある女性だったのに、今ではもうお茶目な女の子にしか見えない。


 いやはや、時の流れとは恐ろしいモノだ。




「それに今更勇者様の前で取り繕うのもバカらしいですしね」

「コラコラ? 素がハミ出ていますわよ、お姫様?」




 ハンッ! と鼻で笑いながら、人を小バカにしたような笑みを頬にたたえるロイヤル☆ムッツリ。


 まったく、俺が英国紳士も裸足で逃げ出すような紳士ジェントルマンでなければ今頃、その愛らしい唇を『ディープキスの刑』に処して幸せな家庭を築いている所だぞ?




「そう言えば、今日のお昼ごろに拾ったあのネックレスはどうしたんですか? もう売ったんですか?」

「あっ、すっかり忘れてた」




 俺はズボンのポケットに手を突っ込んで、ガサゴソと中身を漁る。


 間違ってもチ●ポジを直しているワケではない。


 まぁそんな勘違いをするヤツなんて――




「ゆ、勇者様っ!? きゅ、急に下半身をまさぐってナニをしているんですか!? ハッ!? まさかチ●ポジですか!? チ●ポジショニングを直しているんですか!?」




 ……勘違いをするヤツなんて、目の前の女しか居ないだろうが。


 アリアさんが頬を赤らめながらも瞳をキラキラさせながら、俺の下半身を凝視し始める。


 まるでショーケース越しにトランペットを眺める少年のように澄んだ瞳だ。


 信じられるかい?


 これで一国のお姫様なんだぜ?


 まったく、リバース・ロンドン王国の未来が心配で仕方がねぇぜ。




「話の流れ的にさ、ここは例のネックレスを出す場面だとは思わなかったの?」




 俺は頬を染めるロイヤル☆ムッツリに湿った視線を送りながら、ポケットから琥珀色のネックレスを取り出した。


 途端に自分の勘違いに気づいたのか、アリアさんが「あ、あぁ~っ!」と『ソッチでしたか』と言わんばかりに慌てて取り繕い始めた。




「も、もちろん気づいていましたよ? えぇ、気づいていましたとも! ……な、なんですか? その変態を見るような目は? そんな目でコッチを見ないでくださいよ!?」

「どすけべプリンセス……」

「どすけっ!? ち、違いますからっ! 変な渾名あだなを付けないでくださいっ! 訴えますよ!?」

「やってみろ。負けるヴィジョンが見えないわ」

「このやろぉぉぉぉぉっ!?」




 ガバッ! とベッドから身体を起こし、分かり易くファイティングポーズを取るアリアさん。


 その瞬間、手に持っていた琥珀色のネックレスが淡く光ったような気がした。




「んぁ?」

「な、なんですか、その声は!? やるっていうんですか!? 言っておきますがね、訴訟になったら確実にコチラが勝ちますからね!? なんせワタクシは変態では――」

「いや、アリアさんが変態なのは知ってるよ。そうじゃなくてさ、今、このネックスレが淡く光ったような……?」

「変態じゃないっ! ――って、ネックレス?」




 否定の言葉がジェットエンジンの如き勢いで飛び出たアリアさんが『見せて? 見せて?』と子犬のように俺の横へと移動する。


 そのまま「ほい」と琥珀色のネックレスをアリアさんに近づけると……




「うわっ、本当だ!? このネックレス、発光してますよっ!?」

「ねっ? キレイだよね?」

「いや、キレイ以前にどういう原理ですかコレ? ……あれ?」

「どったのアリアさん?」

「いえ、このネックレス、微妙に魔力を感じるような……」




 真夏のビーチでナンパ待ちしている女子大生に群がるヤリチンクソ野郎のように、アリアさんの指先が琥珀色のネックレスへと伸びる。


 そのまま「ちょっと失礼しますね?」と確認するように、指先でネックレスの琥珀部分へと触れた。


 刹那、目が眩む程の光の奔流が琥珀色のネックレスから溢れだした。




「眩しっ!? ナニコレ!?」

「これは魔法の光っ!?」




 驚き声をあげるアリアさんの隣で、目を覆うナイスガイ俺。


 やがて光の奔流はその勢いを弱めると、何事もなかったかのように俺の手の中で静かに鎮座していた。




「目がいてぇ……。なんだったんだ、今の?」

「ゆ、勇者様! 見てください、コレ! コレ!?」




 バシバシバシバシッ! とアリアさんが盛大に俺の肩を叩く。痛い……。


 その声はエロ本を前にした男子中学生のように若干の興奮が滲み出ていて、




「んもう、なに? 痛いんだけど? 少女漫画に出てくるスカしたイケメン並みに痛いんだけど?」

「ネックレス! ネックレス!」




『早く見ろ!』とでも言いたげに俺の身体を左右にゆっさゆっさ♪ と揺らすアリアさん。


 俺は未だにシパシパするお目目に力を込めながら、言われた通り、手に持っていたネックレスに視線を寄越して……ギョッ!? と目を剥いた。





 あの琥珀色のネックレスから光の線が地平線に向けて発射されていた。





「うわっ!? ナニコレ!? 珍百景!?」

「す、凄いですよコレ! 古代のカエル族の魔法で作られたネックレスです!」




 ハスハスッ! とお気に入りのエロ同人誌を俺に紹介した時とまったく同じリアクションで、興奮したように鼻息を荒げるアリアさん。


 その瞳は俺が持っている例の琥珀色のネックレスに釘付けで……うん?




「そんなに凄いの、コレ?」

「凄いなんてモノではありませんよ! 今では失われた技術を使い、宝石に1つの魔法を覚えさせる古代カエル族の秘術の1つですよっ! まさかこんな所で相まみえる事が出来るなんてっ!」




 厄介オタクのように早口でこの琥珀色のネックレス、いや魔法のネックレスについて説明し始めるアリアさん。


 正直俺にはナニが凄いのか1ミリも理解できないのだが、1つだけ今ハッキリと言えることがある。




「コレ、そんなに凄いの?」

「凄いです! 歴史的大発見ですっ!」

「ならさ? なんでそんな凄いモンが『あんな場所』に落ちてたワケ?」

「それはっ! ……何故でしょう?」




 はて? と2人揃って小首を傾げる。


 そんな俺達を嘲笑あざわらうように、琥珀色のネックレスは明後日の方向へ光を放ち続ける。


 それは窓をブチ破って海の彼方へと続いていて……




「そもそもさ? この光、どこに続いてるの?」

「さ、さぁ? おそらくこのネックレスに刻まれた魔法なんでしょうが、一体どんな魔法なのか正直、皆目見当もつきません」




 2人で光を放ち続ける琥珀色のネックレスを見下ろす。


 ピカピカと綺麗に輝いており、その姿はまさに夜空に浮かぶ一等星のように美しくて、その……すごく眩しいです。




「眩しいね?」

「眩しいですね」

「眠れないね?」

「眠れませんね?」

「この光、消すこと出来ない?」

「触れた際のワタクシの魔力を吸って発光しているので、魔力が切れれば元に戻るハズです」

「なるほど。具体的にはあと何分?」

「ネックレスから発せられるワタクシの魔力量から逆算して……あと3日です」

「3日かぁ……長いなぁ……」




 俺は部屋に備え付けられていた時計に視線を移した。


 時刻はもう午後10時30分、良い子は寝る時間である。


 つまり良い子である俺が寝る時間だ。


 だがこのピカピカ光る魔法の石が邪魔すぎて、寝るに寝られない。


 と、くれば俺の取るべき行動は1つ。




「ちょっとコレネックレス、海に捨てて来るわ」

「ダメダメダメダメッ!?」




 魔法のネックレスを甲板かんぱんから投げ捨てるべく部屋をあとにしようとする俺の腰に、ギュッ! と抱き着くアリアさん。


 一体その細腕のどこにそんな力があったのか、ググググッ! と俺の身体を抱き寄せてきて、ちょっ!?


 凄い力だっ!?




「歴史的大発見の遺物をそんな海に捨てるだなんて、リバース・ロンドン王国女王代理として見過ごせません!」

「じゃあアリアさんが保管してよ。手元にあると眩しく寝れねぇんだよ、コレ」

「……いえ、それはワタクシも眠れなくなるから嫌です」




 んもぅ、このワガママさんめ♪




「それにこのネックレス、触れた者の魔力を勝手に吸いとる性質らしいので、ワタシクが持っていたら一生発光し続けますよ?」

「めんどくせぇ~っ。超めんどくせぇよ、この石ころ」




 やっぱ『あの時』拾わなければ良かった……。


 全力で数時間前の自分の行いを後悔しながら、俺は1人盛大に溜め息をこぼした。


 ……この時の俺達は、まだ知らなかったのだ。





 ――自分たちが世界滅亡の引き金を引いてしまったことに。





 この広い海の底で、幻の海底都市の扉が開いてしまったことに、俺達は気づいてすらいなかった。


 それが新たなる冒険の始まりである事も知らないで。

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