興奮するアリアさんを落ち着かせ、魔法でオーバーオールの少年を拘束した10分後の客室にて。
俺とアリアさんは床に少年を寝転がしながら、ベッドの縁に腰をかけ、静かに少年を見下ろしていた。
「さてっと。色々と聞きたいことはあるが、まずは少年の名前を教えて貰おうか?」
「……ミヒャエル」
ぶっきらぼうにそう応える少年。
実に『分からせ』がいのある態度だ。
その中世的で整った容姿といい、ここがエロ漫画の世界なら俺を主人公とした濃密な凌辱ゲームが幕を開け……あぁ~、うん。やっぱ無理だ。
誠に残念ながら、いくら顔がよくても下半身にスカイツリーを持っている
改めて自分はノーマルである事を自覚していると、静かにミヒャエル少年を観察していたアリアさんがそのシロップに漬けたようなプルプルの唇を動かして、こう尋ねた。
「ミヒャエルさんはどうして勇者様の寝込みを襲ったんですか? ま、まさかっ!? やっぱり『あの時』勇者様に一目惚れしてっ!? それでっ!?」
「違うっ! 変な勘違いするなっ!」
男同士の禁断の関係に興奮したのか、一国のお姫様がしてはいけない興奮しきった笑みを頬に
正直、直に堪えないです……。
ミヒャエル少年はアリアさんの不愉快な妄想を切り捨てるように「んっ!」と俺が持っていた光り輝くズボンを指さした。
「ソレ。ソレが欲しかった」
「勇者様のズボンが欲しかった!? やっぱり目当ては勇者様の後ろのアナ――」
「言わせないよ?」
それ以上はいけない、と彼女のお口を片手で塞ぐ。
それでも暴走特急娘は止まらないのか、モゴモゴっ! と忙しなく唇を動かし続ける。
いや、怖いて……。
もう何が怖いって、ナチュラルに俺を『受け』として認識しているのが怖い。
もう明日から彼女にケツを向けて眠れないよ……。
アリアさんのこういうトップギアに入れたままアクセルベタ踏みな所がなければ今頃、俺はリリアナちゃんの義兄として3人で仲良く幸せな家庭を築いている所なのだが……神様は本当にイジワルだ。
「?? 何を勘違いしているか分からないが、欲しいのは光っているソレだ」
どうやらアリアさんの言っている事が分からないピュアボーイだったらしく、不愉快そうに眉根をしかめながら、俺の光り輝く股間部分……もといポケットを指さすミヒャエル少年。
ココに入れているモノって確か……?
俺はズボンのポケットの中に手を突っ込んで、我が股間部分を光り輝かせる例のブツを取り出してみせた。
「もしかして、この琥珀色のネックレスの事か?」
「ッ!? か、返せっ!」
「おっとぉ?」
両手足を魔法で拘束されているクセに、器用に身体を跳ねさせながら俺に突進しようとしてくるミヒャエル少年。
どうやら少年のお目当てはこの魔法のネックレスらしい。
「ふむ、なるほどな。
「泥棒はソッチだろうがっ! 人のネックレスを勝手に盗んで!?」
うぅ~っ! と子犬のように低く
そんな子犬少年を前にスケベの世界から正気に戻ったアリアさんが『まさか?』と言った表情で口を開いた。
「勇者様。もしかしたらなのですが、この道端に落ちていた魔法のネックレスはこの子の落とし物だったのでは?」
「いやいや、アリアさんよ? こんな上等な琥珀色のネックレスをこんな小汚いガキが持っているか、普通? ありえねぇだろ? きっとどっかの家から盗んできたんだよ」
「ガキじゃないっ! それは我が家に代々伝わる大切な家宝なんだ!」
ミヒャエル少年は感情を
うっ!? ちょっと悪いことをしている気分だ……。
「返せっ! それは大切な父さんの形見なんだ!」
「父さんの形見?」
口を滑らせすぎたのだろう。
ミヒャエル少年は『ヤベッ!?』とあからさまに動揺した表情を浮かべながら、慌てて口をつぐんだ。
まぁ今更口をつぐんだ所でもう遅いんだけどな。
と心の中で苦笑しながら、床に転がされているミヒャエル少年の前まで移動した。
「アリアさん。もう拘束魔法を解いていいよ」
「……相変わらずお人好しですね」
俺のやろうとしている事を察したのだろう。
アリアさんは苦笑を浮かべながら、持っていた杖を軽く左右に振った。
それだけでミヒャエル少年の両手足を縛っていた魔法が大気に溶けて霧散する。
瞬間、『しめたっ!』と顔を輝かせたミヒャエル少年が俺に襲い掛かろうとして――
「ほい、ネックレス。もう落とすなよ?」
「……えっ?」
ずいっ! と差し出された琥珀色のネックレスを見て、動きを止めた。
ミヒャエル少年は困惑したように俺と琥珀色のネックレスを交互に見返しながら、ピタリッ! と固まってしまう。
俺は一向にネックレスを受け取ろうとしない少年に思わず「んっ!」と都会からやってきた女の子に傘を渡すド田舎の純情少年のような感じになってしまった。
ちょっ、早く受け取ってよ?
このままじゃ『やーい! お前ん
「い、いいの?」
「父親の大事な形見なんだろ? 今度は失くすなよ?」
「あ、ありがとう……」
素直にお礼に言葉を口にしながら『ほっ』と安堵の笑みを溢すミヒャエル少年。
お、おぅ? 可愛いじゃねぇか。
俺の男性機能が奪われていなければ今頃新しい扉が開いている所だったぞ?
「ところでミヒャエルさんは、どうやってこの船に乗船したんですか? 見るからにチケットは持ってなさそうに見えますが?」
「……コッソリ乗った」
「それバレたらヤバいヤツじゃ~ん」
なんでそんな事をしちゃったの? と俺が尋ねると、ミヒャエル少年は気まずそうにコソッ! と俺から視線を外して、
「だって、アンタらが父さんの形見を持って乗っちゃったから」
「あぁ~……」
「それは……悪いことをしちゃいましたね?」
俺とアリアさんはお互いの顔を見合わせながら、素早くアイコンタクトを飛ばし合う。
入船前に『係員』兼『受付』のお姉さんに聞いたのだが、不法乗船したと分かり次第、どんな相手であろうと即刻その場で船から降りて貰うと説明を受けていた。
そして今、我々は大海原の中心にいる。
窓から見える景色は綺麗な地平線のみで、無人島1つ見えない。
こんな場所で幼気な少年が1人放り出されれば……もはや結果は見るまでもないだろう。
「流石にソレは後味が悪いですよね?」
「だな」
俺達は『しょうがない』と2人同時に苦笑を浮かべながら、ポカンッ? とした表情で俺達を見上げるミヒャエル少年に、
「おい少年。コレやるよ」
「えっ? えっ!? こ、これはこの船の乗船チケット!? なんで!?」
「いいから。子供は素直に大人の厚意に甘えとけ」
俺は無理やりミヒャエル少年に自分の分の乗船チケットを握らせた。
少年は驚いたような、困惑した顔で「いやいや!?」と首を横に振った。
「も、貰えないよ、こんなの!? だってコレが無かったら兄ちゃん達はっ!?」
「気にすんな。コッチにはすっごい魔法使い様が居るから、いざとなったらお空を飛んで逃げるわ」
「ハァ……マリー皇帝陛下に怒られそうですね」
「で、でも……」とチケットを俺に返そうとするミヒャエル少年。
他人の善意に甘え慣れていないのか、酷く困惑していた。
ふむ……仕方ない。
少々ズルい言い方にはなるが……。
俺はオロオロとするミヒャエル少年にハッキリとこう言ってやった。
「次はお前の番だ」
「えっ?」
「困っている人を見かけたら、次はお前が助けてやる番だ。いいな?」
「……うん、わかった」
ギュッ! と琥珀色のネックレスと乗船チケットを握りしめながら、大きく頷くミヒャエル少年。
数分前の出来事など無かったかのようにすっかり大人しくなったミヒャエル少年は、改めて俺とアリアさんをまっすぐ見つめると、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。え~と……」
「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだっけ? 俺は金城玉緒。んで、コッチのドスケベなお姉さんが――」
「誰がドスケベですか!? こほんっ! ワタクシはリバース・ロンドン王国女王代理、アリア・ウエストウッドです」
「ッ!? じょ、女王さま!? す、すみませんでした!? そ、そうとも知らずに自分はっ!?」
カッチーンッ! と初めて出来た彼女と初デートをする男子中学生のようにガチガチになるミヒャエル少年。
ほらぁ~、こうなるから俺がマイルドに紹介しようと思ったのにぃ~。
『言わんこっちゃない』と言わんばかりにジトッと湿った視線をアリアさんに向けると、我らがうっかりプリンセスは慌てた様子で口をひらいた。
「そう
「そうそう。今のこのお姉さんはただのスケベが大好きなエッチなお姉さんだから、そう畏まらなくて大丈夫だぞ」
「……勇者様はもう少し畏まってくれてもいいんですよ?」
『初めて会った時のあの態度はどこへ行った、キサマ?』とでも言いたげな笑みを頬に湛えるアリア姫。
それはお互い様ですよ、姫?
「あ、ありがとうございました! キンジョーさんっ! アリア姫っ!」
俺とアリアさんが『先に笑顔を崩した方が負け』の逆睨めっこ状態で微笑み合っていると、仲裁せんばかりの勢いで俺達の間に割って入ってくるミヒャエル少年。
チッ……仕方がない。
ここは俺が大人になってやるか。
ミヒャエル少年に感謝しろよ、アリアさん?
「ハァ……仕方がありませんね。ミヒャエルさんに免じて、ここは引いてあげますよ。ミヒャエルさんに感謝してくださいね、勇者様?」
「はぁ~ん!? コッチが大人になって引いてやろうとしているのに、なんだその口の利き方はぁ!? 2度とそんな戯言がほざけないように、俺の唇でアリアさんの唇を塞いでやろうかぁ!? あぁん!?」
「ハッ! そんな事チキンの勇者様に出来るワケないじゃないですか。やれるもんならやってみてくださいよ」
「上等だっ! 目ぇ閉じろ、このプリティープリンセスがっ!」
少女漫画に出て来るスカしたイケメンよろしく、彼女の顎を指先でクイッ! と持ち上げる。
ここまですれば流石のアリアさんもビビッて伝説の『ちょっと待ったぁ!』コールをしてくると思ったのだが……彼女、マジで目ぇ閉じるのよね。
えっ、うそ? ちょっと待って?
マジでする気なの?
「どうしたんですか勇者様? やらないんですか?」
フッ、と勝ち誇った笑みを浮かべるアリアさん。
その笑みは言外に『ほれ見たことか!』と語っていて……うぐぐぐぐぐぐっ!?
「きょ、今日はもう遅いからこの辺で勘弁しておいてやるよ!」
「あっ、逃げた」
「逃げてないっ! おいミヒャエル少年っ! どうせ寝る場所なんてないだろうから、今晩はここに泊まれ」
「えっ? い、いいんですか?」
乙女のように顔を真っ赤にして俺達の成り行きを静かに見守っていたミヒャエル少年にグッ! と親指を立てて見せる。
「お見苦しいところを見せてしまった詫びだ。気にすんな!」
「あ、ありがとうございます……」
「んっ。キチンとお礼を言えるのは偉いぞ。よし、じゃあ風呂に入るか」
「はいっ! ……はい?」
今なんて言った? とばかりに小首を傾げるミヒャエル少年。
俺はそんな少年の首根っこをムンズッ! と掴むと、冷や汗でドロドロになった身体を清めるべく備え付けのシャワー室へと足を進めた。
「そんなワケで俺と少年は風呂に入る! くれぐれも覗かないようにっ!」
「覗きませんよ……たぶん」
若干目を泳がせながら、【使い魔契約】の制約を無視する事が出来るオレイカルコスの腕輪を装着するアリアさん。
理解が早くてアライグマ助かる。
多分アリアさんも俺と同じで、今は同じ空間に居ずらいのだろう。
「よし、いくぞ少年っ! その小汚い身体を俺様直々にピカピカのキラキラにしてやろう!」
「ちょっ!? あのっ!? えっ!?」
えぇ~っ!? と乙女のような悲鳴をあげるミヒャエル少年を引きずって、俺は逃げるように風呂場へと駆けこんだ。