謎の海賊団とアルシエルのクソ野郎の襲撃を受けてから4時間後の客船内にて。
もう既に東の空から太陽が顔を覗かせ、良い子は朝のラジオ体操に出かける午前7時少し前。
俺達は昨晩から一睡もすることなく、ミヒャエルちゃんを連れて貸し与えられた自分たちの客室へと戻り、お互いの素性と秘密を共有し合っていた。
「つ、つまりあのやたら強い赤い巨人の化け物は金城さんだったと?」
「その通りです。あの赤い巨人の化け物は勇者様がカエル族の古代アイテムを使用して変身した姿なんですよ。あの化け物に変身した勇者様は、おそらく世界で一番強いです」
「カエル族……それじゃもしかして……」
「あのぉ? バケモノ、バケモノって連呼しないでくれます? 言っておくけど、俺のメンタルはニトログリセリンよりも繊細なんだから、優しくしてくれないと泣いちゃうぞ? いいのか? 大の大人が公衆の面前で無様に泣き叫んでも?」
「勇者様? 脅迫するにしてもやり口は選びましょうね?」
神妙な面持ちで首にかけていた魔法のネックレスを握りしめるミヒャエルちゃんの隣で、唇を尖らせるナイスガイ俺。
おそらく2人はさぞプリティーな俺の姿を目視している事だろう。
例のオレイカルコスの腕輪を外したアリアさんが『男の
可愛い、許す♪
「えっと……それじゃ、あの巨人はなんてお呼びしたらいいですか?」
「えっ、名前? そうだなぁ……あの赤い巨人の名前は――」
「――キンタマンです」
「クソダセェ……」
「ちょっとアリアさん!? 勝手に人の会話にインサートしないで!?」
ドン引きするミヒャエルちゃんの隣で『いい名前でしょ?』とドヤ顔を浮かべるアリアさん。
相変わらずネーミングセンスが死んでいるようで何よりです。
が、今大事な話をしているから黙っていてくれないかなぁ?
もっと他にマシなネーミングが……あっ!?
もしかして【キ●タマを失くした男】を省略して『キンタマン』か!?
そうなのか!?
そうなんだな!?
「あのぅ? 人の考えた名前に口を出すのはどうかとは思うのですが……もっとマトモな名前の方が……」
「ウソウソっ! さっきのはアリアさんの冗談だから! あの赤い巨人の本当の名前は――」
「――では『勇者マン』で」
「ゲロダセェ……」
「アリアさん。悪いんだけど、俺が良いと言うまで永久に黙っていてくれないかな?」
もうね、キッッッッッツイの。
アリアさんのネーミングセンスもそうなのだが、ミヒャエルちゃんの可哀そうな子を見る目がキッッッッッッッッツイ!
例えるなら小学校の授業参観で友達の母親がJKのコスプレをして登場してきた時くらいキッッッッッッッッツイ。吐きそうだ。
「まったく、勇者様は文句が多いですね? 分かりました、では『ウルトラ勇者マンコスモス』で手を打ちましょう」
「鬼ダセェ……」
「ヤバイ、ヤバい!? そのネーミングセンスはヤバイ!? 訴えられるよ、アリアさん!?」
俺の脳裏に【敗訴】の文字が踊り狂う。
流石は魔法の国のプリンセス、恐れ知らずにも程がある。
大丈夫かな? 今にも次元の壁を飛び越えて、東京都から刺客が送り込まれてこないかな?
1人静かにブルブルッ!? 震えていると、アリアさんが『やれやれだぜ』と某奇妙な冒険に出て来る主人公のように肩を竦めながら、
「コレも嫌ですか? まったく勇者様は欲張りさんですね? 分かりましたよ。では
「折衷案?」
「はい。これからは、あの赤い巨人の正式名長は『ウルトラキンタマンコスモ――』」
「言わせないよ?」
それ以上はいけない、と暴走特急プリンセスに『待った!』をかける。
【キンタマン】と【ウルトラ勇者マンコスモス】が奇跡の悪魔合体を遂げ、この世における最低のネーミングセンスの巨人が誕生してしまった。
これには流石のあのガンジーも助走をつけて殴りに来るレベルである。
「えっと……質問いいですか?」
「構いませんよ」
「そのぅ……話に出ていた古代のカエル族のアイテムを使えば、誰でも【キンタマン】に変身できるのでしょうか? 例えば自分でも……」
「それは無理でしょうね。【キンタマン】に変身できる例のアイテムは、何故か勇者様にしか反応しませんから。おそらくミヒャエルさんが使用した所で【キンタマン】にはなれないでしょう」
「そうですか……」
「えっ? ちょっと待って? あの巨人の名前【キンタマン】で確定なの? すげぇ嫌なんですけど?」
ナチュラルに【キンタマン】で話が進んでいることに、待ったをかけたいこと山の如しなんですけど?
そもそも何で命名権はアリアさんにあるんだよ?
変身するの俺だぜ?
普通こういうのは変身者に命名権があるんじゃねぇの?
「さて。では一旦【キンタマン】の事は脇に置いておいて、次はミヒャエルさんが質問に答える番です」
「あっ、待って? 脇に置かないで? あの赤い巨人のネーミングに関してはまだ議論の余地があると思うんだ」
「どうしてミヒャエルさんは海賊……いえ、ヘビ族に狙われているんですか?」
「えっ、うそ? まさかの無視? 泣いちゃうよ、俺? いいの?」
大の大人が情けないくらい大泣きしちゃうよ?
と、ツッコム俺を無視して勝手に話を進めるアリアさん。
途端にミヒャエルちゃんとの間にシリアスな空気が立ちこめ始める。
ま、待って? 待って、待って!?
俺を置いていかないで!?
俺はまだ【キンタマン】時空にいるんだから!
シリアスな話題に突っ込む前に、せめて【キンタマン】のネーミングだけは変えようよ! お願い!?
という俺の祈りは天には届かなかったようで、ミヒャエルちゃんは神妙な面持ちで首にかけていた魔法のネックレスを外してアリアさんに手渡した。
「正確には狙われているのは自分ではなくて、このネックレスです」
「……やはりですか。そんな気はしていました」
ミヒャエルちゃんから例の魔法のネックレスを受け取るアリアさん。
彼女の手の中で淡く発光していた光が、再び光の勢いを強めた。
途端にネックレスが発光した光が地平線の方へと真っ直ぐ伸びでいく。
アリアさんはミヒャエルちゃんにネックレスを返しながら、光りの線をなぞるように視線を窓の外へと向けた。
「この光の先に『ナニカ』があるんですね。ヘビ族が求める恐ろしい『ナニカ』が」
「この光は道しるべ。封印された海底都市へと続く、滅びの光」
「海底都市? 滅びの光?」
ナニソレ? と眉根を寄せる俺に、ミヒャエルちゃんはコクンと小さく頷いた。
「このネックレスは世界を滅ぼす力を秘めた【伝説の都】の封印を解く鍵。自分の一族は代々この鍵を守護してきたカエル族の末裔です」
「カエル族……えっ!? カエル族ッ!? ミヒャエルちゃんカエル族なの!?」
「せ、先祖がカエル族であって自分は普通の一般人です。血も薄くなって魔法なんて使えないですし」
「なるほど。だから鮮やかな赤い髪をしていたんですね?」
「??? どういう事?」
「カエル族は魔力を持たない人間と子供を成すと、その子供の髪色は何故か赤色か黒色に染まるんです」
そう言ってアリアさんはミヒャエルちゃんの真っ赤に染まった髪を見つめた。
あの綺麗な赤髪、別に染めたワケじゃなくて地毛なんだ……。
今になって俺『あぁ、やっぱり異世界に居るんだなぁ』って実感してるよ。
「それよりも【伝説の都】の話です。その世界を滅ぼす力を秘めた都市とは一体……?」
「カエル族のお姫様なら、おそらくご存知だとは思います」
「……まさかアレですか!? そんな!? まさかアレは夢物語のハズ!?」
「自分もつい先日まではそう思っていました。……奴らが現れる
「えっ? えっ? なになに? 結局なんの鍵なの、ソレ?」
2人だけで分かり合っていないで、俺にもちゃんと説明してよ?
と瞳で訴えると、ミヒャエルちゃんが俺の方へと例の魔法のネックレスを差し出しながら、その淡い唇を動かしてハッキリとこう言った。
「これは【海底封印都市】アトランティスの封印を解く鍵なんです」