アリアさんの腕の中でミヒャエルちゃんが泣きじゃくること30分。
時刻は午前8時少し前。
子犬のようにわんわんっ! と泣いて疲れたらしいミヒャエルちゃんは、気がつくとアリアさんの腕の中ですやすやと静かに寝息を立てていた。
「うわっ、ミヒャエルちゃん寝ちゃった。寝ちゃったよ」
「シッ! 勇者様、静かに。起きちゃいます」
過保護なママンっぽくそんな事を口にしながら、アリアさんはミヒャエルちゃんが起きないように静かに彼女をベッドに横たえた。
その姿は妙に手慣れているように見えて……あぁ~、なるほど。
きっとあの天真爛漫な
なんて思っていると、珍しくアリアさんが『しんみり……』とした表情で口を動かした。
「大変だったでしょうね。目の前で父親が殺されて……まだ12、3歳の子供なのに」
そう言ってその白魚のような指先で、静かに寝息を立てるミヒャエルちゃんの真っ赤な前髪を優しくすくうアリアさん。
そのあり余る性欲のせいでスケベな方向に暴走しがちな彼女だが、どうやらその分だけ母性も強いらしい。
まるで我が子のようにミヒャエルちゃんの頭を撫で続ける。
その姿は一枚の絵画のように美しく……むぅ~?
なんか黙っていたら変な気分になりそうで嫌だな。
「ところでアリアさん。1つ質問してもよろぴいでしょうか?」
「男の甘えた声ほど聴くに堪えないモノはありませんが、いいですよ。聞いてあげます」
聖母の眼差しを消し去り、いつも通りのゴミカスを見るような視線を俺によこす彼女。
よかった、いつもアリアさんに戻ってくれた!
俺は心の底から『ほっ!』と安堵の吐息を溢しつつ、ミヒャエルちゃんとアリアさんの髪の毛を交互に見返して、
「カエル族と普通の人間の間に生まれたガキンチョは、髪の毛が赤色か黒色になるんだよね? ならさ? アルシエルのクソ野郎とアリシアちゃんは、もしかして……」
「そうですね。勇者様のお察しの通り、あの2人は正確にはヘビ族でもカエル族でもありません。あの2人は……カエル族のハーフです」
「マジでかッ!? ハーフでも魔法は使えるの!?」
アリアさんはその銀色の髪を
「普通は使えません。カエル族の魔法はその血に宿ると言われています。つまり純潔のカエル族以外には魔法は使えないんです」
その証拠にカエル族の血が流れているハズのミヒャエルさんは魔法が一切使えません、とそう口にするアリアさん。
「ですが、ごく稀に……本当に僅かな可能性ではありますが、親が銀髪だった場合はその限りではありません」
「なんで銀髪なら『その限り』じゃないの?」
「純粋に魔力量の問題でしょうね」
「???」
なに? どういう意味? と俺がプリティーに小首を傾げると、アリアさんは苦笑しながら自分の銀髪を指先でイジリ始めた。
「カエル族は本来、髪の毛が金色なんですよ」
「あぁ~。確かにリリアナちゃんとか学院の生徒達はみんな金髪だったよね? あれ? じゃあ何でアリアさんの髪は綺麗な銀色なの?」
「……勇者様は油断している所を急に刺しにくるから質が悪いですね?」
特に意味のない罵倒が俺を襲うっ!
「まぁ綺麗と言われて悪い気はしませんけど……」
「ねぇ? なんで俺いま罵倒されたの?」
珍しく照れたような表情を浮かべながらクルクルと銀髪の毛先を指先で
ぶっちゃけ何故罵倒されたのか問い質したいこと山の如しだったが、アリアさんが何かを誤魔化すように再び語り始めたので、お口をミ●フィーちゃんにして黙って耳を傾けた。
「コホンっ! 話しを戻しましょう。ごくごく一般的に普通のカエル族は髪が金色です」
ですが、ごく稀に魔力量が普通のカエル族の3~5倍以上を持った子供が生まれる事があります。
その場合、多すぎる魔力による影響か、子供の髪の毛にある『変化』が起きます。
そう言ってアリアさんは朝日で綺麗に光り輝く銀色の髪を俺に見せつけてきた。
「それは髪の毛が『銀色』になる事です」
「なるほど。つまりアリアさんのその綺麗な銀髪は、魔力が多いからってことか」
「……別に綺麗ではありませんが、まぁそういう事です」
「??? なんで照れてるの?」
「て、照れてません!」
ウガーッ! と頬を蒸気させながら威嚇してくるロイヤル☆プリンセス。
俺がナニをしたっていうんだ……?
「ンンッ!? つ、つまり銀髪のカエル族は普通のカエル族と違い稀有な存在という事です。その証拠というワケではありませんが、銀髪のカエル族が魔力を持たない普通の人間と結婚し子供が出来た場合、その魔力の半分は大体子供に受け継がれます」
「はっは~ん? 読めてきたぞ? ねぇアリアさん? もしかして12年前にカエル族が滅ぼしたヘビ族の【魔王】って、銀髪だったりしない?」
アリアさんは『流石は勇者様です』とでも言いたげな瞳で、コクリと頷いた。
「勇者様のおっしゃる通り、文献では【魔王】は普通のカエル族の10倍の魔力を有した銀髪のヘビ族であったと記されています」
「なるほどなぁ。その半分の魔力がアルシエルのクソ野郎とアリシアちゃんに受け継がれたワケね」
だからカエル族のハーフであるアルシエル達は魔法が使えるワケか。
タマオ、納得ですっ!
「まさかあのクソ野郎とアリシアちゃんにそんな秘密があったとは……」
「まぁ秘密というほど秘密ってワケじゃないですけどね。……ふわぁ~」
ぽやぽや♪ とレディーがしてはいけない程おおきく口をあけて欠伸をこぼすアリアさん。
緊張の糸が千切れたのか、目尻を眠そうに『とろんっ!』と垂れ下げながら、アリアさんは「ねむ……」と小さく呟いた。
「流石にそろそろ気力と体力が限界っぽいです……」
「えぇ~っ? そろそろ朝のバイキングの時間だけど?」
「今は食欲よりも睡眠欲を満たしたいです……」
そう言ってアリアさんは、その垂れた目尻を指先でグシグシと擦る。
その仕草が妙に少女チックで、整った彼女の
「ごめんなさい、勇者様。朝食なんですが、ワタクシとミヒャエルさんの分を部屋に持って帰って貰えませんか? ワタクシ、もう眠気が限界で、限界で……」
アリアさんが俺の返答を聞く前に、オレイカルコスの腕輪を再び装着した。
そのままモゾモゾと俺のベッドへと身を滑り込ませると、ぽふんっ! と枕に顔面からダイブした。
……もしかして、誘ってる?
「誘ってないです。眠たいです……」
「なっ!? ど、どうして俺の心の声を!? ――ハッ!? さてはキサマッ!
見ているなっ!?」
「普通に声に出てましたよ……ふわぁ~」
アリアさんは今にも消え入りそうな声音で、
「それじゃ朝食の件、よろしくお願いします……ね……ぐぅぅ~」
瞬間。
――パタン。
電池の切れた子猫のように全身を脱力させ、俺のベッドに身を預けるアリアさん。
すげぇ、秒で夢の世界で飛んで行ったぞ?
よほど俺のことを信頼してくれているのか、無防備に寝息を立てるプリンセス様。
ここで俺が「アテンションぷりーず♪」と性欲の翼をフルに広げ、お姫様にエッチなイタズラをする事など微塵も考えていないみたいだ。
その信頼が嬉しくもあり、苦しくもある。
くそぅっ! 俺の理性がもう少し弱ければ、彼女のベッドに忍び込んで1人ピロートークごっこに興じて楽しむ所なのにっ!?
自分の鋼の理性が憎いっ!
「それにしても、1つ部屋の中に無防備に眠るレディーが2人か……。俺がエロ同人の主人公なら今頃酒池肉林のパーリーが開催されていたな、うん」
「エロ同人ッ!?」
――ガバッ!
バネ仕掛けのオモチャのように勢いよく跳ね起きるアリアさん。
そのままギンギンにキマッた瞳で部屋をキョロキョロと見渡し、
「……チッ。なんだ、空耳か」
――パタンッ! ……ぐぅぅぅ~。
何事も無かったかのようにベッドに身を預け、再び夢の世界へ出航した。
……なにあれ?
「いや、普通に怖いんですけど?」
我らがプリンセスの【スケベ】への探求心に、驚きを通り越して恐怖しか覚えない。
もう何て言うか、純粋に怖い。超怖い。あと怖い。
「もうエロい気分じゃなくなったし、メシでも食いに行くか」
俺は寝息を立てるレディーとバケモノを部屋に残して、朝ごはんを