ネッドのリクエストであるシーフードレストランは、フィッシャーマンズワーフの辺りに集中していた。これぞサンフランシスコ! といった景色であるそこは、土産物屋やレストランが数多く建ち並び、近くにはアルカトラズ島に渡るフェリーの乗船場所もあるなど、観光名所になっている。アルカトラズ島は、禁酒法時代のギャング、アル・カポネが収容されていたことでも有名な刑務所があった、あの島である。
リックの就職祝いも兼ねて、ネッドのリクエストに応えてやるかと考えていたサムだったが、なんだか疲れを感じ人混みに出るのが億劫だと思い始めた。何気無く外を眺めていたとき、サムはふと気が変わり、北へ向かって車を走らせているネッドに次の角で右折するように云った。
「ここを右っすか?」
「ああ、いい店があるのを思いだしたんでな。チャイナタウンのちょっと手前に古い煉瓦造りのレストランがある。観光客でいっぱいになったりはしない、隠れ家的な名店だ」
まあ、そのぶんちょっと値が張るがな、と内心で付け加える。フィッシャーマンズワーフなら屋台もあるし、気軽に食べられる雰囲気の店もあるのだが、今日は観光客で混みあう賑やかな店に行く気分ではない。
「シーフード?」
「海老でも蟹でも、とびきり旨いのが食える。安心しろ」
「やった」
「やったね」
そうしてジョンを車で待たせ、四人で入ったレストランはやはりそれほど混んでいず、奥のテーブル席に坐ることができた。
サンフランシスコ名物であるサワードウブレッドをくり抜いて器にしたクラムチャウダー、ガーリックブレッドの添えられたチョッピーノ。ロブスター・テルミドールにコキーユ・サンジャック、追加でフィッシュ&チップス。お祝いだ、遠慮しないで好きなものを食えとリックに云ったサムは、彼が自分の思っていた以上に
こんなの食べるの初めてだと感激しながら次々と皿を空にしていくリックを見て、サムはテーブルの影でこっそりと財布を覗く羽目になった。――初仕事を終えた十七歳男子の食欲を甘く見ていた。
「……半分持ちます」
「たすかる」
ネッドに耳打ちされ、頷いたその少しあと。
「リック。実は……エミリオのことなんだが」
サムは、エミリオが殺人を目撃し、その犯人に連れ去られたかもしれないこと、今その事件の容疑者を捜しているということを簡潔に話した。
「まだそうと決まったわけじゃないが、俺はその可能性が高いと見てる。もちろん、そんなのはただの偶然で、エミリオがどこかで元気に過ごしていればいいと俺も思うが――」
ぐっと唇を噛み締めて話を聞いていたリックは、サムがそう云うと首を横に振った。
「家出じゃない。トカゲも、大事なものもみんな置いたまま家出するなんて絶対ないよ。……人殺しに捕まったんだね。そりゃ帰ってこれないわけだ……」
リックは顔をあげ、サムの目を真っ直ぐに見た。「サム、正直に答えて。エミリオはもう、殺されてる?」
「……わからん。正直に云えば、その可能性は五〇パーセントだ。でも、あらためて約束する。俺は必ずその犯人の正体をつきとめて、エミリオをみつける。誓うよ」
「俺も、っていうかFBIも全力で事件を解決しようとがんばってる。リック、エミリオの無事と犯人が捕まることを祈っててくれ」
リックはわかったと頷いた。
「本当にあの記者が犯人なんでしょうか……」
「どうだかな。しかし、今のところ他に怪しい奴が浮かんでこない」
リックたちを送っていったあと。サムとネッドは探偵事務所の応接室で、着替えもしないままビールを飲み直していた。
まだ寝室に向かうには早い時刻だ。サムは疲れた躰にアルコールが染みわたっていくのを感じながら、今日わかったことを頭のなかで整理していた。
リストに挙げた図書館のどこにも、六年前の新聞を読んでいた利用者はいなかった。当時の事件の記事を書いていたケイレブ・N・クロウリーという記者は、ヒューストンにある精神科病院の
――黒いマスタング。〝
「クロウリーが犯人だとしても、黒いマスタングに乗ってるってのは偶然な気がするな。ソガードが一緒ってのも考え難い。……いや、ソガードが一緒だとしたら、クロウリーは犯人じゃない。俺の勘は、そう告げてる」
「じゃあ、そうなんじゃないすかね……。って、あの記者、ヴェトナムに行ってたんすね。精神を病んでたらしいけど、帰還後に記者をやってたってことは、帰還直後はなんともなかったのかな。殺人事件の記事を書いていて、ヴェトコンを殺した記憶とかが甦っちまったんですかね……」
「かもな。ヴェトナムからの帰還兵は気の毒だよ。やっと国へ戻ってきたら世間はすっかり反戦ムード、ラヴ&ピース掲げてみんな平和を願ってたわけだ。家族は夫や息子がずっと家にいたかのように振る舞ったし、誰も戦争の話なんか訊かなかった。進んで話すこともなかった。帰還兵同士が会うこともなかったんだ。地獄を見てきてそれじゃ、病んで当然だ」
「……サムは、犯人を射殺したことあります?」
「……あるさ。おまえは?」
「……一度だけ」
サムもネッドも一人掛けのソファに凭れ、アンカー・リバティエールの小瓶をぶらぶらとさせながら天井を見上げていた。互いに独り言のように話しながら、頭のなかで散らばった捜査資料を整理するように、考えをまとめる。
「クロウリーが犯人だって可能性は否定しない。でも、ソガードは噛んでない。奴にとって、殺人はセックスの代替行為なんだ……。だから共犯者とか、自分の代わりに犯行を真似てやらせるとか、ありえない」
「うーん……とりあえず明日、支局か警察に連絡をとって、ヒューストンの病院をあたらせます。クロウリーの担当医師に、どういうふうに病んでたのか話を聞きたい」
「どういうふうに、か」
それは知る必要があるかもと、サムは身を起こし、坐り直した。「ヴェトナム帰還兵の記者が療養所から逃げるときにひとり殺して、もっと殺しを続けたくなったとしたら、そりゃあとんでもなくいかれてる」
「……クロウリーはソガードの事件を担当してた。あの記事、他と比べてすごく詳しかったですよね。ひょっとして、殺しをやるのにソガードになりきってたとか? ……あっ、髪も、クロウリーは茶色い短髪でしたけど、金髪のウィッグをつけて黒いマスタングに乗ってたとしたら――」
サムはネッドのほうを見た。
「それならわかる」
ネッドもソファから身を乗りだし、サムに向いた。
「ビンゴですかね?」
「それは明日、担当医師の話を聞いてからだろうな」
じゃあそろそろ寝るとするか、とサムは灯りを落とし、ネッドと肩を並べて階段を上がった。
サムとネッドがそれぞれ寝室に引っこんだのは十時過ぎだった。
シャワーを浴びたあと、ラジオを聴きながらジェムソンを一杯飲んで、サムがベッドに入ったのが十一時過ぎ。いつもより早い時刻だったのは幸いだ――突然、鳴り響いた電話の
半身を起こしてランプをつけ、時計を見ると夜中の一時半。まだ眠って二時間ちょっとしか経っていなかった。サムは、こんな時間にかかってくるということはと、厭な予感に慄きながら電話をとった。
「マクニールだ」
『夜分にすまない。ジャクソンだが、キャラハンはそこに?』
やはり。サムは瞬く間に頭が覚醒するのを感じ、ベッドから脚を下ろした。
「ああ、いるが……どうした」
『用件はふたつある。ひとつめは、ついさっき八人めの被害者がでた。キャラハンに現場に急行するよう伝えてくれ』
「わかった。俺も付き合うが、かまわないな? ふたつめは?」
『ふたつめはあんたにだ。……十四から
受話器を握りしめたまま、サムはきゅっと目を閉じた。