冷たい死の感触がした。
右胸が銃弾を憶えているかのように疼く。
流石に右胸と頭を撃ち抜かれては生きていられない。
でも、もう良いか。
そんなふうに思う自分がいた。
私は長く生き過ぎたのだ。
無駄に長く生きて、結局一番守りたいものは守れないまま……私は二度も愛する人を失った。
一度目はハルムに、そして二度目はたった今、私の後頭部に銃口を押し付けているコイツらに奪われた。
嫌だと私は心のなかで叫んだ。
これからの長い時間、一人で生き続けるのは嫌だ。
私の中には大きな喪失感と恐怖。
たったそれだけが渦巻いていた。
その時、脳裏にセリーヌの笑顔がよぎった。
そういえばあの子はどうした? あの子は城の中で魔物を呼び出しているはずだ。
つまりあの子はまだ生きている!
セリーヌの気配を辿ると、確かに彼女の反応は城の中にあった。
それもたくさんの魔物とともに。
そうだ、私にはまだ守るべき者がいる。
こんなところで死んでいる場合ではない。
ただの人間相手に殺されてやるものか!
死を覚悟していた私は、一気に戦いへと気持ちが向く。
私が戦う意志を決めたとき、素晴らしいタイミングで足音が近づいてきた。
これは人間の足音ではない。
あきらかに四本脚の足音だ。
「なんだこいつ!」
私に銃口を突きつけていた男が驚いて、私から意識をそらす。
「力を貸して」
私はその千載一遇のチャンスを見逃さなかった。
不思議を一気に解放し、プレグをこの場に呼びだした。
呼んだのは王都ヘディナで呼び出したのと同じプレグ。
相手が人間であれば、この子でじゅうぶんだ。
「しまっ……」
意識をそらしてしまった男はそれ以上言葉を発せなかった。
その前に私のプレグが喉を切り裂いた。
男はうめきながら後退するが、背後にはキリンちゃんが迫っていた。
「リーゼ!」
私の名を呼ぶ声とともに、城の扉が開け放たれ、中から数十匹の魔物が群れをなしてヘディナの軍勢に襲いかかる。
もともとシュトラウスとの戦闘で疲弊していた彼らは、なす術なく魔物たちに食い殺され始めた。
「くそ!」
一方で私のもとにいた三人の男たちは、その光景をただ見守ることしかできなかった。
一人は私の呼び出した鋼色のネズミに喉を掻き切られ、息をするのも難しそうだ。
あとの二人も突然襲いかかってきたキリンちゃんに道を塞がれていた。
私は城の中から飛び出してこようとするセリーヌを片手で制し、男たちに向き直る。
まだセリーヌは城の中にいてもらう。
これ以上誰かを失えば、私はきっともう立ち直れないだろうから。
「さて、お前たち……覚悟は良い?」
私の声は思ったよりも怒りで震えていた。
全身に不思議が満ちていて、いまならどんな強力な魔法でも扱えそうだ。
怒りに支配された私は、不思議を周囲に撒き散らし、無意識にプレグを呼び出していた。
私と男たちのまわりには、次から次へとプレグが呼び出されていく。
白銀のオオカミに金のライオン。黒いカラスに白い大蛇、さらに植物のプレグまで出現する始末。
男たちは私に警戒しながらも、自分たちを取り囲む怪物たちに圧倒され、何も抵抗らしき抵抗はしてこなかった。
「本気を出すというのは、ここまでおぞましい光景になるのね」
私は自身の内に秘める炎を高ぶらせ、怒りのエネルギーを不思議に変換する。
変換された不思議たちは、すべてが私のプレグとなって
「ふ、ふざけるな! なんだこれは! こんなの聞いてないぞ!」
先頭の男が涙を流しながら膝から崩れ落ち、震えた声で私に訴える。
立場が悪くなった途端、あからさまに態度が変わる男を見て、私は笑みを浮かべた。
「随分と情けない声を出すものね?」
私は笑みを浮かべながら男を見下す。
なんて見苦しい生き物だろうか?
人を殺すことには躊躇しないくせに、いざ自分がやられる側にまわったらこのざまだ。
こんなのにシュトラウスは殺されたのか?
こんなのに私の大事な人を奪われたのか?
つくづく自分の情けなさに腹が立つ。
だけどいまは発散しよう。
いま目の前にうずくまるコイツらで、私の怒りを晴らす。
「殺りなさい」
私は静かにそう告げた。
その瞬間、彼らを囲んでいたプレグたちが一斉に襲いかかる。
勢いよく襲いかかるプレグたちは、私の怒りに呼応するように、一切の容赦なく男たちの全身を噛み砕いていく。
男たちの悲鳴が心地いい。
悶え苦しむ断末魔が木霊した。
「もう良いわよお前たち。残りを始末してきなさい」
私が指示を出すと、プレグたちは一斉に瀕死の兵士たちの下へ向かう。
シュトラウスとの戦闘、さらにはセリーヌが呼び出した魔物たちとの戦いを経て、ほとんどが横たわっている彼らの下へさらなる絶望を差し向ける。
これはただの戦いではない。
これは復讐だ。
愛する人を奪った奴らへの復讐だ。
胸がすく思いだ。
私はプレグたちが立ち去ったあとの男たちを見下ろす。
酷い有り様だった。
もはや原型を留めていない。
血肉はミンチとなり、血液は湖のように広がっている。
本当にこれが元人間だったとは考えられなかった。
「これが復讐か……でも、この虚しさはなんだろう? 頭では分かっていたのに。コイツらを殺したところで、彼が戻ってくるわけでもない。なんの意味もない!」
私はこみ上げる涙を抑えきれず、両手で顔を覆いながら泣き続けた。