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第二十八話 とはいえ重症なので

 なんとか蘇ったシュトラウス、魔物の半分程度を消費したがまだまだ戦力を残しているセリーヌと違い、右胸に風穴が開いている私はまったくもって大丈夫ではなかった。


 シュトラウスの安否が確定するや否や、私はアドレナリンが切れたのか、耐えがたい痛みを思い出す。

 思えば血を流し過ぎて視界がフラフラしてきた。


「そうか、これがシュトラウスの視界なのね」

「バカなこと言ってないで寝てろ」


 シュトラウスは私を横にして、右胸に両手をあてる。


「何する気?」

「応急処置だ。あとは自力で治せ」


 シュトラウスは自らの血を球体にして手のひらに浮かべる。

 それを私の右胸に押しつける。

 生ぬるい嫌な感触だが、不思議と嫌ではない。

 彼の血は、私の右胸の風穴を埋めるように形を変えてとどまる。


「これで流血は防げるし、自然治癒を待つしかないな」

「そうね。薬は用意してあるけど、パッと治るわけでもないしね」


 私はそう言って体の力を抜く。

 セリーヌは急いで馬車に向かった。

 中にある薬を取りに行ったのだろう。


「このまま城に運ぶ。お前は寝ていろ」


 シュトラウスが右手を私の目に当てると、そのまま私の意識は暗闇に飲み込まれた。



 気づけば私は城のベッドの上に横たわっていた。

 そばにはセリーヌが居眠りをしていた。

 窓が近くにあったおかげで空が見れたが、もともとこの空間に朝や夜の概念がないのでどれだけ時間がたっているのか分からなかった。

 だが私の右胸の痛みは鈍痛程度には収まっていて、動いても流血の気配はない。

 きっとシュトラウスの血と、セリーヌが飲ませてくれたであろう薬が効いているに違いない。


「リーゼ、気がついた?」

「セリーヌ……あれからどれだけ経った?」

「丸一日ぐらいかな? あれから敵は来てないから安心して」


 丸一日か……。そんな短期間でこれだけ回復していれば上出来だと思う。

 この結界の解除方法はすでに敵は知っているのだ。

 派遣した部隊が戻ってこないと分かれば、次の部隊を送って来るだろう。

 それまでにここから別の場所に逃げる必要がある。


「セリーヌ、心配かけてごめんね。もっとしっかりするから」

「うんうん。私こそごめんね。あんまり役に立てなくて」


 セリーヌはやや落ち込んだ様子で俯いた。


「私、魔女になれればリーゼみたいに強くなれると思ってたの。もっとリーゼの役に立って、守られているだけの存在は嫌なの! そう思ってたのに、実際はこのありさま。私はなんの役にも立たず、生き返ったからまだ良かったけど、シュトラウスは命を落としてリーゼは寝たきり。私にもっと力があれば……」


 彼女のこの感情は実は結構前から気がついていた。

 気がついていて知らないふりをしていた。

 なぜならそうは思っていても、すぐにどうこうできることではないからだ。

 彼女もそれは分かっていた。

 だけど今回の戦いで、私たちはめずらしく重傷を負った。

 そんな時に何もできないと考えてしまったのだろう。

 実際はそんなことないというのに……。


「大丈夫よセリーヌ。気休めに聞こえるかもしれないけど、貴女は確実に私たちの力になっているわ。だからそんな顔をしないで、元気な笑顔を私に見せて」


 私は震える手で彼女の頬を撫でる。

 なんだかこうしていると人間の時のセリーヌに戻った気がして、どこか懐かしい気さえする。


「……そうかな?」

「そうよ。だから元気にしてて」


 セリーヌは私の言葉に納得したのか、一度頷くと立ちあがり、シュトラウスを呼んでくるといって部屋を出ていった。

 私があの子にかけた言葉は気休めでもなんでもなく、心からの本心だ。

 セリーヌの魔物を使役する魔法のおかげで命拾いしたし、他にも使い方によっては脅威となり得る魔法だ。


「無事かリーゼ」

「シュトラウス」


 セリーヌはシュトラウスを部屋に連れてきたあと、気を使ってなのかは分からないが部屋を出て行ってしまった。


「セリーヌはなにをするって?」

「減った魔物を補充するってさ」

「一人で大丈夫なの?」

「ほら。そういうところだぞ、セリーヌが嫌がってたのは。過保護過ぎるんだよ、キリンちゃんがしっかりついているから大丈夫だろう?」


 確かに私は心配性なのか、過保護すぎるきらいがある。

 だけどこれは別にあの子に限った話ではなく、シュトラウスに対しても同じなのだ。


「まあキリンちゃんがついているなら……。それでこの結界の中はあとどのくらい安全だと思う?」

「あとニ、三日は大丈夫だと思うが、どこかに移動するのか?」


 シュトラウスと私は頭を悩ませる。

 正直このままここで戦うのも不利な気もする。

 一方的に疲弊し続けるに違いない。

 こちらは一度も攻めに出られないだろう。

 こちらの大将は私であり、あちらの大将は皇帝マルケスなのだから。


「こちらから打って出る必要があるわね」

「それにしたってリーゼの体が回復してからだ」


 彼はそう言って私の右胸を触った。

 それもけっこういやらしい手つきで……。


「ちょっとシュトラウス?」

「いや、他意はない」


 そこまでハッキリ言われるとそれはそれでなのだけれど、まあいいや。いまはそんなことにこだわっている場合じゃない。


「完治までにまだ数日かかりそうだけど、そのあいだここにいるのはマズいわよね?」

「まあ我だけでも戦えないこともないが、不安が残るな」


 となるとやはりここではないどこかに避難するしかない。

 しかしどこに逃げる?

 ここ以外に結界のある場所なんて知らない。

 そうなると今から拠点を作る話になるが、いまの私に大がかりな結界を張るだけの力はない。

 そんなことが可能なら、今すぐにでも王都ヘディナに乗り込んでいるところだ。


「どっかに身を隠さないとね。私たちもしっかり準備をしたら皇帝と正面からぶつかるわ。そうじゃないとこの国は変わらない。私たちの安寧はやってこないもの」


 私が決意を固めた時、部屋の入口が歪み始めた。

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