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第二十九話 結界のエキスパート

「なに?」


 私とシュトラウスはとっさに部屋の入口に視線を向けた。

 ぐるぐると歪んでいく空間。

 見覚えのある光景だ。

 これは結界が開くときの歪み。


「この空間の中にさらに結界があるなんて知ってた?」

「知るもんか。我だってこの城のすべてを把握しているわけじゃないんだ」


 そうこうしているあいだにも空間は歪み続け、やがて人一人が通れるぐらいの大きさにまで拡大したあたりで、歪みは突然消失した。

 消失した代わりに、アーチ状のドアのようなものが出現したかと思うと、ドアはひとりでに開かれる。


「久しぶりね……っていうほど時間は経ってないかな?」


 中から姿を現したのは、マゼンダだった。

 王都ヘディナに向かう途中に食料を分けてくれた魔女。

 私とシュトラウスは驚きのあまり一瞬固まってしまった。

 だってそうでしょう? 結界の中に引きこもっているはずのこの魔女が、なんだってこんなところにいるのやら。


「マゼンダ? どうしてここに?」


 私はとりあえず聞き出すことにした。

 どうしてというのもそうだけど、そもそもどうやって?


「実は貴女を見送ったあと、ずっと気になっていたのよ。だから不思議の気配を辿って、一定の距離を保ちながらついて来たわけ。凄いでしょ!?」


 マゼンダは少々得意げに説明してくれた。


「隠れながらの尾行がそんなに凄いのか?」


 シュトラウスが茶化すように尋ねるが、私の顔を見て笑うのをやめた。


「凄いかどうかで言えば凄いわよ? 私にだってできないもの」


 シュトラウスは魔法にあまり詳しくないためこういう反応だろうが、少しでも魔法に精通していればこれが凄いということは容易に理解できる。


 結界は、指定した場所の周囲に張るもので、単に見えなくなるだけのものや存在自体を感知させないもの、なにかがあるのは察知できるが絶対に通れないものなど、その種類や性能は多岐にわたる。

 例えばこのヴァングレイザー城を隠していた吸血鬼たちの結界は、本当に高位の見事なもので、カラクリを知らなければ存在自体気付けないうえに、気づいたとしても解除に必要なキーがわからないようにされている。


「この中はどこに繋がっているの?」

「どこって……もちろん私の家よ?」


 マゼンダは当たり前のように答えるが、これは全然当たり前ではない。

 彼女という個人だけを指定して、彼女にあわせて動く結界ならまだなんとか納得がいく。

 しかし彼女の結界の場合、時空間を捻じ曲げて家のある場所と結界の入口を強制的につなぎ合わせている。

 簡単にいえば、世界のどこへでも自分の家を繋げることができてしまうというわけだ。

 もちろん細かな制約はあるのだろうが、それにしたって凄まじい結界魔法だ。


「結界魔法のエキスパートというわけね」


 私が感心して漏らした言葉に、マゼンダは満足気に頷いた。


「そうか……お前がファッションセンスが爆発した結界魔女だということは分かったが、しかしどうしてここに現れたんだ?」


 シュトラウスは納得しつつも、さらなる理由を尋ねた。

 彼女のファッションが爆発していることは否定できない。

 せっかく整った顔立ちをしているというのに、白いブラウスに緑のロングスカートを合わせ、足元は黄色いパンプスという色合わせだ。さらに今日は紫色の髪飾りを頭に乗せている。


「私のセンスは放っておいてくれるかしら? どうしてここに現れたかって? ようやく私が役に立ちそうな展開になったからじゃない!」


 マゼンダは胸を張って答えた。

 彼女が役立ちそうな展開?


「貴女がなんの役に立つっていうの?」

「たぶん深い意味はないんだろうけれど、傷つく言い方はしないでよね。だってほら、貴女たち逃げ場が欲しいんでしょ? だったら私がここで結界の中に匿っちゃえば良いじゃない!」


 彼女の提案に、私とシュトラウスは同時に納得した。

 いまもっとも必要な提案と言って差し支えないレベルだ。


「良いの?」

「もちろんよ。その代わり、ちゃんとあの皇帝を片付けてよね」


 結界に匿う代わりに、皇帝マルケスの処理か……。等価交換とは言えないかもしれないが、どっちにしろマルケスはどうにかするつもりではあったのだ。


「なんとかするわ。じゃあさっそく準備しましょう」


 私はシュトラウスに合図をして部屋を出る。

 シュトラウスには、この城にある使えそうなものをかき集めてもらう。

 私は城から出て、魔物捕獲中のセリーヌを迎えに行く。


 城を出て少し歩くと、私とシュトラウスが倒れていた場所にやってきた。

 地面にはまだ血の跡が生々しく残っていて、私の脳裏に死んだシュトラウスの表情がフラッシュバックする。

 私は悪夢を振り払うように首を振って、視線をさらに奥に向けた。

 平原地帯のそのさらに奥に広がる密林地帯。

 歩いていくには遠いので、カラスのプレグを呼び出して空からセリーヌたちを探す。

 彼女の不思議の痕跡はしっかりと残っているので、追うのは簡単だ。


「いたいた……けど、あれは危険じゃない?」


 上空から見つけ出したセリーヌは、見るからに危険そうな魔物と対峙していた。

 巨大な翼に煉獄のような硬い鱗に覆われた魔物。

 魔物の中でもっとも危険だとされている存在、ドラゴン。

 セリーヌは自分の三倍以上はあるドラゴンを捕縛しようとしていた。


「危険だからやめなさい!」


 私が大声を出した瞬間、ドラゴンは口を大きく開けた。

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