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第三十話 キリンちゃんの正体

 吐き出された紅蓮の炎は、一息に木々を焼き尽くす。


「セリーヌ!」


 私は咄嗟のことに対応できず、ただ見ているしかできなかった。

 炎は木々と共に、対峙していたセリーヌを飲み込む。

 炎が赤い濁流となって木々の合間を流れていく光景を、私はただ呆然と見ていた。

 せいぜい彼女の名前を呼ぶことしかできずにいた私は、しかし炎の濁流の中で確かにセリーヌの不思議を感じることができた。


「大丈夫だよリーゼ! キリンちゃんが助けてくれたから!」


 彼女の声のする方に目を向けると、恐ろしい勢いのブレスの中でキリンちゃんが先頭に立ち、額に輝く黄金の一角がより一層の輝きを放っていた。

 一角が放つ光によってブレスは彼女たちを避けるように二股に別れ、彼女たちの代わりに周囲の木々は次々と炭となって消えていった。


 ドラゴンは一度ブレスをやめてキリンちゃんとセリーヌを睨む。

 妙な光景だ。

 ドラゴンは魔物の生態系の中でもトップクラスの存在。

 それと対等に渡り合うキリンちゃん。

 本当にただの魔物だろうか?

 セリーヌの魔法で捕まえた魔物にしては、妙に柔軟に動いているように見える。

 指示をしなくても最適な行動をしている。


「力を貸して」


 私は上空からプレグを呼び出す。

 呼び出したのは不死鳥。

 ドラゴンが相手となれば、それなりのプレグを呼び出さなければ勝ち目はない。


「私も手を出すわよセリーヌ!」


 不死鳥は私の言葉に従うように、一度大きく宙に舞ったかと思うと全身に炎を纏う。

 さっきのドラゴンのブレスなんて比ではないほどの、高温の炎。

 灼熱の翼を纏った不死鳥は、ドラゴンをめがけて急降下を始める。

 空気が炎に焼かれて、ここら一帯の酸素を焼き尽くすような勢いでドラゴンの脇腹を貫通した。


 いかに頑丈な鱗で覆われているドラゴンといえど、不死鳥のこの一撃には流石に耐えられずに風穴をあけて姿勢を崩した。


「行け!!」


 その隙を見逃さず、キリンちゃんの背中に乗ったセリーヌがものすごい速度でドラゴンに急接近する。

 ドラゴンがセリーヌたちに気づいてブレスを吐きかけるが、不死鳥が炎をドラゴンの口の前に壁のように展開し相殺した。

 ブレスを封じられたドラゴンが、苦し紛れに振るった右腕の一振りはあたりの木々をなぎ倒しながらキリンちゃんたちに迫る。

 しかしキリンちゃんはしっかりその一撃に反応し、一度の跳躍で綺麗に躱すと、そのままの勢いでドラゴンの頭上に到達する。


「私のもとへおいでなさい。私のいうことを聞きなさい。汝は私のしもべとなる」


 キリンちゃんの背中から飛び降りたセリーヌは、空中で呪文を唱えながらドラゴンの頭に手のひらを接触させた。

 その瞬間、ドラゴンの頭部全体に白い光が走り、頭から首、胴体と翼を通って尻尾の先まで白く輝いたかと思うと、ドラゴンはその場に崩れ落ちた。


「セリーヌ!」


 セリーヌはドラゴンの頭の上から転げ落ちるが、それもキリンちゃんが上手く背中でキャッチした。


「上手く行ったかな?」


 セリーヌはキリンちゃんの背中から降りて、意識を失ったドラゴンの頭を撫でる。

 どうやらそれで上手く行ったかどうかが分かるらしく、空中にいる私に両手で丸印を見せた。

 私がホットして下降している間に、セリーヌはあの巨大なドラゴンをバッグの魔法にしまい込む。

 確かにバッグの魔法は便利だが、まさかあんな体積の個体までもしまってしまうとは恐れ入った。


「危なかったわね。でもよくドラゴンをゲットできたわね」

「うん! リーゼとキリンちゃんのおかげだね!」


 セリーヌが片手を高く上げると、キリンちゃんはセリーヌが届く位置まで頭を下げ、撫でられに行く。

 本当にキリンちゃんは魔法で捕まえた魔物だろうか?


 前々から怪しく思っていた私は、魔眼から不思議を発生させてキリンちゃんの表面を覆っていく。


「何をしているの?」

「ちょっと調べてみようと思ってね」


 私はキリンちゃんを覆った不思議を触覚代わりにして、キリンちゃんの構造を調べていく。体の構造や不思議の総量などなど。


「セリーヌ。この子ってどうやって捕まえたんだっけ?」

「家の近くで突然目の前に現れたんだよ。私が呪文を唱える前にすでに従順だったんだよね。いま思えばなんでだろう?」


 そっかやっぱりそうだ。

 まだセリーヌは呪文を飛ばして魔法を扱えるほど慣れていない。

 なのに最初から言うことをきいてくれて、突然姿を現したキリンちゃん。

 そんな偶然があるはずがない。

 これは偶然ではなくて必然だ。


「セリーヌ。キリンちゃんは貴女のプレグだと思う」

「プレグ? キリンちゃんが私の? ……でも私にプレグを呼び出すなんて高等な魔法使えないよ?」


 セリーヌの疑問はもっともだ。

 普通の使い魔とは次元の違う存在がプレグだ。

 彼らを呼び出すには相当な訓練が必要となるが、セリーヌの場合は他の魔女と条件が異なっているのだ。


「普通なら高等魔法なのは否定しない。だけどセリーヌは後天的に魔女になった例外中の例外。そして一番影響を受けたのはきっと私の不思議。私の不思議を浴び続けて育った貴女は、きっと無意識にプレグを呼び出すことに成功していたのでしょうね」


 確証はない。

 これはすべて私の推測に過ぎない。

 だけどそういうものだと思う。

 確証やら証明やらはすべて”科学”に任せてしまえば良いのだ。

 本来不思議や魔法は、曖昧だからこそその強さを維持できたのだから。

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