キリンちゃんの正体が判明し、無事にドラゴンを捕まえることに成功した私たちはシュトラウスとマゼンダのいる場所まで戻ってきた。
二人は思ったより時間のかかった私たちを心配そうに待っていた。
「何してたんだ?」
シュトラウスが開口一番聞いてきた。
本当はパッと行ってセリーヌを連れ戻してくるはずが、ドラゴンなんかと対峙していたものだから遅くなってしまったのだ。
「セリーヌがドラゴンを捕まえたのよ」
「ドラゴン!? そんなのまでいるの?」
シュトラウスよりも早くマゼンダが反応した。
そんなのまでいるの? という感想は事実その通りで、ドラゴンなんて生で見る機会はそうそう訪れない。
当たり前の話だが、ドラゴンがしょっちゅうやって来ていては、人間たちの生活様式はもっと変化していたに違いない。
いまの科学をもってしても撃退するのが難しい存在がドラゴンなのだ。
「そうよシュトラウス。なんで吸血鬼の結界の中にドラゴンなんているわけ?」
私はそもそもの疑問に辿り着く。
古代の時代ならいざ知らず、現代においてドラゴンというのは広い世界のどこかにいる存在であって、こんな半分私有地のような場所にいていい存在ではない。
危うく私もセリーヌも丸焦げにされるところだったのだから。
「あれはいつだったか、秘宝の守護者が欲しいとかぬかしてた真祖がどこからか連れてきたんだった気がするな」
「秘宝?」
「気にするなリーゼ。ずっと昔の話だ。その秘宝とやらもとっくの昔になくなっている」
シュトラウスはこの話は終わりとばかりに手を振る。
なんだか怪しい。
「どんな秘宝だったのかくらい教えなさいよ」
私の目を見たシュトラウスは一度ため息を漏らすと、諦めたように口を開く。
「人間だよリーゼ。美しい人間の女だ」
「それが秘宝?」
「我々吸血鬼からすれば、人間はある意味食料と呼ぶべき存在だが、それが真祖の好みのタイプだったんだろうさ。だから秘宝として丁重に扱い、守護者代わりに用意したドラゴンに喰われちまったのさ」
喰われた? どういう事だろうか? だって真祖はその女性を守るために、わざわざドラゴンを連れてきたのに……。
「ドラゴンは人間を食べる。そんな当たり前のことにすら気がつかないくらい常識がないのが、真祖という連中さ」
シュトラウスは鼻で笑い、懐かしむように虚空を見上げたかと思うと、次の瞬間にはいつものシュトラウスに戻っていた。
「じゃあセリーヌはドラゴンを手なずけたってこと?」
「うん!」
マゼンダが恐る恐る尋ねるとセリーヌは笑顔で肯定し、そんな彼女の様子を見てマゼンダは頭を抱える。
「やっぱ貴女たち、スケールが違うわ」
マゼンダはやや呆れたように乾いた笑いを発し、結界の入口を大きく開けた。
キリンちゃんは自ら馬車をここまで引っ張ってきており、あとは結界の中に入るだけという状況だ。
城の中の必要な物も、私たちがドラゴンと戯れている間にシュトラウスが全部運びきったらしい。
あとはもう出発するだけだ。
「ここともお別れね」
「そうだな。また平和になったら我だけでもたまに戻って来るさ。全ての棺桶に花束でも入れてやる」
シュトラウスはしみじみ呟くと、何かを振り切るかのように真っ先に結界の中に入っていった。
「それじゃあ私たちも」
シュトラウスのうしろ姿を見送った後、私たちもマゼンダの結界の中に入っていく。
最後にマゼンダが結界のゲートを閉じて、私たちの逃避行が始まった。
外界から閉ざされたマゼンダの結界の中は、以前に訪れた時とまったく変わらない。
私たちが足を踏み入れたマゼンダの結界の中は、前と同じく小綺麗に整った空間だった。
マゼンダの家だと思われる木造の小屋を除けば、ちょっとした庭に池、立派な畑が視界に映る。
土地の広さで言えば、私の洋館と庭を足した程度。それ以上の景色を見ようと思っても、結界の壁がただただ白銀に輝いていた。
「相変わらずで良かったわ。旅先で二回訪れると、なんだか家に帰ったみたいで安心できる」
私たちは馬車とキリンちゃんを庭に止めさせ、中から必要なものをマゼンダの家の中に運び込む。
食料などを黙々と運んでいる私たちとは違って、シュトラウスはヴァングレイザー城から持ってきた荷物を運んでいた。
彼の運んでいる物を見ると、基本的に本だけを持ってきているようでかなり重そうだ。
「それってなんの本なの?」
私は彼の隣を歩きながら尋ねた。
「これか? これはヴァングレイザーの日記や、吸血鬼たちの個人情報とかさ。あいつらはいつでもあの城に入ることができる以上、同族の歴史書はすべてこっちに持っておきたいのさ」
シュトラウスはため息交じりに答えると、本をマゼンダの家の本棚にしまっていく。
持ち主の許可も取らずにぽんぽこ入れていく様に呆れていると、マゼンダが私の背後から顔を出した。
「魔女の家に同族の歴史書を置いておくのは良い訳?」
「構わないさ。あんたのことは信頼している」
振り向かずに答えたシュトラウスは、本をすべて本棚に収納し終えると、一枚の大きな羊皮紙を取り出して私に渡してきた。
「なにこれ?」
「地図さ」
「地図?」
「そうだとも。ここら周辺の地図と、王都ヘディナのな」
私は彼から受け取った羊皮紙を広げた。
確かに彼の言った通り、王都ヘディナと周辺の地図が書かれていた。
そしてなにより素晴らしいのが……。
「ねえシュトラウス。この地図に載っているお城の見取り図は本物?」
私の質問に、シュトラウスはニヤリと笑みを浮かべた。