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第三十二話 準備をしよう

 マゼンダの結界の中に避難して四日、幸いヘディナの王城の見取り図を手にした私たちは最後の決戦に向けて準備をし始めていた。

 私はここまで無理をしてきたのが祟ったのか、風邪のような症状が発生して回復に努め、シュトラウスはセリーヌの修行を手伝っている。


 シュトラウスになんで見取り図なんかがあるのか尋ねたところ、吸血鬼たちが仕返しのための算段をしていたことが判明した。

 正面から挑むのではなく、当時の皇帝だけを暗殺しようとしていたのだ。

 それは決して勝てないからではなく、無関係の人間を無作為に殺すのは躊躇われるという理由からだったらしい。

 真に恐ろしいのは吸血鬼か人間か……。

 人間はその気になれば、欲望や命令や特権の為に、無関係の命を奪うことをいとわなくなってしまった。

 これではどちらが怪物か分かったものではない。


 セリーヌはマゼンダの結界の中でドラゴンを呼び出し、日夜ドラゴンを操る訓練をしている。

 シュトラウスがその面倒を見ているかたちだが、最初に結界内にドラゴンを呼び出したとき、マゼンダが絶望に染まった顔で叫んでいたのをいまでも憶えている。


「あの時、面白い顔してたわよね」

「忘れてよ。しょうがないじゃない? 自分の庭にドラゴンが出てきたら、誰だってああなるって」


 いまだ熱の下がらない私はお風呂に入るのも遠慮しているため、マゼンダが濡れタオルで体を拭きに来ていた。

 女同士だからと了承して体を預ける。


「脱がすわよ」

「なんかいやらしく聞こえるから、宣言しないで脱がしてくれない?」

「それはそれで変でしょ!」


 マゼンダは私の上半身をベッドから起こして、服を取り払う。

 神妙な面持ちで私の体を濡れタオルで拭く彼女は、どこか不思議に思えた。


「なんで拭くときだけ黙っているの? おまけに変な顔して」

「だって、あまりにも綺麗だから……ついつい変な気持ちに」

「もしかしてそっちの趣味?」

「違います!」


 マゼンダは懸命に否定し、それでも丁寧に私の体を拭いていく。


「本当に私より年上だと思えない」

「不思議で常に体を維持してるからね」

「紫の魔眼って凄いのね」

「まあね、昔は迫害されたけど、今となっては感謝してるわ。この目のおかげで生きてこれているわけだし」


 マゼンダは私の言葉を聞いて黙り込んだ。

 私の正直な感想だ。

 いまこうしてマゼンダと出会えたことだって、この魔眼がなければ叶わなかったことだ。


 そう思うと、私はこの魔眼を嫌っていたけれど、これがなければセリーヌともシュトラウスともマゼンダとも会うことができずに死んでいただろう。

 もしかしたらこの前のハルムの襲撃を防ぐ者もいなかったかもしれない。

 決して大げさではなく、この魔眼はこの日のために生まれてきたのかという気さえする。


「あの皇帝を殺すの?」


 マゼンダはおもむろに口を開く。

 彼女の私を拭く手に力が籠る。


「そのつもり。特にシュトラウスは本気でそう考えてると思う」

「シュトラウスはってことはリーゼは違うわけ?」


 マゼンダが鋭い指摘をしてきた。

 もちろん私も殺すつもりで挑むが、別に絶対の条件ではないと思っている。

 仮にマルケスを殺せなかったとしても、私は双方が関与しない棲み分けさえできれば良いと考えているのだ。


「若干ね。ただ四本腕のこととかもまだ聞いていないし、そこら辺を聞き出してから殺せるなら殺すかもね。だけど一番の優先事項は、私たちが安心して暮らせるようにすること。今みたいにビクビクしながらじゃなくてね」


 一番の目的をはき違えてはいけない。

 私とシュトラウスは微妙に第一目的がズレている。

 私は不思議への弾圧と偏見を無くしたい。

 シュトラウスは復讐が一番にある。

 セリーヌは、きっと深く考えていないだろう。  きっと私とシュトラウスに着いてきただけだ。

 だからこそ私は、セリーヌが安心して暮らせる世界を作りたいのだ。


「ぞれじゃあ正面対決じゃなくて暗殺の方がいいのかしら?」


 マゼンダは恐ろしいことを口にする。

 確かにどうなんだろうか?

 シュトラウスがヴァングレイザー城から持ってきた地図に、王都ヘディナの地図があったときはそれもよぎった。

 皇帝マルケスが諸悪の根源で、彼さえ殺せば収まるのであえば暗殺の意味はある。


「そうね。そのほうが簡単ではあるけど、忍び込むのは至難の業ね。私たちを殺し損ねたいま、警戒もしているだろうし」


 警戒度は上がっていて、私には関係はないが城の中は不思議が完全に消失してしまっている。

 暗殺は現実的な方法ではなくなってきている気がする。

 本当に殺すことに特化するなら、王都ヘディナの上空から最大出力の攻撃魔法で、街ごと燃やし尽くすとかそういう方法の方が手っ取り早いが、それだと逃げられる可能性もあるしそもそも大量殺戮なんて望んでいない。


「じゃあ私の結界魔法が役に立つわね」

「どういうこと?」

「だって城の見取り図もあるし、リーゼたちは実際に足を踏み入れたことがあるんでしょう? だったら、マルケスのいる部屋に直接結界の出口を繋いじゃえば暗殺は簡単じゃない?」


 マゼンダの提案はある程度予測はしていた。

 だからこそ地図を手に入れた時、暗殺が頭に浮かんだ。

 しかし彼女は一つ重要な点を忘れている。


「どうやってそこに出口を開くつもり? あの城には不思議がないのよ?」


 そう。

 いくら彼女が結界魔法のエキスパートで、どこにでもゲートを出現させることができるといっても、魔法である以上そこに不思議が存在しなければ発動できない。

 これは魔法の腕とは関係なしの、原理原則。

 そこが裏返ることはないのだ。

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