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第三十三話 戦う理由

 私が熱を出してぶっ倒れてから二日が経過した。

 今ではすっかり熱も収まり、セリーヌのドラゴン訓練も形になってきたところだ。


「もう少しかかるかもな」

「別に構わないわ。急いでいないし」


 私はシュトラウスにそう告げて庭に出る。

 遠くにドラゴンの頭の上にしがみついているセリーヌが見えた。

 そう、別に急いでいない。

 なぜなら皇帝マルケスの部隊は、この場所を見つけることはできないからだ。

 なんなら時間をかけて油断させたほうが、奇襲の成功率が高いまである。


「楽しそうね」


 ドラゴンと一緒に過ごすセリーヌは、訓練というより遊んでいるようにも見える。

 指示を出している様子もなく、ただただじゃれている感じだ。

 シュトラウスにはああ言ったけど、急いでないといってもずっとここにいるわけにはいかない。

 ずっと結界の中にいていられるほど、食料に余裕はないのだ。


「シュトラウス」

「なんだい?」

「あさって動くわよ」

「どうしたんだ急に? 急がないんじゃなかったのか?」


 彼の疑問はもっともだが、悠長に構えていられない事情を思い出したのだ。

 それは四本腕の存在。

 この地域にそれなりの数が存在していると思われる、魔女の成れの果て。

 私たちのことだけを考えるなら、食料さえなんとかすればずっと待っていてもいいが、四本腕がこの地域から抜け出して、ヴァラガンの方面に向かわないかが心配になってきたのだ。


 マルケスが四本腕を認知しているのかは知らないが、いまのところ放置状態だ。

 近くの集落が襲われているのも見てきている。

 そうなると私たちの留守中に、ヴァラガンのあたりまで四本腕が侵入してくるかもしれない。


「さっき思ったのよ。四本腕を放置できないなって」

「それは他の村が襲われるからか?」

「そうよ。それにヴァラガン近郊には思い入れがあるからね。いつ四本腕の活動範囲があっちまで広がるか分かったものじゃないから」

「そういうことならいいぜ。我はリーゼにあわせる」


 シュトラウスは静かに頷いた。

 静かな闘志を滾らせるように、彼は結界の出口を見つめる。

 とりあえず意思は決まった。

 あとはどうやって奇襲を仕掛けるかだ。


「私たちの武器はあの城の見取り図かしら?」

「そうだな。そこにマゼンダの結界魔法だ。直接マルケスの元に出口を開ければ確実に殺せるだろう」

「そこで一番の障害は、やっぱり不思議がないことよね」

「一番の問題点だな。我はまだお前の血を吸っていれば戦えるが、マゼンダやセリーヌはお前の魔眼がなければ魔法を使えない。言っておくが、魔法が使えない魔女なんてただの女だぞ?」


 一番の問題はやはりその部分だ。

 そういう意味では、マルケスの不思議を完全に排除するという方法は正しいのかもしれない。

 実際、私たちは攻めあぐねている。

 敵の大将の元に一発で移動できる手段があるにもかかわらず、奇襲が決まらないというのはそういうことなのだ。


「ちょっとでもアイツが正しいのかもと思うのは癪ね」


 私は誰にも聞こえない程度の声で呟いた。

 マルケスが言っていたハルム対策。

 不思議の集団的無意識がハルムであるなら、その構成要因である不思議そのものを国から排除してしまえば、ハルムは発生しないというもの。

 その点だけで言えば、正直彼が正しいと思ってしまったのは確かだ。

 私やシュトラウスのような、不思議側の存在があの災厄を引き寄せているというのは正しいのだから。

 だけど肯定はしなかった。

 肯定してしまったら私やシュトラウスはもちろん、セリーヌも生きていること自体が罪となってしまう。

 それだけは意地でも否定したかった。

 だから私は皇帝マルケスを否定し、ハルムを抑え込む術を探し出して私たちの在り方を肯定するのだ。


「我は正しさなんてどうでもいい。ただただアイツが許せないだけだ」


 どうやら私の独り言は聞こえていたらしい。


「我が戦う理由はただ一つ。復讐だよ。リーゼを殺そうとしたことや、同族にあんな仕打ちをしたこと。我が戦う理由はそんな個人的な感情だ。戦いに正義や大義なんて持っちゃいないのさ。あんなもの、大衆を洗脳するための道具だろう?」


 シュトラウスは鼻で笑った。

 確かにそうだ。

 大衆を先導するのに使っているだけで、本当に大義や正義を掲げて戦う奴なんてほとんどいやしない。

 だからこそ個人で戦う彼に、そんなものは必要ないのだ。


「お前はどうなんだセリーヌ?」


 シュトラウスはドラゴンをバッグの魔法の中にしまったセリーヌに声をかけた。

 そういえばセリーヌの戦う理由をしっかり聞いたことがない気がする。

 前に聞いた時は、私と一緒にいるためにとかだった気がするが、あれから変化はあったのだろうか?


「私? そんなの決まってるじゃん! リーゼやシュトラウスと一緒に過ごすためだよ」


 セリーヌは何言ってんの? とでも言いたげにさらりと答えた。

 当たり前でしょ? と言わんばかりの表情を浮かべている。

 やっぱりセリーヌはセリーヌのままだった。

 彼女が人間だった頃も、魔女になった今も何も変わらない。


「なんか変わってなくて安心したわ」

「それって成長してないって言いたいわけ?」

「違うわよ。変わってなくて嬉しいって意味よ」


 まあ成長してないとも言えるけれど、そんなのは言葉尻の問題で意味はない。

 なにより重要なのは、誰一人本質を失わないままこの場にいることなのだから。


「マゼンダ、そろそろ仕掛けるわ」


 私は全員の意思を確認したところで、マゼンダに声をかけた。

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