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第三十四話 降伏してみたら?

 私はいま王都ヘディナに続く道を一人で歩いている。

 ここから二、三時間ほどで到着するだろう。

 きっともうちょっとしたらマルケス直属の部隊に見つかり、包囲されるはずだ。


「止まれ!」


 ほらきた。案の定だ。

 一人で夜の街道を歩く女なんて普通じゃない。

 怪しんだ巡回の兵が私の前に立ち塞がる。


「何かしら?」

「名を名乗れ。上からとある魔女を捜索するようにお達しがあるのだ」


 若い男は馬に乗ったまま、腰にぶら下げた剣を握ったまま震えていた。

 きっと彼は私がその魔女だと知っているに違いない。

 それでもたった一人で声をかけてきた勇気は称賛に値する。


「リーゼ・ヴァイオレット……。貴方たちの探している魔女本人よ」

「動くな!」


 私の名前を聞いた瞬間に彼の震えは止まり、抜刀する。

 彼の声にさっきまでの恐れは感じない。

 戦うと覚悟を決めた者の目をしている。


「私は貴方と戦う気はないの。降伏しようと思ってね。実は先日マルケスと話したときに魔女狩りを頼まれたのよ。その時は断ったのだけれど、いろいろ考えた結果、そういう生き方もありかなって。ちょっと疲れたのよね」


 私はそう言って、懐からマゼンダの生首を取り出して男に向かって放り投げる。


「!!」


 男は声も発せずに、呆然と血の気が引いた顔でマゼンダの生首をキャッチする。


「それは手土産よ。彼女はここらへんに潜んでいた魔女なの……。いきなり信じてくれなんて言わないわ。ただ私を皇帝の元に連れて行ってくれないかしら?」


 男は数秒硬直したのち、私の言葉を理解したのか発煙筒に火をつけた。

 空に向かってモクモクと立ち上る煙を見て、周囲にいる騎兵たちが私を囲むように集まってきた。

 馬の蹄の音が夜闇に響く。

 集まってきた騎兵は十名。

 女一人に厳重なことだ。


「私は抵抗しない。怖いなら手を縛って目隠ししてもらっても構わないわ。だからマルケスに会わせて」


 私の主張の後に、最初に私を発見した男が説明をした。

 前に私が皇帝からスカウトされていることなどだ。

 もちろん嘘ではない。

 実際に誘われたし、すぐに断った。だから皇帝は私を殺すことにしたのだが、私が皇帝から誘われているとすると、彼らは私を無断で殺すわけにはいかない。

 彼らは魔女メイストのことを知っているはずだ。

 だからこそ、私が第二のメイストになる可能性を否定できない。


「わかった。目隠しと手を縛らせてもらう。それと猿ぐつわもだ」


 男は私の目を隠す。

 手を後ろで縛り、猿ぐつわを噛ませる。

 私の視界と手足の自由を奪い、声も発せない。

 こうすれば魔女は魔法が使えないことを彼らは知っている。

 手で不思議を操ることもできなければ、口で詠唱をすることもできない。

 目が見えなければイメージができない。

 魔法はイメージの世界だ。


 男たちは私を包囲したまま歩き出す。

 どんなに拘束してもやはり私への警戒は緩めない。

 誰一人として無駄口をたたかない。

 静かな時間がひたすら流れる。

 不思議な感覚だ。

 夜の平原を、男たちに拘束されて歩くなんて経験、そうそうできるものではない。


 ヘディナに入ってからは、静寂とは真逆の雰囲気となった。

 夜とは言っても、まだ人々が眠りにつくには早い時間だ。

 そんな街中、城に向かう通りのド真ん中を拘束された女と騎兵十名が歩いていれば嫌でも目立つというもの。


 ヘディナに入ってしばらく歩くと、重厚な駆動音がしたかと思うとそれは目の前で停止した。

 私は両肩を押され、その駆動音を発生させていたものに乗せられる。

 これは蒸気車だ。

 もう歩かなくていいらしい。

 左右をマルケス直属の兵で固められ、私は大きな駆動音に導かれるようにマルケスの元へ運ばれていく。


「こっちだ」


 蒸気車が停止してすぐに私は背中を押され、城の敷地に足を踏み入れた。

 私が入城すると人の気配が一気に増える。

 全員が私に銃口を向けているのが分かる。

 目が見えていなくても、殺意と恐怖心は伝わってくる。

 彼らは圧倒的に有利ないまの状態でも、私が怖くて仕方がないのだ。


「この先で皇帝陛下がお待ちだ。くれぐれも失礼な言葉を吐くなよ!」


 忠告する言葉が終わる間際に、謁見室の扉が重々しい音を立てて開かれた。

 私は両肩を押され、前に進みだす。


ひざまずけ!」


 その言葉と共に、私は膝の裏を蹴られて両肩を背後から二人に押さえつけられる。

 三人目が私の顎をもって、皇帝がいるであろう角度に固定された。


「二回目だなリーゼ・ヴァイオレット。先ほど兵たちから聞いたが、降伏したいそうじゃないか。そんな嘘がワシに通じるとでも? 一体何を企んでいる?」

「陛下、これを」


 皇帝の問いかけに、私を一番最初に見つけた男がマゼンダの生首を差し出した。


「ほう。これは魔女の首か? だがこんなものなんの証明にもならん! ワシはこの顔の持ち主を知らないのだから!」


 皇帝は声を荒げた。

 わかっている。

 あの首は当然偽物。

 魔法で作った偽物の生首だ。

 あれはここまで導いてもらうためのフェイク。

 皇帝マルケスに通じるとは思っていない。


「悔しかろうリーゼ・ヴァイオレット。ここは不思議の無い空間。前回はお主の魔眼の力で脱出されたが、今回は魔法は使えまい? 魔法はイメージの世界だと以前メイストから聞いている。見えないものはイメージできない。つまり魔法は使えない。手先も動かせず、詠唱もできない現状で一体何を見せてくれるのだ?」


 耳に皇帝マルケスの自信に満ちた声が聞こえてくる。

 確かに彼の言うとおりだ。

 いくら魔眼で不思議が作れる私でも、手と目と口まで封じられれば魔法は使えない。

 でもそれは”私が”魔法を使う場合だ。

 これはいくら貴様でも想定外だろう?


「なんだ!?」


 目隠し越しでも分かるほどの強烈な閃光が部屋に満ちたと同時に、私の両肩を押さえていた兵たちの悲鳴が上がり、私の拘束が解かれた。

 私はゆっくりと立ちあがり、猿ぐつわと目隠しを外して皇帝を睨みつけた。

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