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第三十五話 奇襲

「動かないことね」


 自由になった私の視線の先には、驚きのあまり固まったままの皇帝の姿があった。

 私の背後にはセリーヌとシュトラウスが控え、さらに時空が歪んだ場所からはマゼンダが姿を現した。


「お、お前、あの生首の!」

「私は生きているわ」


 皇帝はマゼンダを指さして声を上げる。

 そりゃ驚くだろう。

 なにせさっき見た生首がそこに立っているのだから。


「その生首は魔法で作った偽物よ。上手く出来てるでしょ?」


 私はニコリと笑いながら説明する。


「別に私の顔で作らなくても良かったのに」

「だってセリーヌの顔は使いたくないし、私の交友関係の狭さを舐めないでくれない?」


 魔女の知り合いなんてほとんどいないのが私だ。


 私はあらためて部屋を観察する。

 部屋にいた衛兵たちは死なない程度の傷を負わされ、セリーヌの呼び出した魔物たちに押し倒されていた。

 壁という壁には空間を隔離する魔法が行使されている。

 あれでは出入りは不可能だ。


「どうやった?」

「何が?」


 私はマルケスに聞き返す。


「一体どうやってここに現れた! ここには不思議なんてないはずだ! リーゼ・ヴァイオレットの魔眼だって封じて……」


 マルケスの狼狽えぶりはそれはもう笑えるくらい。

 彼の指摘はもっともだ。

 私の魔眼は目隠しで封じられていて、口は塞がれて詠唱もできず、手先も後手で縛られなにもできやしない。


「私は魔法なんて使ってないわよ。使ったのはマゼンダ。私の魔眼は特にたいした能力なんてないのよ。あるのはただ不思議を周囲に溢れさせるだけ。だけどそれは魔法ではない。一種の体質みたいなものよ。だから魔眼の効力は防げない。私という魔女がいるだけで、そこは不思議が満ちる!」


 皇帝マルケスは絶句した様子でその場に崩れ落ちる。


「彼女の専門は結界魔法。彼女の時空を歪ませる魔法の出口を私に設定しておけば、あとは好きなタイミングで魔法を展開できる。大丈夫、私さえいればそこに不思議は発生するのだから。だからもう諦めなさい」


 私は静かにマルケスに向かって歩きだす。

 どうしようかと考える。

 ここで彼を殺すことは簡単だが、それは意味があるのだろうか?


 シュトラウスのような復讐心は私にはない。

 私が望むのはこんな魔女狩りなんて暴挙をやめることと、私たちの平穏だ。

 それと……。


「一つ答えてくれないかしら? 四本腕の存在はご存知?」

「四本腕?」

「やっぱり分かっていないようね。お前たちの魔女狩りによって発生した怪物よ」


 私は意味がわからないと言いたげなマルケスに、今までのことをすべて話した。

 四本腕の発生原因と、それがどれだけ市民の脅威となっているかを事細かに説明する。


「……被害にあったという報告は上がっていない。だからこそ、お前たちのいうことが真実か判断がつかない。だが仮に事実だとしても同じことだ。我々はその四本腕とやらも含めて”不思議”を始末し続ける」


 皇帝マルケスの答えは予想通りだった。

 報告が上がっていないのは、きっと四本腕に狙われた村が全滅しているからだろう。

 報告に行ける人間がいなくなっているのだ。


「そう……残念な答えね」


 私は心底そう思った。

 ここで国民のために立ち上がるのであれば少しは見どころがあると思ったのに。


「いまの状況は理解しているかしら? いまお前をここで生かすも殺すも、こちらの気分次第なのだけれど?」

「理解しているとも。ワシもそこまで老いぼれてはいない。兵たちは押さえ込まれ、出入り口は奇っ怪な術で封じられている。ワシにやれることはない。殺すのなら殺すがいい」


 意外にもマルケスはあっさりと自らの生存を諦めた。

いさぎよいと言ってしまえばそこまでだが、その態度には疑問が残る。

 なにか裏があるのではないか?

 そう思えてならない。


「案外あっさりとしているのね」

「見苦しく命乞いでもすると思ったか? 侮るな。ワシはもうじゅうぶんに生きた。それにワシがいまここで息絶えても、この”真人帝国”の意思は後世に引き継がれる。これは血の繋がらない継承だ。ワシ一人殺して済むような問題ではない!」


 マルケスは最後に語気を強めた。


「ではこちらからの要求を飲んでくれないかしら?」

「要求とはなんだ?」

「不思議を持つ者への迫害を止めて欲しい。ただそれだけよ」


 私はもっともシンプルな願いを口にした。

 失われた命は戻ってこない。

 魔女狩りによって失われていった同胞たちの命は戻らない。

 だから私は未来に目を向ける。

 これからだ。これからさえ迫害がなくなれば、私たちは堂々と生きていける。


「悪いが無理だな。仮にワシがその提案を飲んだとしても、ワシの次の皇帝はきっと迫害を再開するだろう。真人帝国エンプライヤの意思は絶対だ!」


 マルケスの答えは拒絶だった。

 わかっていたことだ。

 マルケスがこんな要求を飲むわけがない。

 それに彼の言う通りではある。

 魔女への迫害は、もはやほとんど教義と化している。

 いまさら皇帝一人の意思でどうにかなるものではない。


「なあ、リーゼ。外の様子が変じゃないか?」

「なにが?」


 私は突然外の様子を気にし始めたシュトラウスに尋ねた。

 でも確かにそうだ。

 おかしい。

 なんでこの部屋の外でも不思議の気配がある?


「ちょっと確認するしかないわね。動かないでよ?」

「ふん、いまさら抵抗なぞせんよ」


 私はマルケスの言葉を信じてマゼンダに合図する。


「本当に良いの?」

「ええ構わないわ。結界を解いて頂戴。もしかしたらこんなことをしている場合じゃないのかもしれないから」


 私は遠くから迫ってくる不思議の気配を感じた。

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