この戦いの後にはお互いに干渉しない。
ある意味最大の脅威を退けた私は、いま迫る脅威などなんてことはないと思っていた。
しかしその目算は些か以上に甘かったと言わざるをえない。
なぜなら迫る脅威とは、たんなる魔物の群れなどではなかったからだ。
「こっちです」
私を平原で最初に見つけた兵士が、率先して私を城から連れ出してヘディナの見張り台のところに案内する。
見張り台は、街を包囲している防壁の出っ張ったところに設置されている。
仮に敵が攻めて来た場合、真っ先に狙われる場所だ。
「貴方は私が怖くないの?」
私を案内する兵士に尋ねた。
他の兵士たちは、私と皇帝の契約を見ていたはずなのに恐れをなして近づこうとはしなかった。
しかし別にそれを咎めるつもりはない。
今までの皇帝のスタンスを考えたら、この街の住民は真人帝国エンプライヤの中でもっとも魔女を恐れているはずなのだ。
なのに、どうして彼は自ら案内役を買って出たのだろうか?
「実は私の親戚がヴァラガンに住んでいまして……先日休暇の際にヴァラガンに会いに行ったのです。そこでリーゼ様がハルムを撃退して街を救ったと聞いておりました。だから恐れなど私にはありません」
兵士はそう言って頭を下げた。
私はそう語る彼をマジマジと見つめる。
そうか、そういうパターンもあるのか。
思えば一つの国であるヴァラガンとヘディナ、親戚や友人が住んでいることもあるのだろう。
あまりにも統治のされ方が違うものだから、そんな当たり前のことすら忘れてしまっていた。
「そう。良かったわ。ただ一つだけ忠告しておくと、魔女の全てが良い人というわけではないからね? 人間が全て良い人ではないのと同じように」
「はい! 心得ております」
忠告しておいてなんだが、もう警戒するほど魔女も残っていないだろう。
確実にこの地域の魔女は全滅していると見ている。
「方角としてはあっちだな」
シュトラウスが指さした方角は、かつてマゼンダと出会った崖があった方角だ。
つい先日のことのはずなのに、もう懐かしく感じる。
確かあそこで魚を捕る魔物の捕縛を依頼されたんだ。
そして依頼を遂行している最中に四本腕が現われて……。
「そっか……やっぱりあちら側には四本腕がたくさんいたのね」
私は迫る不思議の種類からある程度把握してしまった。
いま迫っているのは魔物の群れなんかではなく、四本腕の群れだ。
絶対にそう。
何度か感じた四本腕の不気味な気配を感じる。
恐ろしいのはその数で、まだ見えてこないが一〇〇体は確実に超えている。
「マルケスを呼んできて」
「はい!」
私の緊迫した声色で危機を察知したのか、兵士は返事もそこそこに走り去っていった。
「本当に四本腕なのか?」
シュトラウスが信じられないと言いたげに遠くを睨む。
「本当よ。この気配を私が間違えるわけがない。ただ疑問なのは、なんであんなにいるのかって話ね」
四本腕は私の推測が正しければ、殺された魔女が変化した姿だ。
いくらなんでも一〇〇体以上もいるなんて思ってもみなかった。
しかも彼らが群れを成して攻めてくるなんて……。
「またあの気持ち悪い奴と戦うのね」
セリーヌは以前と違って凛々しい顔つきで呟いた。
前に四本腕と戦った時とは違う。
流石に今回はセリーヌにも参戦してもらう。
四本腕相手に普通の兵士がどれだけ戦えるのか甚だ疑問だ。
しかもそんなのが一〇〇体以上。
戦力は少しでも多いにこしたことはない。
「なあリーゼ、あいつら本当に全てが元魔女なのか? 他に増える方法でもないと信じられない数だぞ?」
シュトラウスの指摘はもっともで、私も自分の仮説が揺らいでいる。
もともとこの地域にどれだけの魔女がいたかはわからない。
しかも四本腕となった魔女が一〇〇体を超えていて、それが団結して攻めてくるなんて考えられなかった。
きっと他にも四本腕の発生要件が存在するはずだ。
「敵が見えたのか?」
数十分後、皇帝マルケス自ら衛兵を連れて見張り台までやってきた。
「街の人たちは?」
「こういうときのための地下シェルターに避難してもらっている。犠牲者なんぞ出させるものか」
こういうところは流石だと思える。
マルケスは抜かりなく準備をしてからここに来たらしい。
しかし先程出た指示だろうから、避難が完了するまで数時間はかかるだろう。
「敵の姿はきっとあと少ししたら見えてくるはずよ。そして敵は四本腕」
「本当にそんなのが一〇〇体もやってくるのか?」
マルケスは実際には見たことがないのだろう。
四本腕のおぞましさは、実際に見た者にしかわからない。
彼らは人間の腕をもぐのだ。
「来ているのは事実よ。それに一〇〇体はあくまで最低でもって数。実際にはもっといると考えていいわね」
「なんでそんなのが集団でこちらに向かってくるんだ?」
マルケスはもっともな疑問を口にする。
確かにそれは私も疑問だった。
考えられそうなところでいうと、人間がもっとも集まっている場所だからというのはある。
彼らの目的は人間の腕を集めることだ。
集めた結果どうなるのかは知らないが、とりあえず腕を集める怪物なのだ。
前に魔物の腕までも集めているのを見た。
だから腕を求めてやってきているのは間違いないだろう。
しかし私は同じくらい大きな理由があるとふんでいる。
「一つは腕を集めるため。もう一つは、貴方への復讐でしょうね?」
「復讐?」
「ええ。彼らは魔女狩りで腕をもがれた魔女たちの成れの果て、復讐心が貴方に向いていても仕方がないでしょう?」
マルケスは引きつった表情を浮かべながら、敵の来る方角を静かに見据えていた。