目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第三十八話 集結

 しばらくすると遠くに敵影が見えてきた。

 残念ながら思った通り、四本腕の軍勢だ。

 その光景は心からゾッとする光景だった。


「なんだよ……あれ」


 見張り台の兵士が呟く。

 見たことないものからしたら実に恐ろしい光景だろう。

 実際に戦ったことのある私でさえそう思うのだ。

 しかしあの数はマズイ。

 数えられないが、どう見ても一〇〇体じゃ収まらない。

 一体でさえかなり苦戦した記憶がある。あんなのが一気に攻めて来た現状は、正直絶望的だ。絶対に中に入れてはならない。


「あれが四本腕か……」

「ええ。人間の腕を欲して人を襲い続ける魔女の成れの果て」


 マルケスは珍しく最前線に顔を出し続けていた。

 てっきり彼は後方で待機するのかと思っていたのだが、どうやら本人自ら前線で戦況を見たいらしい。

 防壁の外にはヘディナの防衛軍およそ二〇〇人。

 敵の数と同等ぐらいだろうか?

 そこにセリーヌが使役している魔物五〇匹を加えた軍勢だ。

 数だけならこちらが上回っている気もするが、普通の兵士に四本腕の相手が務まるのか不安が残る。


「全軍に告ぐ! 敵は未知の怪物だ。人間の腕を狙っているとのことだ! 我々の家族や友人を犠牲にしたくなければ死ぬ気で守れ! 絶対に王都に入れるな!」


 私の心配をよそに、マルケスは全軍を鼓舞する。

 言っていることは実にまともだ。

 仮に四本腕の侵入を許せば、この街の住民たちは一人残さず両腕をもがれるだろう。


「撃ち方始め!」


 マルケスの号令で砲撃部隊が、大砲に弾を込め始める。

 ずらりと並んだ砲台の数は二十基。

 一基当たり三人で動かす大砲台に装填される砲弾は、いままで見たことがないほどの大きさを誇っていた。

 ヴァラガンの砲台とは規模が違う。


「撃て!」


 続いて部隊長の大声が響く。

 耳をつんざくような轟音を響かせ、二十基の砲台は火を噴く。

 発射の衝撃で、砲台を抑えていた兵たちがのけぞった。


 一斉に放たれた砲撃は、着弾した瞬間に恐ろしいほどの火と黒煙を空にぶち上げた。

 身震いするほどの轟音が響き、まだ点のような大きさにしか見えない四本腕たちに降り注いだ。

 ドーム状の爆炎が遠くの方で一斉に立ち込めた。

 遠くで何体かの四本腕が宙に舞うのが見えた。

 不思議の数を感知しても、数体は確実に死んだに違いない。

 しかし遠目で分かりにくいだけかもしれないが、あれだけの砲撃を食らったにも関わらずあまり減った気がしない。

 黒い影は波となって確実にこちらに向かってきている。


「続けろ!」


 思ったより成果が出ないことに焦って、マルケスは部隊長に指示を出す。

 再び砲弾を装填し、一斉に放つ。

 綺麗な横並びに着弾し、ドーム状のキノコ雲が横一列に並ぶ。

 確実に減っているはずなのに、やはり遠目に見える四本腕の数は減った気がしない。

 一体どうなっている?


「シュトラウス!」

「分かったよ……見てくればいいんだろう?」


 シュトラウスは私の意図を理解したのか、私に屈めと合図する。

 怪訝な眼差しで私たちのやり取りを見ているマルケスの目の前で、露わにされた私の首筋に牙を通す。

 いつも通りの血を吸われる感覚に脳がマヒする。

 規定量を吸い切ったシュトラウスは、徐々にその姿を変貌させる。

 少年だった姿から、魔王シュトラウスへと変化を遂げる。


「目の前で見ると凄まじい神秘だな……」


 マルケスは驚愕の表情を浮かべ、私とシュトラウスを交互に見た。


「じゃあ行ってくるぜリーゼ」

「見てくるだけよ? 下手に手出しして死んだら許さないからね」

「あいよ」


 シュトラウスは背中にコウモリの翼を生やし、鳥よりも速い速度で飛翔する。

 目指すは四本腕の上空。

 ここからでは分からない状況を彼に見てもらう必要がある。


「アイツは大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。彼はああ見えて魔王なんだから」


 私の言葉にマルケスは頷き、再び部隊長に指示を出し始める。

 一度砲撃は止めて、接近戦に備えて陣形を整える。


「アイツらは本当に剣なんて使うのか?」

「分からないけど、前に戦った個体は剣を振り回していた」


 事実ではある。

 しかし出会った二体目の四本腕は素手だった。

 どちらが通常なのか分からないが、可能性としてはありえるということだ。


 私から事前に聞いていたマルケスは、白兵戦の構えで相手が全員剣を持って振り回してくるという予想を立てた。

 最前線にはヴァラガンの兵たちが使用していた、蒸気で動く槍を持つ兵たちを二重に配置し、間合いを保ちながら戦う陣形をとる。

 さらにその背後には即席の台座の上に乗った兵たちを配置する。

 彼らは私たちとの戦いで使用していたライフルを構える。

 極力敵と接近しない構え。

 そして槍部隊と後方の狙撃部隊のあいだには、入り込んでしまった四本腕に備えて剣の腕が立つ者を選抜している。


 一応は隙のない陣形に思える。

 四本腕の特徴としては、まずはその異様な瞬発力がある。

 スピードで一気に肉薄し、そのまま四本の腕に握られた剣で切り刻んでくる。

 そのスピードを封じる意味でも、槍の盾は非常に効果的だ。

 四本腕との戦いにおいて、接近されないことがなによりも重要となる。


「リーゼ! マズいぞ」


 兵たちが陣形を整えた頃、シュトラウスが戻ってきた。


「どうマズいの?」

「四本腕の数だ。一〇〇体どころじゃない! 表面に見えている黒い群れが奥まで続いていやがる! 数なんて分からないほどだ」


 シュトラウスの報告を聞いて、私とマルケスは言葉を失った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?