「それは確かなの?」
「ああ誓って。だから砲撃をいくらしても数が減らないんだ」
たった二十基では足りなかった。
こちらの兵力の方が上だと思っていたが、とんだ勘違いだったみたいだ。
あちらは下手したら一〇〇〇体いるかもしれない。
だとしたら魔女が変化した存在だけなはずがない。
この地域に一〇〇〇人もの魔女がいたとは考えにくい。
「どうする?」
シュトラウスは私に問う。
どうする? このまま通常兵力だけでは無理がある。
かといって私のプレグたちを総動員しても、とてもじゃないけれど一〇〇〇体の四本腕に勝てるとは考えにくい。
四本腕は魔物としても、そこそこの強さの存在だ。
厄介なことに知恵もある。
ただの獣とはわけが違うのだ。
「リーゼ!」
城門と最前線の中間で、魔物をバッグの魔法で呼び出していたセリーヌがいつのまにか見張り台の真下に来ていた。
「どうしたの?」
「敵の数が多いんだよね?」
「そうだけど……」
それを確認してどうするつもりなのだろう?
私の答えを聞いたセリーヌが、覚悟を決めた顔で不思議を集めだした。
「だったら”あの子”で少しでも減らす。もったいないけど死んでもらう」
セリーヌはそう言ってバッグの魔法を発動する。
取り出したのは今まで捕まえてきたどの魔物よりも強力な存在、ドラゴンだ。
「なんだあれは!? ドラゴンか!?」
突然戦場に顕現したドラゴンに、兵たちは恐れおののく。
流石のマルケスも目を丸くして尻もちをついた。
ドラゴンは大きな翼を羽ばたかせ、宙に舞う。
「この子は集団で使うにはユニーク過ぎるから、最後の切り札として持っておきたかったけど、敵の数が予想よりも遥かに多いのなら先に”使って”しまったほうが良いよね?」
「それはそうかもしれないけど……良いの?」
私は再度確認する。
ドラゴンなんて、もう二度と出会えないかもしれない。
こんな使い捨てのようなやり方……。
「良いよ別に。死んでほしくはないけど、ここにいるみんなが死んじゃうよりはマシだもん。私はリーゼやシュトラウス、それにマゼンダには死んでほしくないもの」
セリーヌは今まで見せたことがない表情で、上空のドラゴンを見上げた。
「良かったわねマゼンダ。貴女も彼女の死んでほしくないリストに入ってるみたいで」
「そうねホッとしたわ」
私が虚空に声をかけると、耳元で静かに答えが返ってきた。
マゼンダはいま結界の中に待機してもらっている。
戦う術を持たない彼女は、最悪のもしもの時に私たちを結界の中に避難させるために隠れてもらっている。
「我も入っているとなると嬉しいものだな」
シュトラウスは私の隣に降り立つ。
「覚悟はいい?」
「当然だ。誰にものを言っている? 我はお前たちを守るためならなんだってするさ。そういうお前はどうなんだ、リーゼ?」
シュトラウスは試すような物言いだ。
私の覚悟? そんなものは決まっている。
いままでどれだけ危険なことを経験してきたと思っている?
「何を今さらって感じね。とっくに覚悟なんて固まっているわ。ハルムに単身で立ち向かった時に比べればどうってことない!」
私は力強く言い切り、シュトラウスのほうを見る。
同じタイミングでこちらを向いていたシュトラウスと視線が交差する。
「ハルムと比べたらそりゃそうか」
「ええその通りよ」
私は手を彼の後頭部に回し、勢いよく引きつけてキスをした。
衆人環視の中、私は軽くキスをして気合いを入れる。
シュトラウスが私から血を吸って力を得たように、私はシュトラウスとのキスで力が湧く。
本当の意味での力ではないが、勇気という点ではまさに原動力となる。
彼とキスをしたときの幸福感と安心感。
これをもう一度するために、絶対に勝たないといけない。
私は負けられない。
「セリーヌ!」
「うん! 暴れてきなさい!」
セリーヌはドラゴンに指示を出す。
ドラゴンは空中で翼を大きく広げ、周囲の不思議を際限なく取り込み始めた。
セリーヌが魔法を使えるように不思議を大気中にばら撒いておいたのだが、その全てがドラゴンの中に吸い込まれていく。
ドラゴンの中に溜まった不思議が一定量を越えた時、ドラゴンの外見が変化しはじめた。
鱗は深紅色に発光し始め、鱗がない腹部に見たことのない紋様が浮かび上がる。
文様は金色に輝き、翼からは不思議が炎となって吹き出し始めた。
きっとこれがこのドラゴンの本気なのだろう。
私やセリーヌと対峙した時は全力ではなかったのだ。
これがドラゴンの戦闘モード。
隠された力が、セリーヌの魔法によって強制的に引き出されたのだ。
ドラゴンは変化を遂げると、黒い影の群れに向かって飛び出していく。
炎で空気が焼けたような音を出し、凄まじい速度で斜め上空に飛び出す。
雲の高さで一度停止したかと思うと、口を大きく開けて地上を睨む。
雲の上の不思議をかき集めて、巨大なエネルギーの塊がドラゴンの口の前に展開される。
これが本気のブレス。
赤と黄金色に輝くエネルギー体は、ドラゴンの意思の下に吐き出された。
雲を両断するほどの勢いと威力をもって吐き出されたブレスは、天を焦がし時空さえも焼き壊すのではないかと錯覚させるほどだ。
まさに天変地異のような光景だ。
これを見た私たちは心のどこかで期待した。
この一撃で戦いが終わればいいと。
天地を焦がす巨大な不思議の塊。
それがドラゴンの特色である”炎弾”となって地上に降り注ぐ。
「これで終わりだな!」
マルケスの声が私たちの総意を代弁した。
これで終わり。
そう思った矢先、四本腕たちは思わぬ手段に打って出た。