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第四十話 戦いの行方

「あんなのありなのか?」


 シュトラウスが驚愕の声をあげる。

 上空から迫るドラゴンの一撃に、四本腕たちは散り散りになるのではなくむしろ固まり始めた。

 四本腕の上に別の個体が乗り、それが積み重なって空に届く。

 黒い影が何層にも積み重なって発生した四本腕の塔。

 彼らはドラゴンの本気の一撃を、自分たちの肉体で受け止めるつもりらしい。

 地上に接触する前の空高い場所でドラゴンのブレスを受けることで、被害を最小限にしようということらしい。


「ちょっと厄介ね」


 視線の先では今まさにドラゴンのブレスが、四本腕の肉の塔に衝突した。

 空気を引き込むような音がしたあと、接触した場所を中心に円形に爆発した。

 地上も空間も含めて、その場にあるすべてを飲み込み爆炎で包みこんでいく。

 凄まじい爆発音と、火山にでもきたのかと錯覚するほどの焦げた臭い。それらが遠く離れたここまで届く。


「あれで半分も減ってなさそうね」


 私は冷静に観察する。

 ある種こちらの切り札であるドラゴンの一撃。

 当初の想定では使うつもりもなかった切り札を使用してなお、敵の勢いは衰える気配がない。

 消費した四本腕の数だけ、奥から黒い影が集まってくる。

 蠢く影たちは一つの軍団として成立し、規律を持ってこちらに向かって進軍してくる。


 ドラゴンはブレスを放つことはなく、そのまま急降下を始めた。

 おそらく大気に不思議がほとんど残っていないのだろう。

 私の魔眼の力も、そこまでは届かない。

 急降下したドラゴンが、尻尾や腕を振り回して地上の四本腕たちを切り刻んでいく。


「いずれやられるなあれは」


 シュトラウスはそう呟いたあと、急いでセリーヌのとなりに移動して耳元で何かを囁いた。


「下がって!」


 セリーヌはシュトラウスに囁かれた直後に指示を出す。

 ここでドラゴンを失うのはもったいないというシュトラウスの判断だ。

 セリーヌは失う覚悟を決めていたが、彼はそのつもりはないらしい。

 まあ実際、最大のブレスを決めただけでも素晴らしい仕事はしている。

 今のドラゴンでは大した数を殺せないうえに、反撃で全身に切り傷ができ始めている。

 ここらで下げておくのが賢明かもしれない。


 セリーヌの声が響き、ドラゴンの全身を金色の光が包みこんだかと思うと、そのまま縮小してセリーヌの手元に戻っていった。

 ドラゴンという脅威がなくなった四本腕たちは、まるで何事もなかったかのように進軍を再開した。

 しかしドラゴンが無駄だったかといわれると当然そんな訳はなく、敵の数も依然として多いままだが多少は削れたし、敵の動きも観察できた。

 戦いにおける一番の武器は兵力ではなく、情報だ。

 どれだけ相手のことを理解できているかで、こちらの動き方が変わってくる。


 まず四本腕たちは、集団のためなら個体の死については無頓着だということがわかった。

 加えて彼らは案の定、四本の腕に剣を持って振り回す戦い方をしていた。

 空を舞うドラゴン相手にその戦い方を選ぶということは、遠距離攻撃の手段を持ち合わせていないという証明だ。


「ドラゴンでもだめなのか……」


 マルケスは落胆した様子を見せたがすぐに立ち直り、迫りくる四本腕の軍勢を睨む。


「砲撃を再開しろ! 接敵までにできるだけ敵の戦力を削げ!」


 マルケスの指示を受けた部隊長の号令が何度も響く。

 その度に綺麗に並んだ砲台から、放物線を描いて敵陣に着弾する。

 科学の極みといった攻撃だが、四本腕の軍勢は怯むということを知らない。

 失われた前線に次から次へと別の個体を投入し、一切の減速を見せずにこちらに向かってくる。


「くそ! 一体なんなんだアイツらは!」

「自業自得と言いたいところだけれど、一般市民まで殺されてしまうのは気分が悪いわね」

「ワシの罪か……」

「そうよ。だけど契約してしまった以上、私も全力で戦ってあげる。感謝しなさい」


 私はそう言って魔眼の力を最大限に引き出した。

 周囲に不思議が溢れ出し、不思議が枯れたはずの大地を潤していく。

 ここはもう私のフィールド、私の大地。


「おいで……」


 たった一音節の呪文を唱えると、私の周囲を円形に炎が走り始める。

 炎が一周したのち、私の眼前に数多の影が出現した。

 徐々に実体化していく私のプレグたち。

 白銀のオオカミ、金のライオン、黒いカラス、白い大蛇、植物のプレグ。


「なんだこれは……魔物?」


 マルケスは突然姿を現したプレグたちに恐れて一歩下がる。


「魔物ではないわ。プレグっていうのよ。まあ違いは人間にはわからないでしょうけれど」


 私の左右に白銀のオオカミと金のライオンが控える。

 彼らはじゃれるように私の手のひらを舐め回す。

 手のひらがベトベトになっていくのを放置して、私はさらなるプレグを呼び出す。

 私にドラゴンは呼び出せないが、一部分だけなら呼び出せる。


「一撃で消し飛ばしてあげる」


 私が力を込めると、数多のプレグたちのさらに前方の空間が歪む。


「これは遠距離専用のプレグ。一発打ったら消えちゃうからあんまり使い勝手は良くないんだけどね。燃費も悪いし」


 歪んだ空間にドラゴンの頭のようなものが出現する。

 大きさは人の二倍程度。

 これが生物かと問われるとなんとも言えないが、とりあえず私の遠距離戦最大戦力だ。

 姿を見せたプレグは巨大なドラゴンの生首だ。

 生首だけが宙に浮いている。


「なんだこれは……」

「言ってしまえば砲台かな?」


 私はマルケスの疑問に答えると、魔眼からさらに不思議を取り出した。

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