侍女らしき女性について庭に入ると、姿を見せたのは、すっきりとした青い色の衣を身に着けた女性だった。胸高に帯を締め、髪には珊瑚の髪飾りを挿している。
口早に侍女がささやいたところによると、この屋敷の奥方だそうだ。
「あなたが綾女の妹……碧音ね?」
「は、はい……あの、姉さんが盗みを働いたって本当なんですか?」
「私も、詳しいことはわからないの。彼女の人となりを知る機会もなかったし」
奥方ともなると、厨まで足を運ぶ機会はそう多くないそうだ。
綾女は、厨で働く使用人達の中でも、一番の新参者。奥方と接する機会がなかったというのもわかる気がする。
「食べ物を少々持ち帰ったぐらいなら見逃してあげられるけれど、盗まれたのはとても高価な金細工なの。さすがにそれは見逃すわけにはいかないわ」
「だけど、姉さんは厨の下働きです。奥の方に入る機会なんてないはずだし、どうやって盗んだんですか?」
「私に言われても困るわ。旦那様も、この件については相当腹を立てていて……『家宝に等しいものを盗むなど、許しがたい』とね」
本当に盗んだのであれば、姉は切り捨てられても文句は言えない。だが、その細工物はまだ見つかっていないそうだ。
今、牢に入れられているだけですんでいるのは、細工物をどこにやったのか聞き出すため。
いつまでも白状しなければ、殺されてしまうという。
そう告げた奥方は気の毒そうに眉尻を下げるが、姉をどうするかの決定権は彼女の手にはない。
何としても姉に会いたかった。
今の姉がどんな状況で、どんな思いをしているのか。姉の話を聞きたい。
「せめて、姉さんに会わせてもらえませんか。話を聞くだけでいいんです――もしかしたら、本当に細工物を盗んだのが姉さんだとしたら、どこに隠したのか私なら聞き出せるかも」
姉に会いたい一心で碧音がそう訴えると、奥方は目に苦悩の色を浮かべて黙り込んだ。
「……少しだけなら」
長い沈黙の末、彼女はそう口にした。
碧音は地面に手をついて深く頭を下げる。目が熱くなり、ぽたりと零れた涙が手の甲に落ちた。
「ありがとうございます……! 本当に……ありがとうございます……!」
「そう長い時間は無理よ。ついてきなさい」
「奥方様!」
「少しだけだから。あなたは、他の人達が牢に来ないよううまくやって」
側にいた侍女にそう命じるなり、奥方は、碧音についてくるよう合図して歩き始めた。慌てて碧音は奥方を追う。
母屋を通り抜け、さらに奥の方へと進む。
敷地内に牢を設けているのは、盗賊を入れておいたり、戦の捕虜を入れておいたりするためなのだと歩きながら奥方は教えてくれる。
牢は敷地の奥、裏山を利用して作られているらしい。
扉の前には、見張りが二人。奥方が何か言うと、扉を開いて中に入れてくれた。
扉の奥は、左右に曲がりくねった通路になっている。何か所か道別れになっていたが、奥方は迷うことなく足を進めた。
最奥まで行くと、左右にひとつずつ、格子で隔てられた牢がある。左手の牢にいるのは綾女だった。
「話は手短に。話が終わったら、元の場所から出ていきなさい」
そう言い残した奥方は、衣の裾を翻して立ち去った。
当主の目を盗んで来ているのだから、あまり時間はない。侍女は碧音が牢に来るのに反対していた様子だったし、時間稼ぎは期待できない。
「姉さん……大丈夫……?」
牢は薄暗かった。
明り取りの窓は天井近くに、ごく細い隙間が開けられているだけ。日が落ちかかっているこの時間ともなると、ほとんど光は入ってこない。
だが、微かに身じろぎする音が聞こえ、中に入れられている綾女がこちらに近づいてくる気配がした。
「本当に、碧音なの……?」
「何があったの? 姉さんが、盗みをするなんてありえないでしょ」
格子の隙間から手を伸ばし、綾女の腕に触れる。肌が冷たい。日が差さないここでは、空気も冷え込んでいるようだ。
「本当に、何も盗んでないの。だけど、使用人頭に『当主様の部屋であの娘を見た』って言われたら、誰も信じてくれなくて……」
姉の言葉に、碧音は唇を噛んだ。なぜ、使用人頭はそんなことを言ったのだろう。
どうにか無実を証明できる手立てはないものか。使用人頭がなぜ姉を犯人だと断じたのかわからない。
「でも……こうして碧音が来てくれただけで、嬉しい。父さんと母さんをお願い」
「姉さん……」
碧音の胸にこみ上げてくるのは、悔しさと悲しみ。こんなにも無力だ。
何か手を打たなければいけないと思いながら、何も具体的な案は浮かばない。
――その時だった。再び入口が開く気配がした。