侍女達の間に馴染むのに時間のかかった碧音とは違い、綾女はすぐに侍女達の中でも頭角を現すようになった。王妃の宮に上がったばかりの頃、失敗ばかりして夏子から直接指導された碧音とは違う。
王妃の宮に上がってからまだ日が浅いというのに、「さすが橘家の才女ね」と噂する声が碧音のところにも届く。
綾女は早々に神経を使うような仕事を次々と引き受け、まるで長年この宮に仕えていたかのごとく手際よく片づけてしまうようになった。
朝早くから王妃の衣装部屋へと足を運び、必要な衣や飾りの準備を整えると同時に、他の者が嫌がる雑用も率先して引き受ける。
さらに、王妃の好みをさりげなく他の侍女達にたずね、一度聞いただけで「どんな香りが好きか」「どんな色合いの衣を好むか」を覚えてしまうい、戸惑うことも少なかった。 いや、たずねるまでもなかった。王妃の仕草、たわいのない言葉、そういったものからも綾女は情報を集めていたようだ。
いつの間にか宮の隅々まで把握していて、まるで碧音よりも先に働き始めたかのようだ。綾女が王宮に来た日、胸がざわついたのはこれを予期していたのかもしれない。
「綾女、王妃様がお探しの書物、書物庫のどこにあるかわかるかしら?」
「その書物は、北の棚にあるはずですよ」
そう問いかけられれば、綾女はすかさず答える。
「王妃様の髪飾り、どれがいいと思う?」
と問われれば、その日の天候、衣の色合いなども考慮して、適切なものを選び出す。時には、他の侍女が存在を忘れているようなめったに使われない品を選ぶこともあった。
王妃の持ち物はきちんと一覧に記録されているのだが、その一覧まできちんと把握しているらしい。
碧音が見ていない場所でも、こういったことはしばしばだったようで、あっという間に、綾女は皆の信頼を勝ち得るようになった。
その日は、調理の手伝いに回されていた碧音は、綾女が厨房に来たのにすぐ気が付いた。
「綾女、どうしたの?」
「王妃様、昨夜の宴でお疲れみたいなの。胃に優しいものをいただけるかしら」
「わかったわ。粥と汁物でどうかしら」
宴の翌日でも王妃の食が進まないのは実は珍しい。いたって健康で、基本的には食欲が旺盛なのだ。
「いいわね。できたらすぐに運んでくれる?」
それだけ告げた綾女は、足早に出て行ってしまった。
碧音が出来上がった料理を王妃の部屋まで運んだ時には、他の侍女達が綾女を誉めているところだった。
「献立の変更まで気が回らなかったわ。綾女が気が付いてくれてよかった」
「いえ……昨夜、珍しくお酒をたくさん召し上がっていたから。今日は食欲がないのではないかと思っただけです」
「それで正解よ。汁物だけを欲しいとおっしゃっているもの――ああ、碧音。持ってきてくれたのね」
綾女と話をしていた先輩侍女がこちらを振り返る。碧音は、彼女に盆を手渡した。ここからは、先輩侍女の仕事だ。
碧音が厨房に戻ろうとした時には、また、別の侍女が綾女を誉めているところだった。碧音には目もくれない。
(……ここでも、同じような想いをするなんてね)
厨房に戻りながら、自嘲の笑みを浮かべる。
同じ王妃付き侍女とはいえ、碧音はまだ仕事に慣れていなくて新米扱いだ。
先に入った分、碧音の方が慣れていなければならないのに、あっという間に綾女に追い越されてしまった。
(できる綾女、駄目な碧音……屋敷にいた時とまったく変わらない)
ため息を押し殺しながら、乱れた心を必死に立て直そうとするが、そんなことでは気持ちを立て直すのは難しかった。