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第20話 祝祭の準備

 秋の祝祭が近づき、王妃の宮には様々な献上品が届けられ始めている。

玉や貴石、黄金の装身具や刺繍が施された織物、香料に至るまで、届けられたすべてを確認し、それぞれに応じた適切な保管場所に収めるのも侍女の仕事だ。


(……さすが、王宮。こんなにもたくさんの献上品は見たことがないわ)


 王妃に献上される品だけあって、いずれも最上級のものである。

 力を持つ一族の出身で、いい品を見慣れている碧音の目から見ても、ここに並ぶ品々は素晴らしい。目録を手に、届けられた品に間違いがないかを調べていく。

「……織物は、これで全部ね。あとは玻璃の器の数を確認して……」


 色鮮やかな絹織物。繊細な玻璃の器。銀の酒器。

日持ちするように硬く焼きしめた甘い菓子。干した果物。砂糖、蜂蜜、果実を使った甘い酒。食べ物や飲み物も多数届けられていた。

木箱を開いて目録と照らし合わせ、それぞれに応じた場所に運ぶよう、下働きの者に言いつける。

早朝から始まった仕事は、昼になってもまだ終わりが見えなかった。

 ふと気が付くと、数人の話し声と足音が近づいてくる。


(誰が来たのかしら? あまり好ましくはないのだけれど)


 王妃への献上品に、間違いがあってはならない。部外者が、この場に来るのは好ましいとは言えなかった。

 そこにいたのは健志だった。いつもの通り、取り巻きを連れて歩いている。

嫌な予感がして視線を落とすが、建志は碧音を見つけるなり、こちらに近づいてきた。

取り巻きがにやりと笑い、周囲を取り囲むかのように立ち位置を変えた。


「橘の落ちこぼれが、こんなところで何をしている?」

「王妃様の命により、献上品を確認しているところです。間違いがあってはなりませんので……」


 碧音は目を伏せたまま返した。

 献上品をそれぞれの場所に運ぶための下働きの者達もいるのだが、王子とその部下達が相手では、助けは期待できない。

 部外者は好ましくないが、第一皇子を部外者扱いするのも違う。


(……早く、行ってくださればいいのに)


 無作法ではあるが、そうも思ってしまう。

 取り巻きのうち一人が、建志にこそこそと耳打ちをする。建志はほんの少し顎を引いて笑った。


「献上品の数を数えるだけなら、呪符も扱えない落ちこぼれにちょうどいい仕事かもしれんな」


 それを聞いた男達がいっせいに笑う。

侮蔑混じりの言葉に、碧音は唇を結びながら頭を下げるしかなかった。今、下手に言い返せば、どんな目に遭うかわからない。

 それでも建志は満足しない様子で、にじり寄るように歩を進める。取り巻きも合図を受けるようにして、碧音の退路を塞ぎかけた。


「雑用ばかりでは退屈だろう? 俺の館に来れば、もう少しいい思いができるぞ」


 なんだろう、この感覚。まるで、目の前にいる建志の視線に絡めとられてしまったみたいだ。息苦しささえ覚えて、思わず右手を喉に当てる。


「王子様のお心遣いは大変光栄ですが、一人前の侍女としてお勤めしたいと考えていますので」


 柔らかな口調を心がけながらも、なんとか断ろうとするが、建志は薄く唇を歪めて笑うだけだった。


「まあいい。それがお前の望みならば。だが、俺は来る者は拒まぬぞ。なあ?」


 周囲の取り巻き達がくすくすと笑う。一人が口を開いた。


「たしかに、顔は悪くありませんね。殿下のお相手には、不足な点が多々あるようにも思えますが」


 明らかに値踏みしている視線を向けられても、碧音にできるのは、時が過ぎ去るのを待つことだけ


誰かに、こうしているところを見られたなら、どうしよう。建志に気に入られているという噂話だけが、また先走ってしまう。


「その気になったら、俺のところに来い」


 そう言い残した建志は、取り巻きとともに去っていく。周囲にいた者達の視線が、碧音に向けられた。それは、かならずしも好意的なものではなかった。


 建志にはしばしば声をかけられるが、他の娘が想像しているような色っぽい話ではない。


「あなた、また殿下から声をかけられたの? それより、早く仕事を終わらせなさいな」

「は、はい!」


 もしかしたら、見ていた下働きのうち誰かが、他の侍女に話をしたのかもしれない。注意しに来た先輩侍女は、碧音に対して冷たい目を向ける。


「すみません……仕事に戻ります」

「本当、どうしてあなたが橘家当主の娘なのかしら。綾女の方が、よほどふさわしいのに」


 仕事に戻ろうとしたら、そんな言葉が投げかけられる。

そんな風に言われるのはもう慣れた。慣れたからと言って、心が傷つかないわけではない。

 王妃への献上品を定められた場所におさめるのには、結局まる一日かかってしまった。仕事を押し付けられ、昼食をとる時間も与えられなかったから、空腹で頭が回っていない。


(あとは、全部の倉を確認して……)


 碧音は、目録を手に献上品が運び込まれた倉に向かっていた。指定された場所にすべての品が収められているか、確認してから戻るようにと言われたのだ。

 倉は、王宮の奥まった場所にある。人気も少なく、日が傾いた今は少々恐ろしさも感じさせる。

まずは、金や銀などの財宝を収めた倉。この倉には、見張りが立っている。碧音は彼らに戸を開いてもらい、倉の中に入った。

戸を開くと、ふわりと漂ってくるのは、優しい香りだ。献上品の中にあった香のものだろう。

 献上品が指定の場所に並んでいることを確認し、見張りに倉の中のものを持ち出していないことを確認してもらってから外に出る。

次の倉へ。そこでも仕事を終えたら、また次の倉。

 どの倉もきちんと片づけられていて、どこに何があるのかがわかりやすい。


「……問題なさそうね」


 目録に掲載されていたものが、すべて所定の位置に収められたことを確認する。あとは、干物や干し果物、酒などが収められた倉を確認したら終わりだ。

 宝物が収められた倉とは違い、さすがにここには見張りはいない。碧音は、夏子から預かった鍵を取り出し、戸を開いて中に入る。


(……こうして見ると、少し怖いわよね)


 他に誰もおらず、薄暗い倉の中は、薄暗がりの中に何かが潜んでいるような気がしてならない。

日もだいぶ傾いているから、早く仕事を終えたいところだ。定められた手順で確認し、倉を出ようとした時だった。目の前で戸がすっと閉められた。



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