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第22話 前世2――姉と妹

(また、違う人生を夢見ているのね)


 碧音は、すぐにそれに気が付いた。


「姉様、見て!」


 綾女の声が庭から響いてきた。どうやら、今回の人生では、碧音が姉、綾女が妹として生まれ変わっているらしい。

 振り返ると、彼女は両手に山吹の花を抱え、頬を紅潮させている。十四歳となった綾女は、日に日にその美しさを増していくようだ。


「綾女、そんなに沢山摘んでどうするつもり?」

「今年は特に見事に咲いているの。部屋に飾ろうと思って」

「それにしたって、摘み過ぎではない?」

「あら、姉様の部屋でしょ、私の部屋、それから、お父様のお部屋にも飾らなくちゃ」


 集めた花を抱きしめるようにして綾女は笑う。

 なんの邪気も感じられない笑顔。その様子を見守っている碧音には、その笑顔が眩しく映る。

 碧音より二歳年下の妹は、碧音の持たない明るさと活発さを備えている。二人はまるで昼と夜ほどに性格が違った。

 碧音が針仕事を好み、室内で静かに過ごすことを好むのに対し、綾女は歌と踊りを愛し、花々の間を駆け回ることを何よりも楽しんでいた。


「先にあなたのお部屋と、お父様のお部屋に飾りなさいな。私は残った分でいいから」

「姉様は、いつも私を優先してくれるわね」


 綾女はそっとつぶやく。申し訳なさそうに、眉根を寄せて碧音を見ていた。


「あなたは私の大切な妹だもの。さあ、花が傷む前に前に活けてらっしゃいな」


 頷いた綾女は、ぱたぱたと走り去る。後姿を見送って、碧音は息をついた。

昨年母を亡くして以降、綾女は沈み込んでいた。ようやく最近、笑顔を見せてくれるようになったのが嬉しい。

 戻ってきた綾女の手には、山吹の花が活けられた花筒があった。


「これ、姉様の分。そこに飾るわね」

「ありがとう」


 部屋の隅に、花筒が置かれる。たいした大きさでもないのだが、一気に部屋が明るくなった気がした。

 再び部屋を出ていくのかと思っていたら、綾女は碧音の隣に座りこむ。そうして、庭の花に目を向けた。


「ねえ、姉様……いつか、私達も誰かと結婚しないといけないのでしょう?」

「そうね。そうなるわね」


 妹の言葉に、碧音はうなずいた。十六になる自分には、そろそろ縁談が持ち上がってもおかしくない年齢だ。

 父が選んだ相手に嫁ぐことになるのだろう。いや、この家に婿を迎え入れる形になるのかも。いずれにしても、碧音の気持ちを問われることはない。


「どんな人がいいかしら? 私は、強くて優しい人がいい。笑顔が素敵で、私の歌を聴いてくれる人。笛を吹いてくれたら、彼のために舞うわ」


 結婚の話を持ち出した綾女は、まだ、結婚が何を意味するのか、真の意味では理解していないようだ。綾女が夢見る相手に嫁げる可能性は低い。

 だが、妹の夢を壊したくなくて、碧音は微笑んだ。


「そうね。素敵なお相手だわ。私は……静かに語り合える人がいいかしら。私の気持ちをわかってくれる人」


 両親の間には、会話らしい会話はなかった気もする。父は、自分の思うようにふるまうのが当り前で、母の言葉には耳も貸さなかった。


「姉様らしいわ。でも、もっと具体的に想像してみなくていいの? 背が高い人とか、剣の腕が立つ人とか……踊りの上手な人でもいいのよ」

「そんな風に考えたことないわ」


 続く言葉は呑み込んだ。父の決めた相手に嫁ぐしかないのだから、夢なんて見ない方がいい。


「考えた方がいいわ。だって、そうしないと出会った時に相手が運命の人かどうかわからないじゃない」


 綾女の言葉には答えることなく、碧音は山吹の花弁を指で撫でた。その柔らかな感触が、碧音を安堵させる。


「姉様、約束して。どんな人と結婚しても、私を大切にしてくれるって」

「もちろんよ。あなたは私の大切な妹。それはどんな縁があっても変わらないわ」


 綾女はにっこりと笑い、そっと碧音の手を握った。その手の温もりが、碧音の心に深く沁みていく。


「私たち、きっといい縁に恵まれるわ」

「そうね。お父様に期待しましょう」


 碧音は微笑んだけれど、綾女とは見ている方向が違うかもしれない。




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