また、夢を見た。
目を覚ました時には、身体中が冷や汗でびっしょりだった。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなって周囲を見回してみる。
王宮内に与えられた部屋だ。窓からは月明かりが差し込んでいて、明るく照らしている。
(……あの夜みたい)
そう考えた瞬間、両手で自分を抱きしめた。
今、見ていた人生では、誰かに刺されて池に落ちた。池の中から最期に見た月もこんな風に美しくて……。
今見えている月が、あの時の月に重なって見えた。
思わず胸に手を当てて自分をなだめようとする。刃物で刺された痛みがまだ残っているみたいで、心臓がドキドキしている。
(……夜明けまではまだあるわね)
大きく息をついてから、もう一度横になる。夢見が悪かったからと言って、仕事に支障をきたしてはならない。
今日は、王妃の側に侍る必要はない。
そのかわり、碧音に与えられたのは、王妃の居室から見える庭を掃き清める仕事だった。
箒を動かしながら、つい、考え込んでしまう。
(また、同じ夢……ううん、龍海殿下と関わったから殺された……?)
成人の儀以降、時々こうやって生々しい夢を見る。
最初の夢で、川に転がり落ちた時の息苦しさとか。
昨夜の夢で胸を貫いた刃の痛みとか。
起床してからだいぶたっているというのに、時々心臓に手を当てて確認してしまうほど、今朝の夢には恐怖を覚えた。
「こんな時、お母様がいてくれたらなんとおっしゃるのかしらね」
とつぶやいてものの、碧音に早くに亡くなった母の記憶はない。
父との仲が冷え込んでいけば冷え込んでいくほど、母が生きていてくれたらと願わずにはいられなかった。
(お母様が生きていたら……相談できたのに)
以前だったら、まず綾女に相談していたと思う。だが、今となっては、綾女にもうかつなことは言えないと判断せざるを得ない。
夢の中では、立場こそ違えど、綾女も常に側にいた。三人の間に、どんな因縁があるというのだろう。
掃除を終えた碧音が向かったのは、侍女長である夏子の部屋だった。王妃が出かけている時、彼女はたいていそこにいる。
「夏子様、よろしいでしょうか」
碧音の声は自分のものとは思えないほど細く、弱々しいものだった。内側から戸が開かれ、夏子が顔をのぞかせる。
「どうしたの? まあ、中にお入りなさい。 何か問題でも? 顔色がよくないわ」
「……夢を、見るのです。それも、とても生々しい夢を」
夏子の前で正座し、床に視線を落としながら言葉を探す。
どこから話せばいいのか、なんとなくここまで来てしまったものの、まったく心の整理はついていなかった。
自分が過去世で何度も殺されてきたこと、その相手が近くにいるかもしれないということを、どう説明すればいいのか。
しかも、皇子である龍海と侍女として王宮に上がっている綾女がその過去世に関わっているなんて。
「どんな夢だったの?」
長年の間王妃の侍女として勤めあげてきただけあって、夏子の声音には人を落ち着かせ、話を引き出そうとする気配があった。
「私が……何度も生まれ変わって……そして、何度も……殺されるんです」
最後の言葉は、ほとんど聞こえないぐらい小さかった。それでも夏子の耳には届いたようだ。彼女は一瞬驚きの色を浮かべ、それから、息をつく。
「あなたは、生まれ変わりを信じているの?」
「わかりません。でも、ただの夢と思うにはあまりにも……生々しいと言うか、感覚までわかるというか」
両腕で自分を包みこむようにして、身を震わせる。水の中でもがいた時の息苦しさも、胸を貫いた刃の痛みも覚えている。
成人の儀の時に見た夢はそれだけではなかったから、もしかしたらこの先まだ新たな死の感覚を知るのかもしれない。
「……そう、そうなのね」
「信じてくださいますか?」
生まれ変わりという概念がないわけではないが、何度も生まれ変わった記憶を持つ者なんて術師としての家に生まれた碧音でさえ出会ったことはない。
だが、目の前の夏子は、碧音の突拍子もない言葉を信じてくれているように見える。
「長く生きていると、嘘と真実の区別ぐらいはつく――あなたの記憶が何を意味しているのかはわからないけれど」
そっと近づいてきた夏子は、碧音の肩に手を置く。その手には、まるで母のような優しさがあった。
「千代様とお話をした方がいいでしょうね」
「千代様?」
「神殿で最も古参の神女なの。神々の声を聞き、星の動きを読み解く方。王妃様が、あなたを王宮に招いたのは、千代様とお話をしてのこと。きっと、何かご存じなのでしょう」
神殿で暮らし神に奉仕する神女達は、神術と呼ばれる独自の呪術を使って神の力を引き出すとされている。予言だったり、邪を払う力だったり。
(……でも、何故……?)
夏子の言葉を聞いても、碧音の疑念は膨らむ一方。橘家では落ちこぼれと言われていた碧音をわざわざ王宮に招くなんて、どんな意図があるのだろう。
「時が来れば、あなたと会うことになるとおっしゃっていたけれど、きっと今がその時なのでしょうね。あの方なら、あなたの見た夢について何かわかるかもしれない」
「……よろしくお願いします!」
碧音は深々と頭を下げた。これで、悪夢から逃れられる。そんな期待をして。