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第48話 新たな修行

「頑張ってね……あなたに、苦労をかけることになってしまうけれど」


 そう声をかけてくれた王妃は、少々申し訳なさそうな気配も漂わせている。碧音は首を横に振った。

 新しい道を開くきっかけは、王妃の手助けで見つけられた。

 恩を返したい、と言ったら大げさになってしまうだろうか。


「お役に立てるよう、精一杯努力いたします。王妃様……今までありがとうございました」


 王妃の前で深々と頭を垂れる。

 思えば、侍女として王宮に来た頃、碧音は失敗ばかりだった。王妃はそんな碧音を見捨てず、夏子の指導を受けられるようにしてくれた。

 おかげで、侍女としてなんとかやっていけるようになった。これからも、力の限り王妃を支えたいと思っていた。その気持ちを忘れたくない。

 話し疲れたのか、夏子に合図をした王妃は寝台に身を横たえた。


(……頑張らなくちゃ)


荷物をまとめて、神殿に移動する前に他の侍女に挨拶して、必要な引継ぎをして――頭の中でやるべきことを組み立てる。

 明日からは、今までとはまったく違う生活が始まる。


「碧音」


 支度を始めるために王妃の前から退出しようとすると、夏子が声をかけてくる。


「あなたは、大変よく頑張りました。もし、これから先困ったことがあったならば――遠慮なく声をかけてください」

「王妃様、夏子様……ありがとうございました」


 碧音は、丁寧にその場で頭を垂れる。

 侍女としても落ちこぼれだったかもしれない。だが、たしかに王妃と夏子と過ごした日々の中には温かさもあった。


 生家では、ほとんど与えられることのなかった温かさが。


 必要な引継ぎを終えて神殿に向かうと、白い装束に身を包んだ神女が立っていた。彼女は碧音を見るなり表情を柔らかくする。


「あなたが、碧音ね。神女見習いになったのでしょう? 私は、祐葉。当面、あなたに必要なことを教えるように言われているわ。私もまだ見習いなのだけれど……」


 祐葉は、碧音より数歳年長に見えた。長い間修業を続けてきたのだろう。彼女の衣は、着慣れた雰囲気が漂っている。


(この人達と修業するの……?)


 急に緊張してきた碧音は、丁寧に頭を下げた。


「よろしくお願いします」

「ええ、こちらに来て」


 案内されたのは、これから碧音が生活する空間だった。

 とても狭い部屋。棚がひとつと、寝台のみ。部屋の中にあるのはそれだけだ。

 あとは身動きするのもやっとの空間しかない。

 寝台には、今祐葉が身に着けているのと同じような装束が置かれていた。


「大部屋ではないのですか?」

「橘家ではそうだったの?」


 碧音は頷いた。

 橘家では、見習い呪符師達は大部屋で生活する。同じ部屋で暮らすことにより、互いの絆を育てるらしい。

 協力して術を行使することもあるから、気心が知れている方がいいという判断だ。


「私達は全員個室ね。一人で、静かに瞑想をして自分の霊力を育てたりするの。神女として力をどこまで伸ばせるのかは、地道な努力にかかっているから」


 たしかに狭いが、他の人のいない空間は落ち着けてありがたい。抱えてきた木箱を壁に押し付けるようにして置いたら、碧音の引っ越しは終了だ。


「今日は、私があなたを案内するわね。明日の朝から、千代様が修業してくださるそうよ」

「……はい」


 緊張した面持ちで、碧音は室内を見回す。明日から、うまくやっていけるだろうか。

 翌朝、早くから碧音の修業は始まった。

 深呼吸してから、碧音は修業の間の戸を開く。

 室内は無人だった。

 祭壇の上には、様々な道具が並べられている。

 浄化に使う神具、塩、酒、そして巻物に水の入った銀の器等。

 碧音は、その前に座した。すぐに修業が始まるだろう。

 目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。自分の体内にある霊力を感じ取る。

 これは、呪符師としての修業の中で教えられたこと。きっと、ここでも役に立つ。


「もう来ていたのか。では、こちらへ」


 さほど立たないうちに千代が姿を見せた。碧音を祭壇の前に座らせた千代は、巻物を開く。


「本来なら、邪気を感じるところから始めるのだけどね。最初は邪気を感じ、そして浄化。だが、そなたはもう浄化までできるようになっている。橘の家で、霊力を育ててきたからだろう」


 橘家での日々は無駄ではなかったのだと、初めて思えた。

 碧音は、千代の前で頭を下げる。


「これからの修業は、そなたの力をさらに洗練させ、より効果的に使いこなせるようにするためのものだ。まずは、鈴を出しなさい」


 千代の言葉に、碧音は静かに頷いた。懐から母の形見の鈴を取り出して、千代の前に置く。


「この鈴は、あなたの力の核となるもの。だが、鈴だけに頼らず、自分の内なる力も磨いていかねばならない」

「はい、千代様」


 覚悟はしていたつもりだったが、修業は予想以上に厳しいものだった。

 まず、霊力を高めるための瞑想から始まる。静かに呼吸を整え、自分の内側に意識を向けていく。


「息は鼻から吸い、口からゆっくりと吐く。その時、身体の内側を流れる霊力の流れをより強く、より自在に操れるように意識を向けるのだ」


 千代の穏やかな声に導かれながら、碧音は霊力の流れを制御しようと試みる。

 橘家でも、同じような修業はしてきた。昨夜、寝る前にもやってみた。

 既に邪気を浄化することはできるが、これからは、より繊細な霊力の操作が必要となるそうだ。


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