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31「兄姉」


 【時封じのレンズ】。

 それは古代型迷宮【銀庫】より出土した道具の一つだ。

 一点物であり元は王家の宝物庫にあったものだが、ある戦争の勝利の報酬として第一王子ダジルが国王より譲り受けた品である。


 モノクルのような形状をしたそれは、上部のボタンを操作することで映像を録画し、録画した映像をいつでも閲覧する機能がある。


 魔力が一切宿っていないことから、魔術的な作用で動いている訳ではないことは分かっているが、ではどうやってそんな機能を付属させているのかは誰も解明できてはいない。

 分かっているのは、暗闇に長く置いておくと効果を失うがまた太陽の光の下へ晒すことで復活するということだけだ。


「何度見ても意味が分からん。いったいこの数カ月で何があればこんなことが可能になると言うのだ……」


 私室の仕事机に腰を掛けたダジルは、モノクルに映った『ネル』と『黒い龍』との戦闘映像を見ながら感嘆の声を漏らす。


「しかし事実にございます」


 黒い装束を顔を含めた全身に纏った性別の判断もできる人間が、ダジルに向かって膝を付きながら中性的な声で答える。


「私はこの目でその場を見ました。恐るべきは戦闘の最中にも関わらず、己を高める賭けに身を投じ続けたその狂気。全知覚機能が龍へ向いてからこそ私の存在を感知されてはいなかったでしょうが、そうでなければ確実に発見されていたでしょう」

「お前でもネルには勝てないか?」

「寝床、厠、風呂、いつを狙おうとも不可能です」

「そうか、ではお前ならば殺せるか?」


 部屋中のいたる影より赤い眼光が幾つも現れる。

 その数は数十か数百か……


「容易に」

「簡単に」

「当然に」

「早急に」

「迅速に」

「素早く」

「天国へ」

「地獄へ」

「あの世へと」


 神経を逆なでするような嘲笑を含む無数の声が部屋の中を木霊する。

 それはまるで地獄の獄卒が拷問する獲物を発見したかのように、とても嬉しそうでとても残虐な声音だった。



 ◆



 イライラする。


 怒りに身を任せて聖剣でヤミの結界をぶっ壊してやろうかとも思うレベルだが、そんなことをしても俺の目的は果たせない。

 禁書庫を守る結界術式【五神盾アランテス】には、破壊されると爆音が響く機能が付いている。

 壊せても数十秒で衛兵がすっ飛んでくるってことだ。


 聖剣ならその機能ごと無効化できるかもしれないが、それでも朝にはどうせ見つかる。

 速読ができるとはいえ、難解な魔術書相手なら一冊三分くらいは時間が欲しい。

 閉館時間から朝まで全力で読書したとしても三百冊程度しか読めないだろう。


 だがこの国やその前進となった国が千年以上掛けて収集した禁書がその程度の数で済む訳がない。

 その三百冊に俺にとって意味のある魔術書が無かったら骨折り損で、以降は二度と禁書庫に入る機会はなくなるだろう。


 結局、術者ヤミ国王おやじに入室の許可を貰うしかないってことだ。


 あぁ、ムカつく……


「クラウス、相手しろ」

「かしこまりました」


 クラウスが疲れるまで戦い続け、クラウスを休ませている間はヨスナのイメージと戦う。

 それを繰り返した。

 いつの間にか空は夕焼けで、時計を見れば八時間以上経っていた。


 腹が減った。


「食堂へ行く」

「かしこまりました」


 普段なら飯はクラウスが部屋まで運んでくるが、全く足りる気がしなかった。


 昼食を抜いての夕食。

 机一杯に広げられた料理は数十分でなくなっていく。


「坊ちゃま、そんなに急がなくても……」

「へいひょうひひゃ」

「成長期でも十人前も食べたりしませんよ」


 俺にはまだまだ筋肉が必要だ。

 そのためには脂質がいる。

 だから食う。


 別にイライラしてるからじゃない。

 マジで。絶対。普通に体づくりの一環だし。


 軽い吐き気を催すくらいの量を平らげると、積み上がった皿が給仕に回収されていく。

 そうすると向かいの席に俺を見つめる顔があった。


「この暴食も君の強さの理由の一つなのかしら?」


 銀髪をハーフアップにしたその女は、継承戦の会議にも出席していた王女の一人。


第二王女シルヴィアか、お前俺のストーカーかなんかなの?」

「おや、その様子だと私が見ていたことに気が付いていたみたいね」

「まぁ八時間も監視されちゃな」

「驚きました。私、城の三階から双眼鏡で見ていたのに」

「警戒しながら戦う練習にはなったな」


 こいつは魔術師じゃない。

 剣士とか戦士でもない。

 戦闘能力は皆無だ。


「それで?」

「ネル、私に付かないかしら?」

「予想に難くない退屈な提案だな。けどそれはお前が一人じゃ弱いって言ってるようなもんだろ。そんな奴と組んだって意味あるか?」

「そうね……」


 付き添いの執事とメイドが一人づつ。

 かなり後ろの方でこっちの様子を伺っている。

 下がらせてるのはこいつだろう。

 下の奴の前で俺のこの態度を許す訳にはいかないから、その配慮ってところだろうか。


 空気を読む力とか処世術とか、そういうのは備わってるんだろうが、今回の継承戦は内容的に『武力』の比重が強い。

 後ろ盾が何なのかにはよるが、こいつ単独じゃ勝ち目は薄いだろう。


「ですが君の目的は禁書庫に入ることでしょ? でしたら私が玉座に付いた暁には、その願いを叶えると約束するわ」

「俺が王になって禁書庫を閲覧し、終わったら適当な奴に王位を投げる。その方が確実だ」

「そうかしら? お兄様方やお姉様、それに第七王子ミラエルも手強いわよ?」

「そうか? あそこにいた全員が纏めて掛かって来ても多分俺が勝つぞ」


 俺がそう言うと、シルヴィアは噴き出すように笑った。


「んふっ。いえ、そうね。そうかもしれない。でも、この継承戦でそんな単純な状況が訪れることはきっとないわ」


 そのままシルヴィアは話を続ける。

 兄や姉の戦力についての話だ。


「第一王子ダジルは軍関係者からの支持が厚く、国軍の一割を私的運用可能。更に王家直属の暗部を統括しているともっぱらの噂よ」


 暗部。暗殺者の類か。

 まだそこまで相手取った経験はない種類の敵だ。


「第一王女シャルロットは世界一の商会から援助を受けていて、第三王子コーズは博識で国の研究者への予算会計は彼が決めている。彼らには【銀庫】を攻略する戦闘能力はなくとも、オーバーテクノロジーを集めたり、創り出す力があるってことよ」


 継承戦の勝利条件はこの国に存在しないテクノロジーを国王の前に持っていくこと。

 銀庫の第六階層に到達せずともその条件を満たせるなら、そもそもダンジョンに赴くための戦力なんて必要ない。


「第二王子ケネンは魔術協会から支持されているから、その戦力と知識を用いてダンジョンへ挑める」


 ケネンね。

 あいつは雑魚だが魔術協会の上層部の魔術師の力を使えるなら、その脅威度は跳ね上がる。

 俺の知らない術式で攻撃されれば、確かに厄介だ。


 だがこいつらは王子王女の中でもかなり年長の奴らだ。

 支持される理由も分からなくはない。


 だが最後に残った一人、俺と七つしか違わないくせに俺の魔力に怯むこともなく笑みを浮かべていたあの男のことは気になっていた。


「ミラエルは、あいつはなんだ?」

「彼が気になるの? いえ、それも当然なのかもね、彼は君と同類よ」

「同類?」

「第七王子ミラエル、先天的に魔力と身体機能に異常発達が見られる天性の『最強』。数々の上位魔獣を単独で打ち倒し、何人もの強者を一騎打ちで破っている。その才覚はかの【剣聖】の一人に認められ、今はその方に剣を習っているらしいわ。魔術と剣術、その双方で彼の実力はこの国で突出している」


 剣聖……の弟子……


「確かに、俺と同じだな」

「龍を打ち倒した君でも、単独で彼には勝てないと思うわよ」

「……そりゃあ、楽しみだな」

「ッ……今の話を聞いて笑うのね。やっぱり私と――」


 その言葉が言い切られるよりも前に、俺とシルヴィアの間、食堂のテーブルの上に金髪を揺らしながらそれは勢いよく着地する。


 木屑が舞うと同時に白い歯を見せながら、そいつは俺に魔力を込めた殺気を発す。


「やっほ、僕の言ったこと憶えてるよね? あの都市くれよ?」

「ミラエルッ!? 何故ここに、食堂の扉は封鎖しておいたはず」

「やっほーシルヴィア姉さん。でも僕を止めるならあの五倍は用意しないと」


 やけに食堂に人が少ないと思ったが、シルヴィアが護衛を使って扉を塞いでいたらしい。

 確かに、ミラエルが入って来た食堂の扉の奥に気絶している兵士が何人か見える。


「お嬢様」

「お下がりください」


 ミラエルの登場を見てシルヴィアの使用人が彼女を守るように前に出る。


「ミラエル様! このような狼藉は……」

「うるさいんだけど、モブは黙ってなよ」


 俺を向いていた殺気がメイドの女へ向けられる。

 テーブルに手を置いたミラエルは、腕を軸にして回し蹴りを放った。


「魔力障壁」


 魔力障壁は魔力を用いない攻撃に対してあまり効果的ではないが、それでも――


 パリン、パリン、パリンと、魔力障壁の割れる音が三つ響く。


 蹴りはメイドの顔面の直前で四枚目の魔力障壁によって止まっていた。


「ひっ……」


 腰を抜かしたメイドを見下し、ミラエルは俺を向き直り好戦的な笑みを浮かべる。


「邪魔するなよ、弟くん」

「ありがとう、助かったわネル」


 椅子から立ち上がり、メイドに傷が無いことを確認したシルヴィアは俺に頭を下げる。


「気にするな。飯終わりに人間の頭が潰れるところなんか見たくなかっただけだ。で、テメェは何をしに来たんだ? まさか俺がはいそうですかって自分のモンをお前にやるとでも?」

「あーそうだよね。お前はそう言うと思った。だから吹っ掛けてるんだ。喧嘩しようよ、退屈なんだ」


 金髪マッシュから覗く好戦的なルビーのような赤い瞳には、人を傷つけることを全く怖がっていない闘争本能が垣間見えた。


「決闘って訳か?」

「そうだね」

「ちょっと待ちなさい! 私の話を聞いていたでしょ!? ミラエルは軍で一番強い将軍との一騎打ちで完勝しているわ。それはつまりこの国で一番強い個人ということで……」

「「黙ってろ」」

「ッ――」


 俺とミラエルが声を揃わせ睨むと、シルヴィアは息を呑んで沈黙した。


「僕が勝ったらナスベ龍街を貰う」

「いいぜ、じゃあ俺が勝ったらお前一生俺の犬な?」

了解わーんわん


 それは獣のような獰猛な視線だった。

 俺もヨスナと戦って以降、碌な相手がいなくて退屈だったんだ。

 国最強が相手してくれるってんなら、願ったり叶ったりだぜ。


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