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32「雷鳴」


 俺たちは王城にある騎士団の詰所にある訓練場へ移動してきた。


『訓練場貸して?』


 そうミラエルが一声言えば使用許可は簡単に降りた。


 その時に答えた騎士の顔はかなり引き攣ってたから、こいつが将軍を倒したって話も本当なんだろう。


 夜間だから騎士は多くないが、それでも居ないわけじゃない。

 俺とミラエルの決闘の視聴者はシルヴィアも合わせて三十人程度まで増えていた。

 それに、遠巻きに監視してる奴も何人か居る。


「中庭の方がいてるぞ?」

「客は多い方がいい。誰も見てなかったらお前が僕より弱いって証明してくれる人がいないじゃん?」


 俺の評価はナスベ龍街を守る龍を倒したという『個人戦闘能力』が占める割合が多い。

 つまり、ミラエルと同系統の才覚だ。

 だからこそ、こいつとしても早めに優劣をはっきりさせておきたいんだろう。


 まぁ、『退屈だ』って話も嘘って訳じゃなさそうだが……


「もう一度確認するけど、僕が勝ったらナスベ龍街を貰う」

「あぁ、俺が勝ったらお前は一生俺の犬だ」


 一騎打ちで国最強の王子。

 お前の実力がヨスナと同じように俺の進化を引き起こす段階にあるのか、それを確認させて貰おう。


 互いに構えるのは練習用ではない真剣だ。


「気絶か降参、もしくは死亡で負けね?」

「いいだろう」


 この国じゃ決闘は禁止されてない。

 王子同士ともなれば、その約定は確実に果たされるだろう。

 だから負けられない。

 これは勝たなけれならない理由がある戦い。


「クラウス、止めなくていいの?」

「シルヴィア様……この戦いは坊ちゃまがお決めになったことです。武人が覚悟を持って果し合いに挑むのならば、それを止めることは恥ずべき行為ですから」


 故に、誰も俺たちの戦いを止める権利を持たない。

 あぁ、楽しくなってきた。


 それに、おそらく俺とミラエルはこの場に居る全員を単独で制圧できる。

 騎士たちもミラエルを止められないことは分かっているのだろう。

 邪魔は入らない。


「それじゃあ行くよ」

「来い」


 俺がそう言った瞬間、ミラエルの全身を黄金の雷光が走る。

 それは身体に纏われ、ミラエルの運動量を強化する。


「――迅雷イナズマ


 その魔術は俺がヨスナとの戦いで開花させた力と同質。

 基本的な身体強化術式に属性の力を組み込むことによって効果量を増加、または特化させる発展術式。


「雷属性の、圧倒的な加速……」


 クラウスの驚愕に満ちた声が耳に入る。

 確かにミラエルの加速力は大したものだ。


 だが、


「付与――【蒼炎】」


 雷属性の身体強化は速度特化型、膂力はそこまで増さない。

 剣に纏った炎があれば、その一撃でも受け切れる。


 ――弾く。


「まだまだ」


 笑みの籠ったミラエルが連撃を繰り出す。

 俺はそれを全て丁寧に受け流していく。


 お前の運動量は確かに俺より多い。


 俺より速く、俺より重く、俺より強い。


 だが、お前は目の使い方が稚拙で技術が雑だ。

 運動量が俺の倍あるとしても、動作の数が俺の倍あるなら意味がない。


 そしてお前の剣術に慣れるほど、俺の受けの精度は上がる。


「ッ――」


 滑らせ、絡めとり、一本の剣が舞う。

 回転しながら空中へ跳ね上げられたそれが落ちるよりも早く、俺の剣はミラエルの首元へ。


「なんで……」

「目と頭、あと腕だな。お前に足りない物だ」


 こいつの術式には弱点がある。

 そもそもこいつの加速の原理は、生体電気を完全にコントロールすることによる脳から身体への命令速度の向上だ。

 それに筋肉へ電気を与えることでリミッターを一時的に外している。

 だから初速や切り返しが異常に速い。


 しかしその驚異的な能力を再現するために、こいつは一秒間の動きを毎回入力して動いている。

 その一秒間は、必ず命令通りに身体が動く。

 途中でキャンセルできないってことだ。


「やるね」

「この程度なのか? 国最強ってのは」


 だから読める。

 魔力の流れを感知する俺の【骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン】ならこいつの一秒先の動きを見続けることができる。


「聞いてなかったの?」

「あ?」

「この戦いの敗北条件を!」


 俺の剣の刃先をミラエルが握り、その腕から血が垂れる。

 同時に振って来た剣を掴み、その突きが俺の顔を狙う。


 だが、それも全て【視えている】。


 首を逸らして突きを避け、頬と肩で刀身を掴む。


「付与――【軟化】」

「はぁ!?」


 ミラエルの剣の攻撃力はゼロへ。

 続けてさっきも使った魔術を再実行。


「付与――【蒼炎】」


 俺の剣に蒼い炎が纏う。


っつ――」


 刀身を手で掴んでいたミラエルの左手は、熱さを感じて剣先から手を離す。


「【火球】」


 俺の左手からゼロ距離で放たれたその魔術に対抗する術をミラエルは持たない。

 右手は剣ごとに俺の肩と頬に捕まれ、左腕は炎を怖れて引かれた。


 火球の魔術はミラエルの腹を爆発させ、その身体を吹き飛ばす。

 衝撃でミラエルは剣を取りこぼした。


「【軟化】解除。立て」


 付与術式を解いた剣を倒れたミラエルに投げ渡し、戦闘の継続を催促する。


「大した威力じゃねぇだろ?」


 ミラエルは属性付きの身体強化で身体を覆っていた。

 防御力も上がってるはずだ。

 それにシルヴィアもこいつの身体能力は群を抜いてるとか言ってた気がする。


 才能があるって言うならまだ立てんだろ。


「……すごいよお前。こんなのは師匠と初めて戦った時以来だ。だけど、主人公は僕だ!」

「それでいい。信じて立ち上がれ。勝者足りえる力は勝者の思考からしか生まれない」


 俺は天才を知っている。

 己が天才ではないと自覚している。


 それでも、天才に勝てないと思ってはいない。

 遺伝子は越えられる。

 龍を殺して、俺はそれを証明したのだから。


「【疾風ハヤテ】【迅雷イナズマ】!」


 風と雷が、ミラエルの体表を循環する。


 二種類の属性……

 二種類の身体強化……


 今までの生体電気をコントロールするだけではなく、風の属性を纏った今のミラエルの動きはさっきよりも一段階――速い!


 それでも――


 火属性身体強化術式――


「【燃身ねんしん】」


 ギアを上げられるのは俺も同じだ。


 ミラエルの動きを追いながら、適切な受けを続けた。

 人外染みた三次元軌道だが、動きが大雑把で大袈裟で、ちゃんと見れば派手なだけの大道芸に過ぎない。

 俺なら捌ける。


 ヨスナとの戦いで魔力感知と身体強化が進化したからこそ可能な迎撃。


第七王子ミラエル、確かにお前は国一の才覚と言われるだけのことはある。だが今はまだ、ただの天才だ。最強を名乗るには足りない物が多すぎる」

「凄い、凄いよ!」

「何がそんなに嬉しいんだ?」

「僕の全力を受けられるなんて!」

「なるほどね、そりゃ退屈だな。お前には適切な相手が居なかったのか」


 確かにこいつが十七歳ってことを考えれば破格すぎる強さだ。

 魔力量、身体能力、共に俺より圧倒的に上位。

 技術は稚拙だが、覚えはよさそうそうだし、雷属性の身体強化術式のせいで散漫になってるだけで反応速度が悪い訳じゃない。


 これだけの術式を扱えるなら魔術的な才能も相当だろう。


「単調過ぎるぞ? 動体視力が悪い訳じゃないんだろ。その雷術式はお前の感覚の使い方に合ってない。お前はもっと視野や直観、魔力感知を磨くべきだ」

「この状況で指導? そっか……そうだよね……差は歴然だ」

「そうだな」

「僕はこんなに楽しいのに……でも、お前は楽しめてないんだね」

「……」


 俺は何も答えなかった。

 それでもミラエルは俺の表情から何かを読み取ったのだろう。

 ミラエルは寂しそうに笑っていた。


 才能だけで人は最強へ至れない。

 リアは精霊眼を持ち、圧倒的な寿命があった。

 ヨスナは獣人の特性を持ち、自己を対象とする強化術式の覚えは早く、その才能はビステリアに見初められるほどだった。

 ヨスナの操作術式の才能は龍へ至るほどの常軌を逸したものだった。


 それでも、あいつらは最初から強かった訳じゃない。

 最初は俺よりずっと弱かった。


 才能だけじゃだめなんだ。


 ――目的を、渇望を、願望を。


 あいつらは今を生きていて、俺は過去にしか生きていない。

 きっとそれが敗因だ。

 だがあいつらとの戦いを経て、俺の中に炎が灯った。

 活力というか、生命力というか……


 強くなりたいと、いっそう強く思えた。


 だから、俺はその感情の灯し方を知っている。


「敗北を知り、悔しさを覚えろ。温室育ちじゃ俺には勝てねぇよ」


 剣を鞘へ仕舞い、構える。

 全身の魔力を渦巻のようにうねらせる。

 体内を循環する全ての魔力はその流れを保持したまま、一斉に刀身へと収束し――


「なんだよそれ……」

「終奥――」


 見せるつもりはなかったし、見せずとも勝利は確実だった。

 それでも見せつけたいと思った。


 お前の才覚は、リアやリンカやヨスナを越えている。

 だからもったいない。

 お前は敗北を知り、その才能に見合った渇望と共に修練に励むべきだ。


「龍太刀」

「飛ぶ……斬撃……!」


 斬撃としての性能を削ぎ物理的衝撃に全振りした。

 死にはしないだろうが骨は何本か折れるだろう。

 気絶させて俺の勝ちだ。


「すげぇ……!」


 そう呟いたミラエルへ俺の斬撃は飛来する。

 あいつの加速力でもこの距離の龍太刀は避けきれない。

 龍太刀の発射速度はそれほど圧倒的だ。


 俺の勝利は確定していた……



「魔奥――【雷切】」



 明後日の方から静かに呟かれたその言葉と同時に、俺の斬撃に対して側面から別の斬撃がぶつかった。


 俺のと同じ、飛ぶ斬撃……

 だが、それは無属性の術式に定義される龍太刀とは異なる。

 その一撃は雷属性の魔力を帯びていた。


「サッカーだったら一発退場だぞ、テメェ……」


 その一撃を放った女へ向けて俺は剣先を向ける。


「蹴鞠は嫌いです」


 金髪を後ろで纏めたその女は、東洋の和装を身に纏っていた。

 振り抜かれた武器は刀と呼ばれる代物で、俺の師匠であるタガレ・ゲンサイが使っていたものに非常に酷似している。


 平静な表情のまま青い瞳は俺を向く。

 俺の殺気など、この女にとっては微風と等しいらしい。


「師匠……なんでここに……」


 ミラエルがそう呟く。

 ってことは、こいつが【剣聖】か。


「最近の剣聖ってのは一騎打ちに横槍を入れるほど無粋なのか?」

「悪いが、今このタイミングで私が担いだ王子を敗北させる訳にはいきません」

「知るかよ。横槍入れた落とし前は取って貰うぞ」

「そうですね」


 触角のように垂れた髪を耳に掛けながら、その……エルフの女は笑みを浮かべる。


「貴殿が満足いくまで、ミラエルの代わりにこの私『マミヤ・カエデ』が相手をしましょう」


 こいつは龍太刀を横から弾いて見せた。

 つまりは龍太刀の発射速度を見切り、その上でそれより速い斬撃で対応したってことだ。


 剣聖ってのは嘘じゃないらしい。


「待ってよ師匠、これは僕の戦いだ!」

「黙りなさい。貴方はいつから他人と決闘なんてできるほど強くなったのですか? 貴方にあるのは才能だけ、それが分かったでしょう?」

「……っ」


 大胆不敵な態度を崩さなかったミラエルが、この女に睨まれると子供のように縮こまっている。


「退きなさい」

「はい……」


 ミラエルが壁際に寄り、入れ替わるようにマミヤ・カエデが立つ。


「再度謝罪しましょう。武人として私は最低な行いをした」

「謝るなら最初から邪魔するなっての」

「それは無理です。だから代わりに私も賭けをしましょう。貴方が勝ったら私を好きにして構わない」

「俺が負けたら?」

「特に何も」


 分かった。

 嘗められてんだな、俺は。

 けど、こいつが割って入ってきたってことはミラエルとの戦いを見てたってことだろう。


 その上でこれだけ自信があるって訳だ。


「面白れぇ」


 エルフは魔術に対して高い適性を持つ。

 近接戦闘においてもそれは例外ではない。

 故に、無属性の龍太刀とは違う属性を用いた奥義を使うのだろう。


 カエデは正眼に剣を構える。

 俺もほぼ同じ構えを取った。


「来ないのですか?」


 うぜぇなテメェ……


「今行ったら俺が負けるだろうが……」

「いいですね、弟子になりませんか?」

「悪いが師匠は間に合ってる」

「そうですか……残念です」


 カエデが瞬きをした。

 そこしかなかった。

 俺は身体強化と魔力感知と、今まで研鑽した剣術の全霊を乗せて迫った。


 振り上げた剣を、振り下ろす。


 カエデの氷のように冷たい視線が俺を見ながら、身体を逸らすだけで一刀目を回避する。

 まるで深海を覗いているように全く底が見えない瞳。


 二刀目、刀を翻し斜め上方向へ放った逆袈裟斬りは、奴の刀に滑らされ、逸らされる。


 そのまま体が至近距離まで入って来て、刀の柄の部分が俺の顎を穿つ。

 衝撃で後ろに身体がよろめくが、足が踏まれて強制的に踏みとどめられる。


 上体がギリギリまでのけぞり、俺の首元へ剣先が宛がわれる。

 この体勢から剣を振る力を込めるのは不可能だ。

 完全に制圧された。


 だが問題はその剣術の精度じゃない。

 俺の魔力感知でも全く次の動きが予想できなかった。

 なのに、俺の動きは筒抜けだった……

 どういう原理だよ……?


 剣士としての格が違う。

 これがエルフの剣聖。

 数百年を剣だけに投じた存在の術理。


「私の勝ちですね」


 そう言うと刀が引かれ、足が解放される。

 尻餅をつくと剣聖は踵を返して歩いて行く。


「待てよ、ルール上まだ決着じゃないだろ」

「貴方は私に敵わない。それが事実です」

「焦るなっての。俺は剣より魔術の方が歴が長いんだ」


 剣聖の腕前を体験したかった。

 そのためには魔術を挟むと邪魔になると思った。

 だから今の攻防では身体強化と魔力感知しか使わなかった。


 本番はこれからだ。

 俺は剣を投げ捨てる。


「魔剣召喚――」

「ほう……」

「【龍太刀】」


 訓練場っつても王城内部に変わりはない。

 ぶっ壊す訳にも行かなかったから使う気はなかったが、もういい。

 本気でこいつと戦えるなら、後で面倒なことになっても採算は取れる。


「見るだけ伝わる迫力……圧倒的で芸術的な魔力の結晶。凄まじい術式ですね……」


 そう言いながら、全く臆していないことは明らかな笑みを浮かべて、カエデは俺に近付いてくる。

 後一歩で遠隔斬撃りゅうだちでなくとも俺の間合いに入る距離。


「ッ――!」


 間合いに入ったその瞬間、カエデの姿が消えるように移動した。


「でもやめておきましょう。それと戦うと私も加減ができなさそうです」


 その声は背後から聞こえた。

 俺にしか聞こえない声でカエデは続ける。


「貴方の技巧はその年齢で至れる領域を超越している。貴方が本物の王子かどうかなど私にとってはどうでもいいことですが、そういう話が出ると困るのでは?」

「……ッチ。やる気がねぇなら最初から絡んでくるなっての。今回は引き分けにしといてやる」

「引き分け……ですか?」

「そうだろ?」


 カエデの右頬に添うように垂れていた髪が半ばから地面へ落ちる。


「これは……」

「そっちの方が美人だぞ?」


 一度動きを観察すれば少しは読めるようになる。

 今の加速もレベルは全く違うが、原理自体はミラエルが使っていた身体強化と同じだった。

 なら俺の全知覚を集中すれば、移動に合わせて刃を置くくらいはできる。


「丁度イメチェンしたいと思っていたところだったので助かりました」


 そう言ってカエデは長さを揃えるように左側の髪も刀で斬り落とす。


「はっ、言ってろ姫カット。それともう一つ忠告だ」

「なんでしょうか?」

「弟子は、お前の術理の正しさを証明するための物じゃない。お前が自分の技を継承させようとする限り、ミラエルの才能は本領を発揮しねぇ」


 雷属性の身体強化。

 自分の一秒の動きを入力し強制実行するあの術式は、ミラエルの驚異的な五感からくり出される対応能力を損なっている。


「あの才能は私のものです。他の誰にも渡さない」

「あいつの才能はあいつのものだ。俺の師匠はどれだけ聞いても絶対に奥義は教えてくれなかったぜ」

「……それは貴方に教える才能かちが無かっただけです」

「ははっ、それはそうかもな。けどお前もだろ? 他人の才能に期待してんのがその証拠だ。だが俺は、死んでも自分の目的を誰かに託したりしない」

「…………」


 魔剣召喚を解除し、クラウスの元へ戻る。


「帰るぞ。眠ぃ」

「かしこまりました」

「ネル――」


 真剣な声音でシルヴィアが俺の背中に声を掛けてくる。

 振り返らずに「なんだよ?」と返すと、力強い声でシルヴィアは俺に言い放った。


「貴方が居れば勝てる、私はそう確信したわ。だから必ず、貴方を手に入れる!」

「何だそれ、兄弟に告白してんじゃねぇよ?」

「ち、違うわよ! そういう意味じゃ……っていうかまだ十歳のくせに!」

「はいはい。お前が俺に見合うモンを提示できるなら考えてやるよ」



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