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54「最強の迷宮」


 古代型迷宮【銀庫】――第六階層。


 そこには荒野が広がっていた。

 岩壁によって造られた谷や岩石の隆起が幾つもある。

 飛行術式を使って上から見ればかなり見晴らしはいいが、地上では谷や岩陰など隠れる場所は豊富。


 そう、まるで飛行できる存在にとって有利な環境として構築されたかのような……


 羽のようなパーツを背負う人型の機兵が大量に。

 それにビステリアから聞いたテクノロジー『飛行機』のような形状の機兵も数多く。

 どいつも銃器を標準装備していて、多分全機兵が通信しながら俺を追い込むように動いてやがる。


「これと戦えって、殆ど『戦争』だな……」


 迷うことなく俺は【恐使の喚騒ゾルドアーミ】を発動させる。

 飛行系魔獣・百。ゴブリン・五十。スケルトン・五十。

 それにエルドとソウガ、グリフォンのリクウ。

 騎乗戦闘ならギリ奴らに追い縋れる。


 それでも銃器を搭載する機兵と下級の魔術が精々のこっちの軍団じゃ一体辺りの戦闘能力に差がありすぎる。

 基本的なスピードも負けてるし、敵の数は戦闘の領域が広がるほど増えていく。


 俺が数を減らして行くしかない。




 帰る気は一切なかった。

 王宮に俺が居たいと思える場所はないから。




 二十四時間の警戒状態。

 魔力ポーションの連続使用によって中毒症状は三日目で現れた。

 俺の召喚した魔獣はどんどん死んでいく。

 ビステリアの迷宮内転生リサイクルで復活した傍から【恐使の喚騒ゾルドアーミ】を発動させて戦力を補強しながら戦闘を継続した。


 一日一時間程度の仮眠を済ませ俺も戦闘にできるだけ長く参加、できる限り多くの機兵を撃破してまた眠る。


 睡眠も命懸けで、【恐使の喚騒ゾルドアーミ】が切れないように集中しながら眠るのを繰り返した。

 最初は少し難しかったが、命の掛かった状況が俺を成長させたのか一週間程度で眠りながら【恐使の喚騒ゾルドアーミ】を継続する方法を体得した。


 この階層の突破条件は『超速空兵ジェットガーディアン』の討伐。

 他の機兵の約三倍の速力を持つその機兵は発見するだけでも一月掛かった。

 それに他の機兵を連携された状態じゃそいつを倒すのは不可能だったからチャンスを伺う必要があった。


 何度か邂逅し、魔獣を大量に倒されるのを繰り返すうちに、俺の【骸瞳魔覚アンデッド・ビジョン】が奴の高速軌道に慣れ始めたのを感じた。

 それから何度か『超速空兵ジェットガーディアン』と接敵し、負けた。


 負けて殺されかけて、エルドたちに逃がされる。

 そんな勝負を繰り返して数十回……更に二カ月の時間が過ぎた。


 俺は右目に弾丸を受けながら龍太刀を命中させて『超速空兵ジェットガーディアン』を討伐した。

 速度を得るために重量を削っていた奴の耐久力は大したことはなかった。


 俺の使えるレベルの治癒術式じゃ完全に失った部位がんきゅうを元に戻すことはできない。

 完全に俺の右目は光を失った。


 ――第七階層。


 突破条件は『地中・海中・空中に存在する三つの城の制圧』。


 そこには今まで現れたミミズや鮫や飛行機型などアガナド以外の全ての機兵が現れた。

 しかも雑魚みたいな大量配置された奴らが全部、前の階層のボスだった。


 面倒だったのはやっぱり『海』だ。

 けれど、何度も連続で【紫熱連環しねつれんかん】を使ったせいか、術式の魔力効率が向上していった。

 それに飛行術式もほぼ常時使っていたからか、術式の扱いに急速に慣れて行く。

 魔力消費量が改善され術式の取り回しが良くなった。


 やっぱり俺の成長に必要なのは多量のストレスなんだろう……


 ダンジョンから帰らないという制約を自分に課した俺はこの階層でも常に警戒す必要があった。


 魔力感知の精度が急速に向上していく。

 魔獣たちとの連携能力が急速に向上していく。

 環境を使った戦術的アイデアが増えていく。


 極限的なサバイバルが、俺の魔力を活性化させる。


「他者強化術式――【炎魔軍陣】」


 【恐使の喚騒ゾルドアーミ】の繋がりを利用したこの強化術式は、対象の身体を赤い炎で覆い近接攻撃に燃焼の効果を与えると共に、その筋力を活性化させる術式だ。

 スケルトンには前者の効果しか乗らないってのは微妙なところだが、それでも全兵士の能力向上は今の俺にとっては革新的な魔術だった。


 ビステリアの演算能力によって最初から戦術能力を付与されていた魔獣の軍団は、一体ずつの身体能力の向上を強力な兵器へ変える。


 少しずつ戦力を上げ、攻略法を編み出し、城を一つずつ制す。

 そして俺は、二年ほどの時間を掛けて第七階層を突破した。


 第八階層へ向かう頃にはダンジョン内で拾った服に着替えていた。

 最初から着ていた服はとっくの昔にボロボロになっていた。


 ビステリアいわく『Tシャツ』と『ジーンズ』という名前の服らしい。

 大昔の服なはずなのに保存状態は完璧で、今でも普通に着れた。


 シュリアに貰った食料もとっくに尽きて、適当な動植物や虫を食って過ごした。



 第八階層は地獄のような場所だった。

 灰色の大地の上に、同じ種類の機兵が大量に居た。


 魔王機ディザスターゴーレム=アガナド。


 ただしあのクラゲへの覚醒機能はなく、喋ることもなかった。


 あの機能はビステリアが言っていた女神のパーツによって得たものだったのだろうか?


 しかし転移術式は健在で、それを持つ機兵が大量に配置されたその階層は今まで以上に油断を許さない場所だった。



 急速に俺の身体はその階層へ適応していく。

 しなければ、できなければ死ぬ状況だった。


 俺の全ての術式の効果が向上し、全ての身体動作に思慮が増して行く。

 レベルアップを体感した。

 その感覚に俺の全てを乗せた。


 何度も戦って、何度も勝って、何度も負けた……


 ミスったのは二回。

 一度目は同時に受けた斬撃の数が多すぎて右腕をブッた斬られた。

 傷口を焼いて治そうとした瞬間、警戒が若干疎かになった。

 気が付いてギリ反応した斬撃は、俺の左足の腱を切っていった。


 二度目はアガナドの大剣を受けて吹っ飛び、突き出た樹の枝にぶっ刺さって腹に穴が空いた。

 治癒術式と燃焼術式でなんとか傷口は塞いだが、内臓の機能が著しく低下した。


 目がなくなって、腕がなくなって、片足が動かなくなって、内側もボロボロで――


 そうしてやっと、俺は第八階層の突破条件『アガナドの百機撃破』を達成した。



 第九階層。


 そこに敵は居なかった。

 そこは機兵を造るための工場だった。

 アガナドや他の機兵のパーツが幾つもラインを流れていくのを見ながら、俺は脚を引き摺りながら進む。



 第十階層、最終階。


 そこは居住区だった。

 人が数百人は住めそうな鋼鉄の摩天楼が一つあった。

 その最上階へ俺は向かう。

 この動く箱はエレベーターというらしい。



 最上階――


 その中央にはガラスで覆われた巨大な瓶のようなものがあって、中に白衣を纏った人間が居た。

 若い男だ。眼鏡をかけている。髪はボサボサの茶髪。身体はどちらからと言えば瘦せ型で筋肉の類は全くなさそうに見えた。

 そして、魔力を全く感じない。


「初めまして、でいいだろうか? 私はマカベル・ハウストという者だ」


 その名前を俺は知っている。

 ビステリアが侵入した機兵に音声データを残していた奴の名前だ。


「二度目ましてだ。このダンジョンの創設者」

「そうか。君は私が仕込んだメッセージを聞いてくれたのだな」

「あぁ、だけどあんたの期待には添えなかったみたいだ。あんたはもう生きてないんだろ?」

「そうだな。これはAIによって生成した私の疑似人格と音声、そしてホログラムという映像だ」

「あんたはいつからここに居るんだ?」

「4236年前から、そして私が死去したしたのは4115年前だ。英雄よ、君の名前を教えて貰ってもいいだろうか?」

「ネル」


 俺の名前を聞いたマカベルは嬉しそうに頷いた。


「ではネル、君にここまでたどり着いた報酬を授与することとしよう」

「ここまで色々見てきたけどな、ビームサーベルとか光線銃とかパワードスーツとか、それ以外にも色々と。だけど全部、俺にとっては意味のない代物だから置いて来た。あんたが何をくれるとしても持ち越せないなら意味はないんだ」

「持ち越す……か、そう言えば君は『転生』できるんだったな」


 確信を持った表情でマカベルはそう言う。

 こんなこと当てずっぽうで言えるわけがない。


「……なんで知ってる?」

「私はこのダンジョンで起こった全てのデータを記録している。個体名リンカ、個体名ヤミ、その二者の対話に君の転生は明言されていた」

「なるほどね、まぁ知ってるってんなら隠す理由もねぇ。そうだ。だからどんなお宝をくれる予定から知らねぇが、大抵のモンに俺は興味がねぇぞ?」

「あぁ、だか安心して欲しい。私が君に送るのは【情報】だから。だがその前に質問とお願いを一つずつしてもいいだろうか?」

「なんだ?」

「質問する。君は女神の眷属か? 君のデータを参照すると何度かその単語が出たことがあった。私の計算では君の耳に付いたその通信端末が女神と繋がっていると高い確率で予想されている」


 女神のことをこいつも知ってるのか。

 いや、第五階層のアガナドに女神のパーツが使われてたんだ。

 こいつが女神の存在を認知してるのは当然か?


「確かにこの通信機は女神と繋がってる。けど俺は女神の眷属なんかじゃねぇ。ビステリアに協力させてやってるだけだ」

「それが誘導された思考ではないと100%の確信を持って言えるか?」


 思考の誘導……確かにビステリアはそういうのが得意そうだ。

 実際、会話によって俺の目的を把握し、その上で自分にとって都合が良いように俺の行動を操っていないとは確信できない。


 だが、俺は俺の行動に後悔はない。


「俺は俺のためだけに行動している。それ以上はない」


 俺は耳に付いた通信機を外す。


『ネル、待ってください。その人物との会話は危け――』


 そして、通信機を握り潰した。


「これで満足か?」

「あぁ、少なくとも君は利用されるだけの存在ではないようだ」

「そらどうも」

「すまいなね。何せ、私の文明を滅ぼしたのは『女神』だったから」


 何かを懐かしむように男は笑う。


 すると地面から台座がせり上がり、その上部が開く。

 中には二つの小さな金属が入っていた。

 プラスチックの青いコーティングがされた石と同じ形状の赤いコーティングがされた石。


 確かUSBメモリーって言ったっけ?

 違う規格かもしれないがビステリアから聞いたテクノロジーの話にそんなのがあった。


「報酬を提示しよう。赤いメモリーには私たちが滅んだ時の情報が入っている。青い方には私たちの文明が辿り着いた究極の研究成果【リアスコード】が入っている」

「リアスコード?」

「そう、リアス・ハウスト……私の妻が完成させた生物の研究結果だ。この惑星に住む全ての生物を対象にし、その起源へ迫ろうとした記録。リアスはこの星に住む生物がどうやって誕生したのか、その答えに辿り着いた。しかしおそらく、辿り着いてしまったが故に、我々の文明は滅ぼされることになった」

「なんで女神がそんなこと……」

「それは、この星に生命をもたらした存在が【女神】であるからなのだろう」


 星に生命をもたらした?

 意味が分からねぇ……

 っつうか、とんでもない規模の話になってきてる気がする。


「このシェルターには女神とその眷属に関する完全防衛機構が存在する。女神とそれによって製造されたものはこのダンジョンの第六階層以降には転移権限を与えられないというものだ。実際何度か女神の眷属は現れたが、第六階層には侵入できずに帰って行った。まぁ、ついでとばかりに第五階層の魔王機に細工をされたがな」


 なるほど、あのパーツを仕込んだのはこいつじゃなく、ここへ人間を到達させたくなかった誰かの仕業ってわけか……


「本当に女神が敵なら、女神は眷属以外にこのダンジョンを攻略されたら困るってわけだ」

「そのようだ。それほどこの情報には価値があるのだろう。私は君がこのシェルターに現れた時、こう思った。自分の製造した眷属では突破できないから人間を騙して私の元に到達させ、そして生き残りである私をころすつもりなのだろう、とな」

「知らねぇ話だな」

「あぁ、君の目的はそうではないと今は確信しているよ。ここで私を壊そうとしないし、それ以前に君がこのシェルター内で見せてくれた輝きは、女神によって誘導された思考とは思えなかった」


 こいつがバカな愛妻家で、自分の文明が滅びた理由を妻の功績って思い込んでる可能性はなくはない……

 だが、もしもこいつの言っていることが全て本当だったとしたら……


「まぁ、まずはそいつを見せて貰おうか?」

「あぁ、今映像用の端末を用意……」

「必要ねぇよ」


 俺の固有属性は【情報】。

 これを利用すれば情報媒体の中身を閲覧することも可能。

 まぁやったことねぇけど、この石を見た瞬間できると思った。


 俺は赤いメモリーへ触れた。

 その瞬間、脳裏に情報が展開される。


 それは本当に一瞬の出来事だった。


 まず見えたのはガラスと鉄で造られた巨大な都市だった。

 平穏そうに人々が暮らしている。

 俺の見たことがないテクノロジーが溢れているが、ビステリアに教わった知識に照らし合わせるとそれがなんなのかなんとなく分かるものもあった。


 自動車。エスカレーター。自動販売機。電気を使った街灯。飛行機。他にも色々……

 そしてこの映像は監視カメラによるものだ。


 そして映像の開始から五秒後、その全てが光に包まれた。


 そして、都市を映した上空からの映像に切り替わる。

 都市は『巨大な穴』に姿を変えた。

 その数秒後、それを映していたカメラ自体も白い光に包まれて映像は終わる。


「これは監視衛星からの映像だが、我々の文明が保有していた全七十二の都市全てが同時に巨大な穴に姿を変えた。その数秒後、宇宙空間に存在するこの衛星も撃墜された。生き残ったのはシェルター内に居た私と妻だけだ」


 出来上がった巨大な穴を俺は見たことがあった。

 俺が最初に産まれた国、その首都で起こった滅亡と全く同じに見えた。


「冗談だろ……」


 これを女神がやった?

 だとしたら、俺の故郷を滅ぼしたのは……女神?


「これを女神がやったっていう根拠は?」

「まずは青いメモリーを見て欲しい」


 恐る恐る、俺は青いメモリーへ触れる。

 情報の属性を使って、その中身を引き抜い――


「ッ!!??」


 ヤッバ、情報量が莫大過ぎる。

 人間の脳に収まる量じゃねぇ……

 圧縮して重要部分を抜き出して、簡潔に纏めねぇと……

 急がねぇと脳神経が焼き切れる……!




 龍……魔……霊……虫……獣……人……そして『空』……




 原初の生物……体系……こいつは系統樹だ……

 種の起源を、遺伝子の細分化を果たした末に計測された……起源の遺伝子。

 その遺伝子が辿った進化の歴史。


 だけど、その七つの起源種がどこから発生したものなのか、それが分かっていない。

 いや、そんなものが自然の偶然で誕生することはあり得ない。


 エントロピーの法則。

 指定された複雑性の法則。

 生命の起源に関する確率論的限界。

 情報理論的な秩序の創発の困難さ。


 いずれにしても、複雑な構造物は意図のない場所に発生しないと示される。

 自然がどれだけこねくり回されてもスマホは生まれない。

 ならばスマホなどより余程複雑な構造物である『生命』が何の意図もないところに発生することはあり得ない。


 そしてこの惑星の環境や地中環境を調べた結果、数万年前にこの七つの起源種は突如として発生している。


 全てを説明できる結論は一つしかない。

 この星の上に突然生物を発生させた『何か』が存在する。

 まるで『神』の如き、何かが……


「なんだこれは……? この世界の全生物が誰かの意志で創られた?」

「そうだ。私の妻は生物学の最終到達点として、そう結論を出した。そしてその情報が公開された瞬間、我々の文明が保有していた全ての都市は滅びたのだ」

「それで、それが女神の仕業だって根拠は?」

「メールが来たんだよ。妻の元に何度もしつこく、研究をやめるようにとね。その差出人の名前は……」


 ビステリア……?


「女神ティルアートだ」


 そっちかよ。

 ティルアートは聖剣を造った女神だ。

 いやどっちにしても同じことか?

 あいつらは情報を共有してるらしいしな。


 けど、女神……ってのは結局なんなんだ?


「私が知る情報はここまで、これより先の真実は今を生きる君たちが探求するべきことだろう。以上が、我々マリアノ王朝が保有した女神と滅びに関する全情報だ」

「そりゃどうも。報酬としては少し難解な話だったが気には止めとくよ」


 女神……

 聖剣を造った存在。

 ストレ大迷宮を造った存在。


 だがビステリアも何かに狙われていた。

 白龍アザブランシュもビステリアを狙って誰かに送り込まれた存在。


 そして女神の記載を俺はもう一つ知っている。



 ◆



 その本は禁書庫中央の台座の上に、祀られるように置かれていた。


 『王家の約定』


 始まりの王家。

 オール王家初代国王は自身を女神の契約者と名乗った。

 そして「自分は女神より力を与えられたのだ」と言った。


 初代国王は不思議な力を使った。

 あらゆる魔術を無効化し、あらゆる魔獣を退ける力。

 その力は王家の繁栄に貢献した。


 初代国王が倒れ息子が跡を継ぐが、その二代目にも不思議な力が宿っていた。

 他者の嘘を見抜く魔眼。

 三代目にも四代目にも五代目にも六代目にも……種類は違えど不思議な力が宿っていた。


 それは次第にこう呼称されるようになった。

 現存する属性魔術では達成困難な不可能魔術――【固有属性】と。



 王族が稀に覚醒する特異な力。

 それは女神より与えられた神聖なる力である。



 ◆



 禁書庫で読んだ本の内容を思い出しているうちに、尻が自然と床に付く。

 焼いたはずの腕や、包帯を巻いた目、そして斬られた腱から血がしとしとと流れ出していた。


「すまいなネル。このビルに存在する生物への医療関係機能は既に全て停止しているんだ」

「構わねぇさ。そんな期待をしながらここに来たわけじゃねぇ」


 身体がボロボロだ。

 外も内も。

 もう限界が来てる。


「だが、墓に関してはまだ機能が残っている。人体を半永続的に保つ墓だ。君も入るかい?」

「そいつは極上のベッドってことか?」

「そうだな。そう言い変えることもできるだろう」

「じゃあ少し、休ませて貰おうかね……」


 死体をのままの形で保存する安楽死のカプセル。

 それが目の前の床から隆起するように現れる。

 数は三つ。

 空白の一つと、その両脇に若い男と女が一人ずつ。


 男の方は映像として今目の前に存在するマカベル・ハウストと瓜二つの外見をしていた。


「マカベル」

「なんだい?」

「子供を作ろうとは思わなかったのか?」


 この空のカプセルはきっと……


「思わなかったよ。私も妻も、この地獄のように不自由な世界で子孫を残したいとは思わなかった」

「そうか……」


 責任感で子供を作る親もいれば、子供を想って子供を作らない選択をする親もいる。

 親ってのは分かんねぇ生き物だ……

 いや、構いやしねぇか。俺が誰かの親になることなんてあり得ないんだから……


「あぁそうだ、一つ言っとかなきゃいけないことがあった」

「なんだい?」

「お前のシェルターは最強じゃない。俺の勝ちだ」

「……いいや、私のシェルターは最強だ。私の目的は私と妻を守り切ることだったのだから。結局君は私に到達できず、私を殺すことはできなかっただろう?」

「ちっ、減らず口だな……」


 俺はこいつから悪意を全く感じなかった。

 疑いもせず、俺はその永眠用のポットに入った。


 だってこいつは俺と同じ、最強を目指した人間だから。

 こいつは自分と妻を百年、死ぬまで守り切った『最強』だから。



「外の誰も知らずとも、君の雄姿を私は記録している。安心して眠り、次の生に備えて欲しい」




 その死には痛みを全く感じなかった。




「私の設計を、妻の研究を、我らの滅亡を、記憶してくれてありがとう。君のお陰で私たちは無意味ではない……」


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