二〇一七年四月五日。
目を覚ました瞬間、いつものように冷たい空気が部屋を包み込んでいた。時刻は五時四十五分。
無意識に体を起こし、手探りでカーテンを開ける。外の空は薄明るく、まだ夜の名残が残る中で静寂が漂っていた。
朝練に行かなくてはならない。
いつものルーティンが、胸の奥でじわりと響く。
昨日、信二と確認した部分の修正もしたいし、何よりも千紗先輩が待っている。
だが、ふと目を上げると、見慣れた天井が見当たらなかった。自分の部屋ではない。
いや、何だろう。こんなこと、何度もあったような気がする。
そして、そのことに気が付いた時、俺は全身に震えを感じた。涙が頬を伝っていた。
その涙は、輿水大気としての涙だった。涙の冷たさが、俺がまだ生きている証のように胸に刻まれていった。
だけど、同時に孤独というものが圧し掛かる。どうしようもない孤独が、心を押し潰すようにやってきて、死にたくなるような衝動を呼び起こす。
それでも、泣き続ける自分に気がつくと、また少しだけ力が湧いてきた。
朝食を終えると、母という人が突然、俺に引っ越しの話をしてきた。
「来週、山梨に引っ越すことになったわよ」
その言葉が、まるで何かが変わる合図のように響いた。母という人の口からその言葉が出た時、俺は驚いた。
「山梨に?」
山梨には祖父母の家があるという。
きっと、俺はこのままではダメだと、母という人は感じていたのだろう。都会の喧騒から離れ、田舎で静かに心を落ち着けて育てたい、そういう思いがあったのかもしれない。
でも、そんなことよりも、帰れる。また、山梨に。
本当の家族、野球部の連中にも会えるかもしれない。
でも、最も気になるのは、やはり千紗先輩だった。
先輩はどうしているのだろう。今、何をしているのだろうか。そんな思いが心の中を駆け巡った。
少しだけ落ち込んでいた俺にとって、この知らせは新たな希望の光をもたらしてくれた。
山梨に戻ることで、何かが変わる気がした。いや、絶対に変わる。
それでも、今はただ一つ、先輩に会いたいという思いだけが強く心に浮かんだ。