「さあ、五回まで終了しましたが、解説の安村さん。この試合の状況をどうご覧になりますか？」

「はい、当初の予想通りと言いますが、やはり大阪ＴＩ学園は強いですね。これまでにヒットは七本、打線がしっかりとボールを身体に引き寄せて、強烈な一撃を放っています」

「そうですね。ＴＩカルテットと呼ばれる主力選手たちは、高校日本代表にも選ばれるほどの実力者。ここまで見事なヒットを打っていますが、それでも点数は二点止まり。思うように得点が伸びていません」

「その通りです。ここまで二点のみというのは、少し物足りないですね。優位に立っているはずのチームが、ちょっと焦りを見せているようです。まあ、こうなるとやはり、第二甲府高校のバッテリーに敬意を払わなければなりません」

「まさにその通りですね。第二甲府高校のピッチャーは工藤光、二年生です。そして、キャッチャーは三年でキャプテンの三浦信二。先輩後輩バッテリーという形です。特に工藤君、今年の五月に転校してきたばかりで、元々のエースの東君が故障で欠場していたため、急遽チームの大黒柱に任命されました。しかし、彼の投球はまさに圧巻です」

「そうですね。回を重ねるごとに、工藤君の投球がまるで芸術作品のように洗練されていく様子が見て取れます。この後も楽しみですね」

「……すごい」

　甲子園という巨大な舞台に、私は圧倒されていた。それは、単なるグラウンドの広さや観客席の熱気だけではない。目の前で繰り広げられる死闘が、私の心をぐっと掴んで離さなかった。

　信二も、大気君も、今、この瞬間、全身全霊で戦っている。彼らの姿は、ただの試合という枠に収まらない、何か崇高なものを感じさせる。私には、ただの試合に見えるその行動が、まるで命を懸けた一瞬一瞬に思えて仕方ない。

　そして、その二人が織りなすデュエットが、観客席全体を巻き込んでいく。彼らの信念、努力、そして全力の精神が、私の心にまで届いてきた。それは、言葉では表せないほどの迫力で、まさに“生きている”という実感が感じられた。

「私も、こんな風に全力で向き合っていた時があっただろうか」

　心の中で自問自答してみるが、答えは出ない。けれど、私の胸には、何か温かいものが広がっていった。

　額を伝う汗の冷たさを感じつつ、ふと自分の内面に引きこもった恥ずかしさがじわじわと込み上げてきた。自分があの二人と同じように、心の底から何かに向き合ったことがあっただろうか。

「はい、次攻撃！」

　瑞希の声が、弾けるように響き渡る。部員たちが一斉に楽器を手に取ると、その音がすぐに舞台に広がった。

　気づけば、もう七回の裏。

　大阪ＴＩ学園に二点を取られ、こちらはヒットゼロという厳しい状況だった。世代ナンバーワンエースを攻略するのは、やはり並大抵のことではないと、改めて実感した。

「はい、サウスポー！」

　マネージャーがフリップを掲げ、次の演奏曲が表示された。それが合図となり、瑞希は指示を出す。

　観客席のざわめきが、少しずつ静まり、アナウンスが続く。

「三番、ファースト、戸堂君！」

　その瞬間、私たちの演奏が始まった。

　瑠璃も、隣の雪ちゃんも、斜め前の熊谷君も、みんな必死に楽器を鳴らしている。ひとつひとつの音が、甲子園の広大な空間を駆け巡り、私たちの心に響く。

　私はその音に身を委ねながら、何よりもこの瞬間を楽しんでいた。今まで総合芸術文化祭や大きなホールで演奏したことはあったけれど、ここはまったく異なる。

　広大な球場、その中に満ちる空気、そして何より、目の前に広がる観客の熱気。その景色の圧倒的な迫力が、私の心をさらに震わせた。それは想像していたものよりもずっと大きな、無限に広がる何かだった。

「あの二人が、私たちにこんな景色を見せてくれた」

　その思いが、胸の中に強く広がる。喜び、感動、そして少しの悔しさ。それらすべてが渾然一体となり、私はただただ嬉しくて、胸がいっぱいになった。

「うぉー！！！！」

　松田君の雄叫びが響くとともに、マネージャーが「ヒット！」のフリップを掲げた。戸堂君がついに、粘り強くセンター前にヒットを放ったのだ。

　その瞬間、私の鼓動もひときわ速くなった。次は、信二だ。