夕食後、僕はソファで眠っている綾瀬の体を持ち上げ、ベッドに横にならせた。
僕はふと思い立って、スマホのカメラで綾瀬の写真を撮った。
その際、シャッター音で目が覚めてしまった綾瀬がとろんとした目で、
「どうしたの?」
と訊ねてきた。
「いや、可愛いなって思ってさ」
すると彼女は両手を広げてきた。こちらにおいでと言わんとするように。
「私はまだ死なないから、今夜も楽しも?」
クスクスと笑う彼女。僕は自分の性欲を抑えられなくなって、彼女の上に跨った。
「本当に、可愛い。めちゃくちゃにしたい」
「もう、ド変態」
すると電話が鳴った。僕は舌打ちをしてスマホをズボンのポケットから出して、通話を始めた。
「はい、もしもし」
「あっ、大島君? 僕だけど」
「堺さんですか。こんな時間にどうしたんですか?」
掛け時計を見やる。深夜十二時を指していた。
「綾瀬さんの口ずさみの歌唱動画、聴かせてもらったよ。さすがだった。テンポ早めの曲だから、さすがに難しいとは思ったけど、想像を超える出来だったよ」
僕は自分ごとのように嬉しくなった。頭を下げて、「ありがとうございます」と言った。
「じゃあ明日、君と綾瀬さんは事務所に来てね。絵師と紹介させるから」
「分かりました。では失礼します」
向こうが通話を切るまで待ってから、スマホの画面を閉じた。
「綾瀬。君の歌唱が堺さんに絶賛だよ――」
そう言って綾瀬の方を見ると彼女が、過呼吸だった。
「大丈夫か‼」
綾瀬は目を白黒させて今にも呼吸が止まってしまいそうなほど、苦しんでいた。
どうして急変したんだ。
僕はすぐに通報した。救急車が到着するまで、僕は彼女の手を握っていた。
「はあ、はあ、錆斗君……」
「ッ、大丈夫だから。鼻からゆっくり息を吸って、吐いて」
彼女の体が大きくのけぞった。呻きながら胸を抑えている。
「ちっ、まだ来ないのか」
するとインターホンが鳴った。僕は慌てて玄関へと向かった。
僕は扉を開けて救急隊員を部屋に招き入れる。
ストレッチャーに綾瀬を乗せて、そして玄関から出てアパートの階下へと向かう。
僕も連いていって、救急車にストレッチャーと共に乗り込んだ。
「SPO268。血圧70、32です」
「それって相当危険な状況じゃないんですか。綾瀬は大丈夫なんですか‼」
隊員が興奮している僕をなだめる。
「大丈夫ですから。落ち着いてください」
酸素マスクを付けられた綾瀬は、苦しい中、僕の手を取った。
呼吸が苦しい中、錯乱している僕を安心させようとしている。
「私は、大丈夫だから――」
その言葉を最後に、彼女は意識を失った。
――――――――――――――――――――――――――
診察室にて、僕は医師から現在の綾瀬の状況を伝えられていた。
「喉の筋肉の酷使で、呼吸器に負荷がかかっていたんでしょうね。それで一時的な呼吸不全に。なにか心当たりはありますか?」
「えっと……。実は彼女は歌手で、今日、歌唱の録音を二時間以上行っていたんです」
医師は険しい顔をした。
「残酷なことを言います。歌手という職業を続けるんだったら、呼吸器疾患を患うと思っていてください。彼女はそれでもALSという難病を抱えているんです。これ以上筋肉に負荷がかかると非常にまずい」
僕はうなだれて、「分かりました」と言った。
なにが分かったんだよ。彼女になんと説明したらいいんだよ。
歌手はやめて、あと残りの余命を僕と二人で過ごしてくれってか。そんなの、もしかしたら僕のエゴかもしれないじゃないか。
僕は診察室を出て帰路に着く。
夜明けの太陽が僕を包み込む。
僕は俯きながら歩く。
――SWORDを日本武道館に連れていきたい。
そう活き込んだ彼女の、自信に満ち溢れる態度や瞳を思い出す。
彼女は、もう歌うことは出来ない。もし歌うことを選択すれば、命を削ることになる。それでも彼女は歌うのだろうか。