「あの口ずさみの動画と、楽曲をつなげるのはうちの事務所の編集者がやるから」
と僕に言ってくださった堺の言葉に甘えて、僕は次のタスクを消化するためにSWORDの事務所に向かった。
事務所に入ると、立花が僕へ凄んできた。
「あんた、どこでなにしてんの。マネージャーに用事があるときにいねえし。仕事やんねえなら辞めちまえよ」
「すまない」
これは謝るしかない。
「あと、あいつ今どうしてんの?」
「あいつって?」
「あいつはあいつだよ。綾瀬光」
顔をしかめてそう言った立花。
「どうして気になるんだ?」
「
「……」
僕は言葉を失った。相川が会いに来ただって。
「本当に交際してんの?」
「だったらなんだよ」
立花はそっぽを向いて、
「だったらさ。私のこと、恨んでいるかなって。あいつを引退まで追い込んだのは誰でもない私だからさ」
「……そうかよ」
僕は、なんだかそんな後悔の仕方をしている立花のことを憎めないなとか思って、立花の頭に手を置く。
「この手、なに」
「いや、可愛いなって思ってさ」
すると、立花が顔を真っ赤にさせて、
「う、うるさい! もう。あんたは私を恨んでなさいよ」
そう言ってぷんすかと踵を返した。
にやにやとしてしまったが、なんだ、立花も可愛いとこあるじゃん。
しかし、相川がどうしてSWORDのメンバーと接触したのか、それが気になる。
もしかしたら、綾瀬のことを探しに来たのかもしれない。
まあそんなことより、昨夜のことを女社長に報告に行かないといけない。
「あの、すみません」
「なにかしら」
「実は……昨晩、綾瀬が入院しまして――」
「えっ」
女社長は驚いていた。三人のアイドルが、その女社長を注目する。
アイドルたちに聞こえないように女社長は小声で、
「それで、容態は?」
「今はICUに入っています。呼吸不全に陥ってしまって」
「やっぱり、AKに所属するのはまずかったんじゃないのかな」
「そうですよね……」
実は、この女社長には綾瀬が歌い手として活動することを僕は告白している。それはこの女社長が未だに綾瀬のことを想ってくれているからであった。綾瀬がメンバー間でいざこざがあったときも、懸命に脱退を阻止してくれたと綾瀬からも聞いている。
「峰木さん。僕たちの選択は、間違っていたんでしょうか」
女社長――
「それは神しか知らないんじゃない? でもね運命なんてものはね、結局はどうにかなっちゃうのよ。彼女の病気が運命を狂わせても、君が軌道修正したらいいじゃない」
僕は言葉を失った。峰木は本気で言っているのか。僕がそんなことを担えると本気で思っているのか。
「だから、君は彼女の傍にずっといたあげて。お願いだよ」
峰木は微笑んだ。
僕は頭を下げて「ありがとうございます」と言った。
「まあ、仕事もちゃんとしてね」
最後は茶目っ気たっぷりにそう締めくくった。僕はそれに、
「もちろんです」
と答えた。
―――――――――――――――――――――――――――
峰木の運転するワゴン車で、僕たちはライブ会場へと向かっていた。
後ろの席で
――メンバー間の
内部崩壊だけはしないでほしいものだな。
そう思いながらサイドウィンドウを見やる。電信柱のライトが後ろに流れていく。
一瞬一瞬の刹那。それが時間を表しているように思えた。
「なあ立花――」
僕がそう言うと、空気が重たくなった。
「……なによ」
「ライブが終わったら僕に付き合え」
「はあ⁉ なに言ってんのよ」
「……会わせたい奴がいるんだ」
その言葉に、目を丸くした彼女の姿がバックミラーに映った。
「分かった」
会わせたい奴の意味が分かったからだろう。
彼女が再びスマホの画面に逃げることはなかった。
***
「素直な元気~」
大和田が動きながら歌唱する。にこやかな表情を作りながら。
そして二人は表情を崩しているが、立花だけが固い表情をしていた。
すると立花が後ろに下がったときに紀伊嶋とぶつかった。立花のマイクが落ちてしまい、大きな音で反響する。
そしたら観客が立花へブーイングをした。
僕はこれはまずいと思って、三人を舞台袖に下がらせた。
憤った紀伊嶋が立花の頬をはたく。
「ふざけんな。あんた音痴なんだからマイクなんか持つなよ」
「はあ! 私、音痴なんかじゃないし……」
紀伊嶋が嘲笑を見せる。
「それ本気で言ってんの? 一回もセンター取れたことないのに?」
「それぐらいにしてあげな。泣きそうじゃん」
大和田がけらけらと嗤いながら言った。確かに立花の顔面は破願し、今にも泣きそうだった。
「あんたじゃなくて光だったらよかったのに」
「おい」
僕は二人の容赦のない
「何も知らないのに、そんなこと言うな」
大和田は舌打ちした。そして紀伊嶋と一緒に楽屋へと戻った。
「なあ、立花」
「……なによ。あんたまで私を責めるつもり?」
「今から会いに行く。でもこのことは他のメンバーには内緒だ」
「……」
「絶対だ。約束だぞ」
僕はそう言ってからまず峰木に電話を掛けてライブの後始末をお願いしてから、それからタクシー会社にも電話した。
「じゃあ行くぞ。裏口から」
まず立花を楽屋に行かせて、着替えをさせてからライブ会場の裏口を抜けた。
ちょうど来ていたタクシーに立花と一緒に乗り込む。
車中で綾瀬の親に立花が病室に訪れてもいいか訊ねた。すると、「別にいいですよ」という返答が返ってきた。
一時間ほどで僕たちは都内の大学病院に着いた。
夜の外来に綾瀬の面会申請をする。
エレベーターに乗ってICUへと向かう。
立花が困惑した顔で睨みつけてくる。
そしてICUに着いた。腰から上のガラスから見える、綾瀬が酸素マスクを付けている姿を見て立花が「えっ」と呻いた。
「お前にだけ言うぞ。彼女はALSという難病なんだ。筋肉の神経の老化によって寝たきりになってしまい、一年から三年で亡くなってしまう病気だ」
彼女は僕を見つめた。
「どうして……私にだけ言うの?」
「彼女が死んだら、お前は自分を後悔するだろ。どうしてあのとき、強い言葉で責めてしまったんだろうとかな。そんなの嫌じゃねえか。だから、今から話してこい」
「……意識はあるの?」
「ああ、あるらしい」
「……分かった」
僕は通りかかった看護師に立花のことを紹介し、それから彼女と共に除菌室に向かい、手指消毒を行なう。それからICUに入る。
綾瀬の横に行くと、目を瞑っていた彼女が目を開き、酸素マスクを外す。
「ああ、錆斗君。あれ、立花ちゃんも。どうしたの?」
へへ、立花ちゃんには見られたくなかったな、と笑う綾瀬。
「どうして相談してくれなかったの……。ってか、相談できないよね。私のこと、嫌いだもんね」
「そんなわけないよ。アイドルが恋愛禁止だってことを私、破ったんだもん。責められて当然だよ」
「でも、そんな余命がある病気だったら大切な人ぐらい欲しくなるって」
「そう? 立花ちゃんに許してもらえて嬉しいよ」
「……本当にごめんね」
立花が鼻声で言った。すうっと涙も流している。
綾瀬は光のように眩しい笑顔で、
「いつかSWORDを日本武道館へ連れて行ってあげてね。立花ちゃんだったら出来るよ」
「ありがとう」
立花は綾瀬の手を握っている。
「錆斗君、浮気しちゃあ駄目だよ」
僕は苦笑して、
「誰がするか」
と言った。
「じゃあ帰るから。元気になれよ」
綾瀬は頷き、もう一度酸素マスクを付けた。
―――――――――――――――――――――――――――――
タクシー乗り場で、タクシーを待っていると立花が口を開いた。
「私、ボイトレに通う。そしてメンバーで誰よりも歌が上手くなって、SWORDを武道館に連れていく。そしてその光景を綾瀬に見せる」
僕は笑って、頑張れよと言った。