SWORD事務所。ライブ前一時間のダンスリハーサル。立花だけがダンスを懸命に踊っていた。
その他の二人はペチャクチャと談笑している。
僕は、その光景を見ていて立花のあまりの変わりように内心驚いていた。
すごいな。人間吹っ切れると、ここまで変われるもんなんだな。
音楽を止めて、スポーツ飲料をぐびぐびと飲む立花。それから汗をタオルで拭ってから、PCで綾瀬の楽曲をイヤホンで聴いていた僕のところへとやってきた。
「なに聴いてんの」
片方のイヤホンを僕から取り上げて耳に差した。
「これって・・・・・・ッ!!」
「バレたか。・・・・・・・実は綾瀬は歌い手として活動する
「はず・・・・・・ってどういうこと? もう退院は出来ないの?」
「いや違う。唄うことが出来ないんだ。ドクターストップがかかっている」
「呼吸器に負荷がかかるから?」
「よく知っているじゃないか。そうだよ」
うつむいた立花。それから『赤』と呟いた。
「ん?」
「光のメンバーカラー。彼女は圧倒的なアイドルだったから、ライブ会場でも赤のサイリウムが目立っていた。それがもう見れないなんて。私はなんてことを………」
僕は過去の記憶を思い出す。はじめてのアイドルのライブ鑑賞。五百人の観客たちのほとんどは赤いサイリウムを振っていた。
「ほんと、羨ましいぐらいファンから愛されてたアイドルだった」
「――疎ましいけど、最高だったね」
え? と隣を見てみると大和田と紀伊嶋が神妙な顔つきで立っていた。
「彼女の面会、実は行ってきたの」
「えっ」
僕は大和田の唐突な告白に、疑問を抱く。
「綾瀬のお母さんが教えてくれてね。あんたと綾瀬の意向で黙っておくつもりだったって聞いて、ちょっと腹が立った」
「確かに、私たちは綾瀬をアイドル業から追い出した。それでも胸の内は綾瀬のことが好きなんだよ」
大和田と紀伊嶋がそう言った。僕は頭を下げた。そりゃあそうじゃないか。大切な人が死に病む病気を罹患していたら誰だってそのことを知りたいはずだ。その気持ちをおざなりにしてしまうだなんて面目ない。
「いま聴いているのは綾瀬のソロボーカル?」
「ああ。そうだ。聴いてみるか?」
ジャックからイヤホンを外してスピーカーにする。大音量で流れる唄は心地良いリズムとともに僕たちの耳に届けられる。
「ほんと、すごいね。綾瀬は」
「彼女の歌で男は惚れてしまうでしょうね。やっぱり彼女は光の
SWORDのメンバーが綾瀬のことを褒め称える。そのことに綾瀬の彼氏である僕は自分事のように、嬉かった。
「でも、綾瀬はもういなくなるんだよね」
彼女の唄が室内で響くなかで、突如として大和田が発した残酷な事実。
余命わずかの綾瀬にはもう歌える時間は残っていない。というか、歌ってしまうとそれによって呼吸不全に陥り、寿命を縮めることが判っている。
堺によればこの曲の動画を今夜、ネット上に公開するらしい。その視聴回数の伸び率によっては次の歌唱動画を公開するかどうかを判断するらしい。
寿命を縮めてでも、唄うことが彼女の願いなのか。はたまた僕と少しでも長く余生を過ごしてくれるのか。
いつか、彼女に突きつけることになる、そんな残酷な現実。
――なあ、君はどうしてアイドルになろうと思ったの?
その質問に彼女は苦笑しながら、
――それを教えられるほど、あなたとはまだ親密な関係じゃないよ。
と言った。果たして現在の僕と彼女の関係だったら、アイドルになった理由を告白してくれるのだろうか。
そんなことを思案していると、綾瀬の歌唱動画は終わった。
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動画公開まで残り五分となった午後八時五十五分。
僕は自宅のリビングで綾瀬の好物であるオムライスを食べていた。
自分はさほど好きではないオムライス。作るのも面倒だし、油がこびりついたフライパンを洗うのも一苦労。それにこの料理自体も甘ったるくて苦手だ。
じゃあなぜ食べているのかというと、少しでも綾瀬の好物を食べて、彼女という存在を感じたかったのだ。
まあそれはさておいて、動画サイトは嵐の前の静けさだった。ここは世界中のプラットフォームのはずなのに動画更新が止まっている。まるでなにかを待ちわびているかのように。
そして定刻。一本の動画が配信された。
3、5、12・・・・・・どんどん視聴回数が伸びていく。そしてあっという間に一万再生を突破した。
爆発的なバズりに、驚いていると堺から電話が掛かってきた。
「はい、大島です」
「錆斗君、やったね。このままのペースだと今夜中に一千万再生はいくんじゃないかな」
「えっ、本当ですか!!」
「僕が嘘を吐くわけないじゃない。動画の収益は折半ね」
あっ、金銭面はやっぱりきっちりしているんだ。
「いやあ、彼女の才能には感服するよ」
「あ、ありがとうございます」
僕は、目の前に堺がいないにも関わらず、ぺこぺこと頭を下げた。
「それじゃあ、また」
通話を切ると立て続けに電話が掛かってきた。
綾瀬からだった。
「見たよ〜動画。本当にすごかった」
「ああ。君はすごいよ」
そしたら彼女はううん、と述べた。
「この動画を編集してくれたAKの事務所の人や研子ちゃんのチャーミングな絵のおかげだよ。私は所詮、おまけ」
「え? そんなわけないだろ」
意味が分からないそんな自己謙遜に、少々だが腹が立ってしまう。
だがそのあと彼女は突然、涙声で、
「・・・・・・・ほら、そう思わないとこの世に未練がさ」
「ッ――!!」
「知ってる? 私のお腹には赤ちゃんがいるの」
「ああ。知ってる・・・・・・・」
「私さ、産もうと思うんだよね。そのために屍になる覚悟は出来てる」
「僕と・・・・・・・余生を一緒に過ごしてはくれないのか?」
彼女はグスッと鼻を鳴らした。
「ごめんね。私よりも、私たちの子供と余生を過ごして」
「僕は、君がいいんだ! それがどうして分からない?」
「・・・・・・私はアイドルとしての人生を全うしたいの。それで最後が悲惨な結末になってしまったとしても」
じゃあもう切るね。そう言って通話が一方的に切られた。
僕は机を殴って、啜り泣いた。
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某ネット掲示板より。
名無し:367
『なあ、この曲のボーカルってSWORDで不祥事を起こした奴じゃねえの? リンク貼っておく』
名無し:370
『本当だ。すげえ似てる』
名無し:373
『てかやっぱり歌声綺麗だな』
掲示板のやりとりは、しばらく続いた。