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第15話

 病院に研子と一緒に出向くと、ちょうど診察室から出てきた綾瀬の母親がいた。

 いつも通り疲れきったような、なにかを諦めたような表情をしている。


 僕は声を掛けて会釈をする。


 綾瀬の病室に共に向かうため僕は母親と一緒にエレベータに乗り込む。


「あのー、綾瀬の病状は?」

「もってあと半年だと、お医者さんは言っていたわ。そしてもうあの子は車椅子で生活をするしかないって」

「そんな・・・・・・」

 すると母親は僕をジト目で見てきた。

「光が妊娠しているんだって?」

「はい」

「はい、ってなんなのよ。まだ十七歳の子供に育てられるの? そんなに子育ては甘いものじゃないわよ」

「・・・・・・」


 返す言葉が無かった。僕はうつむき、下唇を噛んだ。


「あなたはね、疫病神なのよ。あなたがいなければもっと光は生きていたかもしれなかった。私の許で、ずっと、ずっと・・・・・・」

「・・・・・・」

「なんとか答えなさいよ!!」

 研子が驚いて肩を振るわせる。

「僕は、まだまだ未熟だし、でももう社会に出ている身としてそれが言い訳になるとは思っていないです。恥ずかしい話ですが、僕は以前から人のことを見下していたんです。勝手に線引きして、関わってくる人間を評価していた。まったく、何様のつもりなんでしょうね。でも、そんな僕を変えてくれたのが光さんなんです。彼女は、僕には眩しい存在だった。そんな彼女のおかげで、僕は今日も生きれているんです」


 母親は目を背けた。ああ、こうなったらもう聴いてはくれないな。そう思っても、綾瀬の母親には伝えなくてはいけない言葉がある。

 綾瀬光は特別な人間で、たとえ不治の病が彼女をめとるように苦しめても、彼女が生きてるだけで救われる人がたくさんいることを。


「お母さん。綾瀬さんは、不思議な人なんですよ。まるで聖母マリアのような彼女を愛する人は無数にいたし、彼女自身も『愛』という言葉の意味を深く認知していた。世の中には愛を暴力でしか表現できない人がいます。虐待。DV。それによって苦しめられた人達が、最終的なところに行き着く先は自滅なんですよ。でも、彼女が歌うことで、その人達を少しでも救える機会が訪れるかもしれない」


 僕は動画配信サイトを開いた。そこにある綾瀬の唄った曲。再生回数は既に三千万回をゆうに超え、コメント欄も盛り上がっていた。


「彼女の生きる希望は、僕ではないと思います。ただ唄うことだけが、彼女の希望。それを僕は支えてあげたい」


 もう僕は諦めた。彼女から真の意味で愛してもらうことを。彼女が本当に愛しているのは、歌うことだ。

 エレベータが目的の階に到着した。母親は僕を睨み付けて、「なら勝手になさい」と述べた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 綾瀬を車椅子で押したあと、駐車場に停めてあった母親のワゴンRに綾瀬を乗せた。

 僕は後部座席――綾瀬の隣の席だ――に研子と一緒に座り、母親は当然のことながら運転席に乗り込んだ。


「今日、みんなが来てくれるんだね」

「ああ。そうだぞ」


 みんなとはSWORDのメンバーのことだ。昼のライブ終わりに顔を見せてくれることになっている。

 あらかじめ伝えてあった住所へ母親は向かうために車のエンジンを付け、ゆっくり車は発進した。


「なあ、堺さんが褒めてたぞ。二週間弱で再生回数が三千万回いってること。やっぱり才能あるんだな、ってさ」


 すると僕の顔を見つめて微笑んだ。


「じゃあよしよししてほしいなあ。錆斗君にも褒めてほしいなあ」


 はい!? いやいやメンタル強すぎないか。自分の親がいるんだぞ。


「いや、それはさ・・・・・・」

 すると綾瀬は唇を尖らせて拗ねた。

「じゃあもういいもん」

 僕は溜め息をついて、

「分かったよ。ほらよ」


 優しく彼女の柔らかい髪を撫でてやる。すると彼女は顔を真っ赤にさせながらも満足げな表情を見せた。

 やっべー、すげえ可愛い。でもなんでこんな甘えてくるんだ?


「・・・・・・」

 綾瀬の母親の無言の圧が強い。涼しい顔で時折ミラー越しにこちらの様子を伺ってくる。

 僕は居心地の悪さを感じながら、粛々とするに至った。


――――――――――――――――――――――――――――――


「光の退院をしゅくして、乾杯!」

 みんなでコップをコツンと合わせる。

 僕と綾瀬以外はみな、成人しているのでビールやチューハイを飲んでいる。

 研子はというと大勢の客人に緊張してか、僕の部屋に引きこもっている。


「みんな、ありがとう」

 光が和やかな表情を湛えて、あたかも陽光を発しているみたいに輝いていた。


「あの動画観たよ。すごかった」

 大和田がにこにこと述べた。まったく僻みなどなく感想を表している。


「なんか、あの曲って隣に寄り添ってくれるんだよね。落ち込んだときも、元気なときも、いつも傍で笑ってくれているような」


 マルゲリータを齧って、租借しながら紀伊島が言った。

「普遍的な歌詞だよね。でも一番響いたのはあの言葉かな。『いつまでも、いつまでも傍にいてあげるから、代わりにあなたの愛をください』っていう。なんかそれって、なんていうんだろう、うまく言えないんだけど、共依存きょういぞんのような感じなのかな、って。人間って関係値が濃くなれば濃くなるほど依存し合うじゃない。だったらその究極の形が、『愛』かなと感じたんだけど」


 あんたはどう思ったのよ、と立花に意見を求める大和田。立花は鼻を鳴らして、


「別に」


 場が凍りついた。どことなく立花はピリピリしている。僕は一瞬綾瀬の表情を窺ったが、彼女は寂しそうな顔をしていた。


「どういうこと?」

 大和田が睨みを効かせながら問い詰める。

「だから、興味が無いのよ」

「これだから協調性がない奴は・・・・・・。そういうのは、ほんと面倒」

 僕はどこか演じているような大和田の言葉に首を傾げた。


「なあ、綾瀬はそんなに弱い奴じゃないぞ」

 すると立花は僕の瞳を見つめて、そのあとに嘆息をついた。

「コメント欄でも、一部のネット掲示板でもこの曲の歌い手が綾瀬光だってことがバレてる」

「どうして? そんな簡単にバレるものなの?」

「理由はこれ」

 立花はスマホでとあるネットアカウントを見せた。

『青い薔薇』

 なんだこれ?

「この『青い薔薇』というアカウントは裏アカで、実はこの主は相川嶺衣奈なの」

 僕は全身の力が抜けた。またあいつか。


「『青い薔薇』が綾瀬の写真とボイスメッセージを掲示板で貼って触れ回っているの」

 全く、腹立たしいよね。と怒りを表す立花。それに全員が大笑いした。


「なんだ、あんた可愛いとこあんじゃん」

「協調性が身についてきたんじゃない?」

「ありがとね。立花ちゃん」

「えっ、えっ。違う、違う。綾瀬のこと心配しているとかそんなわけじゃないから!」

「心配してくれてたんだあ」

「違うから///」

 立花は顔を真っ赤にして抗議する。

 なんだこのツンデレキャラ。面白すぎるだろ。


――――――――――――――――――――――――――――


 僕はSWORDが帰った後に、パソコンで『青い薔薇』と検索した。

 それから、僕はそのアカウントにDMを送った。

「大島錆斗です。会いませんか?」と。





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