僕はうっすらとした視界の中で、救命医だろうか、焦ったような口調で側にいるたぶんナースに指示を出しているのを確認できた。
「出血量が多すぎる。開胸して心臓の弁に蓋をするしかない。おい、メス」
「はい」
「サキュレーション、気をつけろ。つぎ、サテンスキー」
「はい」
そこで僕はぷっつんと意識が途切れた。
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僕は目覚めたら白い天井が見えた。心電計の小刻みな音が聞こえる。
起き上がろうとしたとき、僕はなぜか下半身が動かなかった。まるで縛り付けられているような、そんな感覚がある。
ガサッ、と音がしたせいかなぜかここにいた丸椅子に座る母親が目を開けた。
「あんた、目、覚めたの」
単調な言葉が触れてくる。僕は頷こうとしたが首も動かない。
はあ、と嘆息をついた母親。
「もう、本当に。勝手なことばかり」
「か・・・・・・って、て」
勝手って、何なんだよ。
あれ、そういえば・・・・・・。僕はどうして病院のベッドにいるんだ?
直前の記憶では、医師が俺を治療している場面が脳裏に焼き付いている。
俺は踏ん張ってもう一度足を動かそうとする。
また母親は溜め息をついて、
「あんた、事故のときに出血量が多すぎて脳に血液や酸素が回らなかったせいで、下半身に麻痺が残っているんだって」
事務的に一切の感情がこもっていなかった。
「目が覚めたのも一ヶ月ぶり」
「ああ、はあ」
ダメだ。頭が全然回らねえ。理解できねえ。
いや、違うな。理解をしたくないだけか。
この石のように重たい足を、動かすことが出来ないだけで・・・・・・こんなにも衝撃を受けてしまうだなんて。
「あんた、なに泣いてるのよ」
母親の厳しい叱責がICUに響いた。
「・・・・・・」
もう耐えられなかった。涙を恥ずかしげもなく流してしまう。
「あんたの不注意が原因でそうなったんだし、介護とか、まじごめんだから」
母親はそう言ってから立ち上がった。
「じゃあ、もう帰るから」
ずっと無表情のまま、母親はICUを去っていった。
すると隣の患者のオムツを替えていたナースが、こちらにやって来る。
「目が覚めたんですね。大島錆斗さん」
「はい・・・・・・」
正直に言って少し落ち込んでいた。
「お母さん、あんなこと言ってましたけど、あなたが事故に遭ってここに運ばれたとき、すごく取り乱して、ずっと泣いていたんです」
「え?」
「それから夜間の仕事をやっているのか、朝早くからICUに来るときは化粧を施したままで、それから夕方まであなたの傍にいたんです。そしてまた仕事に行く。その繰り返しを一ヶ月間。きっとあなたのことが心配で心配で胸が張り裂けそうだったんじゃないですかね」
ナースが僕のSPO2を図りながら言った。
「違いますよ。そんなやつじゃあ」
「あなたも親になったら分かりますよ。子供がどれほど大切か」
子供が大切か。僕も研子が事故に遭ったらどう思うだろうか。
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翌日。
僕はぼんやりと天井を見つめていた。
すると軽薄な声が聞こえた。
「よう。一生のダチ」
そんな時代遅れな呼び方をする男は、この世では少数だ。
「安室。なにしに来た」
ニューヨークヤンキースのキャップを被り、黒シャツにスキニーの青いジーンズ。そして元気溌剌なそんな顔をしていた安室。
「この言葉を伝えたくてな」
「は?」
言葉を伝える?
「置いていくから、追い付いてこい。私は先に行く。上で待っているぞ」
その言葉に、僕は笑ってしまった。
「お前はマスタング大佐か! 鋼錬って懐かしいな」
ってか、誰目線だよ。上で待ってるって。腹立つなあ。
それから僕は安室に気になっていたことを訊ねた。
「なあ、綾瀬は大丈夫か?」
嘆息をついた安室。
「
「は?」
「その自宅に一緒にいた綾瀬にも危害が加えられている」
僕はあまりの衝撃の事実に、突如呼吸困難に陥った。過呼吸で痛みから歯を食い縛る。
「大丈夫か!!」
焦る安室を尻目に、僕は意識が混濁した。