僕は意識が覚醒した。
また横には母親がいる。
疲れきったようなそんな表情をしている。
・・・・・・悪いことしたなあ。
僕はそう思い、腰を上げた。
もう一度足を動かそうとするが、やっぱり無理だった。
僕ははあ、と嘆息をつく。
するとその音で母親が目を覚ました。
「あんた、大丈夫なの?」
「うん」
「そう。そりゃあ良かった。本当に、良かった」
母親は俯いて感情を必死に堪えているようだった。
「じゃあお母さん、もう帰るから。――あと、また友達が来るんだって」
「うん。分かった」
丸椅子から立ち上がって、それから僕の頬を触った。
「もう、心配かけないで」
「母さん・・・・・・」
母親の目元から涙が垂れて僕の顔にかかった。
「あんたが好きな恋人の話は知ってる。でも、今は自分のことだけを考えて」
以前とはまるっきり変わった態度に、僕は困惑を隠せなかった。
「母さん、それは無理だよ。・・・・・・出来れば詳しく教えてほしい。綾瀬と研子の現状を」
母親は苦しそうな顔を見せた。下唇を噛んで、苛立ちを堪えているようだった。
「いい、あんたはまだ子供なの。事件については関わらない方がいい」
事件。その言葉の重さが体全身に乗っかってくるようで。
でもたとえその事件の真実が、僕を絡めとるように苦しめたとしても、構わない。
「教えてくれ。母さん」
「――うるさいッ!! 」
母親はすたすたとICUを去っていった。
僕は息をついて、ベッドにもたれかかった。
馬場文哉。研子を刺し、綾瀬に危害を加えた人物。
いったい、そいつはどんな奴なんだ。
―――――――――――――――――――――――――――
数時間後。制服姿の安室がICUに来た。
僕のことを心配をしているのか、表情はどこか暗い。
「なあ、大丈夫か?」
「ああ。前はちょっと取り乱しただけだ。・・・・・・それで、馬場文哉について教えてくれないか?」
「あ、えっと・・・・・・、いや、体に悪いだろ。もっと楽しい話しようぜ」
中途半端な笑みを浮かべて、ヘラヘラとしている安室に、猛烈に怒りが湧いた。
「おい、いい加減にしろ。怒るぞ」
僕の注意を聞いて、うなだれた安室。
「分かってる。いつか伝えなくちゃいけないことは・・・・・・でも、今じゃなくていいだろ」
「安室。頼む。僕に教えてくれ。教えてくれるのはお前しかいないんだ」
「・・・・・・」
僕は苦笑しながら、
「僕がまだ学校に通っていたときのことだ。相川嶺衣奈のせいで綾瀬がアイドルから引退せざるを得なくなって、生きる希望を失って七里ヶ浜の海岸に飛び込もうとしていたんだ」
「ああ。お前は綾瀬を助けるために俺やクラスメイトに呼び掛けた。あの、他人にも”自分にも”興味がなかったお前が」
僕は首肯して、
「そうだ。自分が変われた理由は綾瀬が僕に興味を持ってくれたからだ。誰からも必要とされていなかった僕が」
そう言うと安室は首を振った。
「違う。クラスメイトも、そして一生のダチである俺も、お前のことを必要としていた。確かにきっかけはそうだったかもしれない。でも、お前と友達になりたいって思ってた奴は、多くいたぜ」
そんな見え透いたお世辞に僕はありがとうと言った。
安室は嘆息をついて、それから丸椅子に座った。
「分かった。教えてやる。事件のことを」
それから語られた事件の詳細は、隣に潜む人間の狂暴性というものを如実に語っているように思えた――。