馬場文哉は荷解きをしていた。
新宿から近いマンションを借りて、今日から新生活だ。
バッグから出てきた、堺明人と馬場文哉のツーショット。お台場で一緒にショッピングをしたときの写真。
「明人さん・・・・・・・」
それから馬場は写真をびりびりに破いた。ごみ袋の中に放り投げる。
明人との交際は三年間だった。その始まりは同じ仕事仲間との集まり、という言い訳の合コンだった。
芸能関係の仕事に就いている者同士の合コン。プロデューサやタレント、モデルなど。互いに腹のなかで考えていることは同じく、どう自分を売り込むか、だった。
女性タレントは胸を寄せて上げて、上目使いにプロデューサを見る。甘い声を出しながら。
馬場はというと、バラエティ番組の敏腕プロデューサという肩書きを持っているせいか、やはり女性タレントからの色目遣いを受けていた。
しかし、自分は性同一性障害を患っていて、つまりはゲイだった。
女性の官能的な惑わしを見てもなんとも思わなかった。
男性陣が主にプロデューサや映画監督、脚本家で製作サイドということもあって頭のなかは枕営業ということしか湧いてなかっただろう。鼻息を荒くして女性を品定めしているようだった。
まったくもってつまらない。
「僕さあ、ゲイなんだよね」
突如、場が凍りついた。
女性はその言葉を発した男を異端視し、男性は気色の悪いものを見るように男を見た。
しかし男は飄々としており、ネギマを租借しながらビールを気持ちいいぐらいにぐいっと飲み干した。
それから二次会に行く者。女性と一緒にホテルへと行く者。そして
ハブられた者とは馬場と自身がゲイだと告白した男のことだった。
馬場たちは朝焼けの空のもと、公園でコンビニで購入したサンドウィッチやつまみとしての惣菜パン。男はまだ飲み足りないのか、缶ビールを買っていた。ちなみに馬場は酔いざましにペットボトルのブラックコーヒーだ。
ベンチに隣通しに座り、ハムサンドウィッチを頬張った。租借しながら、馬場は告白した。
「あの、俺もゲイなんです。だから明人さんの辛さ、分かりますよ」
まるごとソーセージという惣菜パンを租借していた小首を傾げながら堺明人は言った。
「僕は、自分の性のアイデンティティに対して辛いだなんて思ったことはないけどね」
そう言った彼は、缶ビールを喉に流しながら横目にこちらを見た。
「君は、ゲイなのが辛いの?」
「そりゃあ辛いでしょう。日本という国は、出る杭は打たれるという国民性なんです。他人と違うということだけで排斥されるんですよ」
「あっそう」
堺はぐびっと缶ビールを飲み干し、空き缶をゴミ箱に捨てた。
「僕はそんなの気にしない。国民性だかなんだか知らないけどそんなの気にしてたら馬鹿みたいだろ」
彼は苦笑しながら馬場の頬を触った。
いつのまにか、馬場は堺に惹き込まれていた。
煙草に火を付けて勢いよく紫煙を吐き出す。
たいして旨くもなんともない煙草に、一ヶ月で五万円以上を使っている馬場は馬鹿なのだろうか。
堺と交際を初めて三年がゆうに経ち、お互いに性行為と愛情を確認し合う毎日。それに快楽を覚えていた。
その日常が突如として崩壊したのは、図々しくも堺の親戚の少女が家に転がりこんできたからだった。
自閉症スペクトラム。その少女の障害らしい。
しかし空間認識能力が桁違いに発達していて、
美術の才に長けているそうだ。
少女――安藤研子は自室に籠ってひたすら絵を描いていた。
小学校にも行かず、引きこもる毎日。
一度、担任の教師が家庭訪問に来たときは、馬場と堺、そして研子との関係性を聞かれた。馬場は堂々と堺とは恋人同士だと答えた。すると教師は「じゃあ納得ですね。研子ちゃんが学校に来れないのも」と述べた。
その言葉を聞いて馬場が苛立ったのは確かだ。でも、担任から言われた話を堺にすると、「君はよく頑張っていると思うよ」という淡白な言葉だけが返ってきた。
研子の部屋に彼女の好物だと堺から教えてもらったお好み焼きを持っていくと、無愛想にもなんの返事もせずに料理が乗ったトレイを受け取って扉を閉めた。
ああ、イライラするなあ。
ここはお前の居場所ではないぞ。
その苛立ちを解消するために堺に体を求めると、仕事で疲れていると言われた。
彼との間にどんどん溝が深まっている。
そしてある日、馬場は自分の怒りを研子にぶつけた。
顔面を殴って、殴って。泣き叫ぶ研子をサンドバッグにした。
そして研子はいなくなった。
堺に、自分のやってしまったことを白状すると叱責が飛んできた。
もう、堺との間に愛情は失われた。
これもそれも全て研子のせいだ。